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3 案内人

 ベッドから起き上がると背伸びをして窓の外をみる。

 二階からみると村の広場がみえた。

 そこで店を切り盛りしている人が朝の支度を始めているのがみえた。

 クルス村の宿屋で一晩過ごしたディルクは、手始めにどこから調べようかを考えた。

 するとノックの音がした。


「はい、どなたですか?」


 ドアを開けるとそこには十五くらいの少女が立っていた。

 肩のあたりでくるんと跳ねたピンク色の髪に青い瞳をした愛らしい少女であった。丈の短い緑色のワンピースに黒のズボンに皮のブーツを身につけ、黒いマントをはおっていた。


「え、と………どなたですか?」


 名前も知らない少女はじっとディルクを興味深げに見つめた。


「あんたが赤ずきん?」


 二つ名で呼ばれディルクはそうだけどと応えた。


「うーん」


 少女はじぃっとディルクを見つめ、一言発した。


「本当に強いの? なんかよわっちそうね」


 とても失礼な言い方である。


 だが、ディルクはそれに怒りを出すことはなかった。

 仕事のときにいつも相手から言われたり思われたことがあったからだ。つまり慣れていた。


「よく言われる」


 そう笑うと、少女はにかっと笑った。昔、団長が飼っていた犬を思い出してしまう。


「まぁ、いいわ。このジルケちゃんにどーんと任せなさい」


 少女ジルケはにこにこ笑って自己紹介を始めた。


「私はね、この村で唯一のメイジ術の使い手よ。しかも、この村で育ったからあたりのことは詳しいわ。結構役に立つと思うからよろしくね」


 ジルケは右手を差し出してディルクに握手を求めた。

 それに応えようとすると強く握りしめられぶんぶんと腕を振り回された。


「いやー。安心したよ。村長に赤ずきんの案内を任されたんだけど、どうせ迷子にならないようにするだけで私の出番なしな地味な仕事だと落胆していたのよ。弱そうなあんたなら私も活躍できるってことね。私にかかれば人狼なんか怖くない!」


 大船に乗った気でいてほしいとジルケは言った。

 どうやら赤ずきんに全ての活躍を奪われるのが不服だったようであった。


「へぇ、メイジ術か。組織にその隊があったけど、習得するのに才能はいるし、結構苦労するって聞いたよ」

「ふふ、何しろ私はこの村一番の神童と言われた少女よ。しかも、人狼から村を守る自警団の一員なんだから」


 ジルケは嬉しそうに自慢を始めた。


 そういえばフィリップが前日言っていたことを思い出す。

 普段は畑作業や店を開いて働いているが、有事の際は武器をとって戦う自警団があるという。

 構成員は村出身者と、村に流れてきて滞在している人と様々だという。

 とはいえ、しっかりした場所で訓練している。

 鄙びた村にとっては大事な戦力だ。


 彼らとしては村を守っているのは自分たちなのに、銀十字から狩人が派遣されたことでないがしろにされたと不満を持つ者もいただろう。


 だが、その一員がこうして心を開いてくれることにディルクは安堵した。

 縁のない土地で活動するにはその土地を知るものの協力が必要なのだ。


「ちなみにどこ行こうかめぼしはついている?」

「どこに行こうか今悩んでいるとこなんだ。とりあえず村の人から情報を集めようと思って」

「それなら良いとこ知っているよ!」


 元気よく手をつかまれディルクは宿屋から連れ出された。行く先は『赤いトマト』という看板をかけられた酒場だった。


 なるほど。ここなら村の情報を得やすく丁度いい。


「いらっしゃいませ、………げ」


 十八の若い青年が来店してきたディルクたちを見て嫌そうな顔をした。


「なーによ。こっちは客だぞ。ケヴィン。すまいるすまいる」


 ジルケは両手の人差し指でケヴィンと呼ばれた青年の口端を引き上げた。


「やめろ! くそ、何でこれをここに連れて来たんだよ」

「失礼でしょ。この人は英雄赤ずきんよ」


 先ほどまでよわっちいと失礼な言動をした自分を棚上げし、ジルケはケヴィンの非礼を責めた。


「ふん、こんなひょろ男なんかに村が救えるか。この村はゲルトさんと俺がいれば平和なんだ」

「なーにが平和よ。現にクレアちゃんを見つけることができずに途方にくれているじゃない」


 そう言うとケヴィンは悔しげに舌うちした。


「あのぅ」


 不安そうにディルクは手をあげて二人の会話に入った。


「そのクレアさんについて詳しく教えてほしいんですが」

「お前と話す話題なんかない!」


 威嚇する青年にディルクは困ったように眉を寄せた。

 ジルケは人懐っこい性格であったが、このケヴィンはなかなか他者を信用しない性格のようである。


 困っているとカウンターテーブルから盆が投げつけられた。

 投げつけられた元を確認するとカウンターにいた女性がにっと笑っていった。


「ダメでしょ。ケヴィン。お客さんは大事に」

「えーと」


 盆を投げたであろう女性にディルクは困惑し、ジルケはひそひそと二人の関係を説明した。


「ケヴィンはこの酒場の息子で、あの女将さんがケヴィンのお母さんなの」


 ジルケの説明を聞きなるほどとディルクは納得した。

 女将らしき女性はディルクをカウンターの席へと誘って、ケヴィンの代わりに失踪事件について話してくれた。


「クレアちゃんは二日前、村の若者たちと薬草摘みに出かけてたの」


 薬草摘みも村にとっては大事な収入源であった。

 この森にしか手に入らない貴重なものもあるため、それを集め旅の商人に売る。

 都会では上質な薬品となるため高値で売れるのだ。


 人狼が出る森の中であるため油断できない。

 そのために自警団が護衛としてついていたが、目を放した隙にクレアの行方がわからなくなってしまった。


 自警団は各自でクレアの行方を捜した。

 しかし、彼女を見つけることはできなかった。

 ようやく見つけたのはぼろぼろになったクレアのつけていたリボンのみであった。

 調べるとそのリボンからしっかりと狼の匂いが染みついていた。


「人狼に攫われたのは明白だ。だから、早く見つけ出さないと………いやもう遅いかもしれない」


 ジルケの表情に影がおとされた。そう感じるのは仕方ない。

 人狼は人の血肉を糧にしている。血に飢えた人狼によって喰われるという最悪の事態も考えなければならない。


「……た、助けて!」


 酒場に男が飛び込んできた。ジルケの知り合いらしく、慌てている男にジルケはどうしたのだと声をかけた。


「み、見たんだ。クレアを!」


 その言葉に酒場にいる面々は注目した。


「どこに?」

「エルゲ山だよ。そのてっぺんの崖の上に金髪の女の子がいた。あれは間違いなくクレアだよ。俺は彼女の元へ近づこうとしたんだけど、道に凶暴な狼がたむろしてて恐ろしくなって逃げてしまったんだ」

「どうして崖の上に………」


 今頃食べられても不思議ではないと半ば思っていたジルケは首を傾げた。


「食料の貯蓄………いつでも食料を得られると限らない。知恵のついた人狼は餌である人間を捕えたらすぐに食べずに巣に囲うことがあるんだ」


 それを聞きジルケはぱっと明るくなった。


「じゃ、クレアちゃんはまだ生きているんだね」

「ああ、今も人狼の巣の中で怖い日々を過ごしているだろう」


 それを聞き、ジルケがディルクの腕を引っ張っていった。クレアがいたというエルゲ山へ急いだのだ。

 それに負けまいとケヴィンも酒場を飛び出した。


「おっと」


 トマトが大量に入った籠を背負った男はあやうくケヴィンにぶつけりそうになり避けた。そして三人の後ろ姿を見つめた。


「あれ、ゲルトさん。今日も新鮮なトマトありがとう」


 ゲルトと呼ばれた金髪の男は酒場の肴の材料としてトマトのぎっしり入った籠を酒場の中に運んだ。


「どうしたんだい? あんなに慌てて」

「ああ、クレアちゃんが見つかったらしくて狩人さんとケヴィンたちがそこへ向かったんだよ」

「成程」


 ゲルトは納得したように頷いた。


「ゲルトさんも行かないのかい?」

「いや、わざわざ銀十字の狩人が出向いたのだ。彼に任せるよ」


 それに女将はため息をついた。


「ケヴィンたら、狩人さんの邪魔をしなければいいんだけど」

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