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1.暗き森での出会い

 クルス森の中に入りもう何時間経ったであろうか。

 あたりはすっかり日が暮れ真っ暗になってしまっていた。


 真っ暗な森の中を彷徨いながら青年は頭をかかえた。


「まいったな」


 夜闇の中でも銀色の髪をがしがしと掻く。


 確かに地図をみながら歩いていたのだが、どこでどう間違えたのか道から外れてしまったようである。

 クルス森はメリス国西南部に位置しかなり大きな森である。交通の便は不便であり、あまりに人の通りは少ない田舎村である。


 唯一人が多くなるのは名物トマトワインが出品される頃である。

 その頃に国中のトマトワインファンが押しかけ、誰よりも早く新作のトマトワインを味わうという。

 その時にトマトワイン祭りがあるらしいが、ワインを飲む習慣がない青年にとっては興味のないことである。


「多分、この先………のような気がする」


 もう道を外れ地図はあてにならない。

 こうなれば己の長年戦場で培ってきた勘に頼るほかない。


 ただし、自分の勘はかなりあてにならない。

 だが他に方法はない。

 ここで立ち止まるわけにはいかない。


「うぅ、お腹空いたな」


 ぎゅるるっと腹の音がなった。


 青年はふらつきながら森の中を歩いていると、ようやく道らしいものを発見した。

 運よく青年の勘があたったようである。

 道の向こうに僅かであるが灯りがみえた。


「よかったぁ」


 青年は空腹をおし灯りの方へ走った。


 ぴん。


「ん?」


 何か足を引っ掛けたような。

 そう青年が思った途端青年の身体を宙に持ちあげられる。


「な、何?」


 漁で使われる網で青年を包み込み、木の枝にひっかけられたロープによって網とともに宙をぶらぶらと泳いでいるのだ。


「わわ………なに、この罠!」


 突然のことに青年はどうしていいか慌てた。


「あはは、ついに私の罠に引っ掛かったわね」


 明るい少女の声が響いた。道の向こうから飛んでくるように現れた。

 金髪の髪に青い瞳をした可愛らしい少女であった。

 少女は敵をみるような眼で厳しく青年を睨みつけた。


「観念しなさい。人狼め!!」

「き、君は? クルス村の人かい?」


 青年の声に少女は大きく頷いた。


「そうよ。いままでお前たち人狼が苦しめてきた村の者よ」


 少女は青年を見上げて厳しく言った。


「さぁ、お前たちが攫った女の子をどこへやったか白状しなさい! 人狼!!」

「い、いや………僕は人狼ではなく」


 どうやらこの少女は青年を人狼と思いこみ尋問をかけようとしているようである。ということはこの罠は人狼に対して誂えたものなのだろう。


「しらばっくれて………いいわ。白状させるから」


 少女は両手を後ろに回し、ゆっくりと両手を前に出した。


「さぁ、どうしてやろうかしら」


 不気味な笑みを浮かべ少女は手に持った物を青年に見せびらかせた。


「ちょっと待って。君の持っている木槌と木杭はなに?」


 少女が手にしているものは右手は木槌、左手は木杭であった。


「え? 人狼てこういうの弱いって言うじゃない。これでどすんと一発」


 それは吸血鬼にするものではないだろうか。

 だが、人狼にも効果があるという研究結果も出ていたと思い出す。

 少女はそれを試そうとしているのだ。


「というより、それは人狼じゃなくても死んでしまうよ」

「どすんと杭を打たれたくなかったされたくなかったら白状しなさい」


 少女は何度か空で木杭を木槌で打つ動作をする。

 愛らしい少女なのに、なんと物騒な動作であろうか。

 どうしたものかと青年は頭をかかえると少女の後ろににゅっと影が動いた。


「こりゃ、ニコル!」


 ぽこっと鈍い音が響いた。


 それに少女は両手の木槌と木の杭を落としてしまった。両手で頭をかかえる。


「いた、杖で殴らないでよ。おばあちゃん。危ないじゃない」


 老女はふんとのけぞり杖をどすっと勢いよく地につけた。なんという威厳に満ちた老女であろうか。


「危ないのはお前じゃ。客人に対して失礼であろう!」

「私はただ人狼を………」


 少女はきっと青年を睨みつけた。


「残念ながら僕は人狼じゃないよ」

「人狼じゃないなら、なんなの。その銀髪とかっ!!」


 このメリス国では銀髪は珍しい。

 だが、人狼は銀髪であったという報告が多く存在する。

 その為、多くの人が銀髪イコール人狼という認識を持っていた。

 今はだいぶ改善されているが、昔はそれで人でありながら迫害を受けた者もいたという。


「僕は銀十字から派遣された狩人………クルス村の要請で人狼退治にやってきたんだ」

「はぁ?」


 その応えに少女は眉をしかめた。


「こんな罠にひっかかるどんくさい男が狩人なわけないじゃない」

「人狼もこんな罠にひっかからないと思うよ」


 青年に言われ、少女はむぅと唇をとがらせながら不審の眼差しを青年に向けた。


「じゃ、証拠は?」


 まだ信用はしていないようであった。

 落ちた木槌と木杭を拾って少女は言った。

 青年はやれやれとコートのファスナーを開けた。首にかけられたものを少女にみせた。

 それが姿を現すと眩い光を放った。その一瞬の眩さに少女は瞼を軽く閉ざした。


「これとか?」


 青年がみせたものは首にかけられた銀のロザリオであった。それを見た老女はおおっと声をあげた。歓喜の声に近いものであった。


「その、銀のロザリオは………銀十字の狩人の証」


 老女の呟きに青年はこくりと頷いた。


「銀は強力な魔除け、ロザリオは異端者が厭う物。僕が人狼だったらこれを持つことができない。持てば火傷しちゃうんだ」

「じゃぁ、なんで狩人さんがこんなところでうろうろしているのよ。とっくに村についているはずでしょ?」


 証拠を見せ付けられた少女は口をむぅと尖らせた。

 自分の非は認めたくないようであるが、目がかなり泳いで動揺している。


「いやぁ、道に迷っちゃって………」


 青年はえへへと苦笑いした。

 その間抜けな笑顔に少女は肩の力を抜いた。

 少女は老婆にせかされる形で青年がぶらさがっている木の幹に近づいた。

 そこに枝にかけられたロープと繋がっているロープが繋がれていたのだ。

 それを解いてやると網は解かれ勢いよく青年は地に落ちた。


「いたた………落とすなら落とすって言ってよ」


 そうすれば受け身がとれたというのに。

 青年の目の前に手が差し伸べられる。白い小さな手である。

 少女が青年を起こす為に差し伸べたものであった。


「悪かったわ」


 少女は罰が悪そうに余所を向いて呟いた。

 それに青年は苦笑いして少女の手をとり起き上がった。


「あなたが狩人なのは信じられないけど。そうね、人狼ならこの程度の罠にひっかからないからあなたが人狼じゃないということは信じるわ」

「おや、ありがとう」


 素直じゃない少女の言葉はとても面白く、青年はくすりと笑った。

 老女は青年に頭を下げた。


「うちの孫が失礼しました」


 いえいえと青年は首を横に振った。別にそこまで怒ってはいない。


「わしはドーリス。クルス村に住む老婆じゃ。そしてこの子は孫のニコルじゃ」

「いやぁ、よかった。ここでクルス村の人に出会えて。よろしければ村まで案内してくれないでしょうか」

「勿論です。クルス村の村長の元へ案内いたしましょう」


 ドーリスは快く承諾した。そしてこちらですと言わんばかりに前を歩いた。

 青年は首と腰を撫でながらその後をついていった。


「あたた………」

「ごめんなさい。やりすぎてしまったって反省しているわ」


 ニコルは先ほどの素直じゃない態度は一変して、しゅんと項垂れていた。

 先ほどはなかなか自分の非を受け止められなかったが今は素直に受け入れているようである。

 青年にとっては不快に感じなかった。

 若い故の何ともいえないかわいらしさを感じていた。


「ううん、気にしなくていいよ」

「許してくれるの?」

「村を守りたくて作った罠なんでしょう? 勇敢なお嬢さんだ」


 おっとりと優しい笑顔で青年がそう言う。それにニコルは頬を朱に染め照れた。


「………あなたの名前、聞いていいかしら?」

「ディルク。ディルク・フェーラーさ」


「え」


 その名前を聞いてニコルは立ち止まった。


「ディルクってまさか」

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