異文化の求愛は多すぎる
「噛みついて、求婚痕つける以外にまだあるの、求愛行動」
「鮫種はね……手足を絡めるっていうのも一種求愛というかなんというか……」
ルタさんが言いにくそうに言う。
シーアさんの方を見て、これ以上説明したくない、と視線で訴えている。
友人の中では一番大人っぽい考え方をする、シーアさんが、いう。
「まあ、相手をその気にさせるための方法の一つね」
「おいおいおいおい……」
わたしはうめいた。信じられない。まだあの男求愛行動してたのか。
その気にさせるって……そんな事が可能なのか。
「やっぱりマコは鮫種としか言いようがないわね、まあ、まおがきっぱりしっかり嫌だって言ってること以外の絡め手を使うわけだ」
「鮫種は本気で相手に振り向いてほしい時、手だの足だのを絡める癖があるからね」
「まあ、鮫種は鮫種にしか手を出さないから、暗黙の了解だったけれど……まおは人間だものね」
わからないわよね、とシーアさんが言う。
「鮫が体を絡める時って、いわば交尾の時だから、鮫種も近いものがあるって聞くけれど、場所と時間をわきまえなくちゃね」
「ねえねえ、あなたすごくマコ臭いけど、マコと何かあったの?」
彼女たちと話している時に、声をかけてきたのは、違うクラスの女の子だった。
「色々……まあ色々、文化の違いとかが」
わたしがオブラートに包んで言うと、彼女は目を輝かせて、ルタさんの隣に座った。
「もしかして、マコが電流走っちゃったのってあなた?」
「電流走ったってなにそれ……」
「このあたりではよく言うの、恋に落ちたり、一目ぼれとかした時に使う形容よ」
「シーアさんここでそれは聞きたくなかったな……」
わたしが苦笑いをすると、違うクラスの彼女が、問いかけて来る。
「本当に、マコが求愛するの嫌なの? ちょっとでもあいつ格好いいなって思わないの?」
「出会いが出会いだったし……何も知らないわたしに、咬みつくのってマナー違反なんでしょ」
「そりゃ違反だわね! でも、もしも、髪の毛一本分も好意がないわけじゃないんだったら、いい言葉があるわよ、効果てきめんよ」
「それって何ていうの?」
あの男がぐいぐい来るのを止められるんだったら万々歳だ。そんな気持ちでちょっと身を乗り出すと、彼女が笑顔でこう言い放った。
「考えてるから、考えさせてもらいたいから、距離置いて」
い、言っている意味が分からない。
口を開けて、は、と息が出て来てから、わたしの視線は、他の友人に向いた。
他の友人は皆して、顔を覆って、肩を震わせて、ため息をつきそうだった。
なんだかそれはとても、いってはいけない事を、この女の子が言ったような空気だった。
「それを言ったら、今度こそ、まおが咬み殺されちゃうわよ」
「殺されるって確定なの」
わたしは思い切り信じられないので、問いかけた。
いきなり殺されかけるなんて、思わないじゃないか。
しかしこの感覚は、他の皆には共通の意見の様で、彼女たちは顔を見合せる。
「そっか、これが扉の向こうの感覚なのか」
「軽い、いろんな意味で軽い……」
「あのね、まお」
シーアさんが、お茶のお代わりを持ってきて、それを一口飲んでから、わたしに言い聞かせるように、理解してもらいたいように、喋り始める。
「こっちでは、男がとても一途なの」
「それは何となく聞いた」
「ものすごく、そう、ものすっごく、自分の好きな女性が、距離置いて、なんて言って、他の男の方にも目移りしたりしていたら、それこそ、流血案件なの」
「あれ、でも皆あれくらいアプローチされてたら、候補くらいにしておくって、前に言っていなかったっけ」
「それは見極めがしっかりしていればの話よ」
疲れた声でルタさんが言う。
「あんなに、マコが本気で本腰入れて、あなたに夢中だなんて、あの時は思いもしなかったから」
「だって普通、あのマコだよ、凶暴な大型種が、あれだけ外聞も気にしないで、一人の女の子に夢中になってるんだったら、もう、他の男子は、まおを彼女にするっていう考えしないんだ」
「なにそれ、マコ以外に彼氏ができないって事じゃない!」
「だって皆見てて思っているはずだもの、マコが扉の向こうの女の子に夢中で、いい感じだって」
「いい感じもへったくれもあるか!」
わたしが疲れた体だけれども叫ぶと、シーアさんが言う。
「落ち着いて、まお。つまり学校の誰もが、あなたをそういう目で見ているって事なの」
「そのうち落ちてしまうだろう、マコの許嫁」
「落ちない、許嫁にならない! 勝手に人生決めないで!」
理解しがたい事だ。
でも、それをよくよく噛み砕くと……
「もしかして、外堀埋められているっていう状態の事?」
「マコは外堀埋めるのが上手だったよね、学校中の生徒が、何となく察するんだもの。こいつがこの子に夢中で、この子を何としてでも恋人にしたいって知らせるんだもの」
「それにマコは大型の鮫で、喧嘩しても絶対にかなわないし、頭もかなりいい方だから、あなたを害した時の方が、ずっと不利益って分かるし」
「あなた、全校生徒に、マコとの恋路を見守られているような物よ」
「ふざけないでよ……」
わたしは机に顔を突っ伏してしまった。もう何も言えない。この先恋人ができる可能性はゼロへと変貌した。
はやく父さんが他の所に転勤になればいいのだろうか……でもここで出来た友達は、とても素敵だから、離れるのはうれしくないな。
色々とぐちゃぐちゃになった頭の中、わたしは寮の部屋に戻る事にした。
「とりあえず、マコが来ても取り次がない事にするわね、あなたが頭が混乱しているみたいだから」
「そのまま顔を合わせたくない……」
わたしは疲れ切った声でそう言い、寮へ続く通路へ向かった。