心と体が言う事を聞かないのは。
そのうち分かるは、非常に危機感を覚える感じでわかった。
体が、熱い。
どうしたんだと思うほど心臓のあたりから徐々に熱いのは、なんでだ、それでどうして、体中に絡みついた体温に、安堵して、縋りたくなるの。
こいつに縋りつきたいなんて、欠片も思った事がないのに、どうしていま、そんな事が頭をよぎったりするのだ!!
一体こいつは何をした!
心の中が大騒動になっているわたしとは反対に、マコはちょっと笑った。
勝ち誇ったように、と言われると違うが、勝った、と言いたそうに笑ったのだ。
それから、心底感心した声を出した。
「ある意味すごい。まだ参ったって言わねえか」
耳元で息を吹きかけて来るな! 何しやがるんだ!
わたしはじたばたともがいた。
「言わないわよ! やめてよ!」
「いやだって言われた事、俺は何にもしてないだろうが」
う、とわたしは言葉に詰まった。確かに、わたしが注文を付けた事を、マコは守っているのだ。
確かにマコは、わたしが強く言った事を守っている。
痛い事も繁殖行動もしてない。
ただわたしを抱え込んでいるだけだ。
それの時点で、おかしいと言いたくなる事はある。
でもわたしも、自分に一切触れるなとは言わなかった。
きっとこれが失敗だったのだ。
フェロモンは出されていないはず。……だよね?
それなのに、わたしの心臓の方が、冗談じゃない位どきどきと高鳴っている。
相手を意識しない? とんでもない、こんな状態じゃ、意識しないでいられるわけがない!!
しかし、ここで参ったなんて言ってみろ、マコの奴はいろんな接触を増やすに違いない。
接触が効果を発揮するとわかられてみろ、絶対にほかにもしでかすに決まっている。
この男は、この鮫男は、わたしに執着しているっぽいのだから。
それとも、こちらの世界では、これ位のアプローチが当たり前なのだろうか。
もしかして、ここまで来たらもう、お互いに妥協してしまったり、押し負けてしまったりするんだろうか。
しかし、わたしは地球出身、簡単に参ったなどと言ってたまるものか。言わない!
筋力の問題で、抵抗したらこっちの関節が外れるから、大げさに暴れたり、動けないだけなのに、だんだん息が上がって来る。
呼吸自体が熱っぽくなっていくのが、自分でもよくわかるのだ。
マコは一体何をした!
「わたしに、何したの……!」
「何もしてねえぜ」
にやりと笑う声でマコが答える。何にもしてない、それはある意味真実だ、この状況で、抱きしめて足を絡める以上の事を、マコは何もしていない。
「あんたが嫌がる求愛行動も、繁殖行動も、痛い事もしてないだろう」
その目の中にぎらついた、熱っぽい色。あ、それをまっすぐに見たらいけない、と第六感が告げて来て、急いで逸らす。
「あんたの方がどうにかなってんじゃねえの?」
熱っぽい声で、マコが少し余裕のなさそうな音を並べる。
でもここで、こいつも自分の方が参ったなんて絶対に言わないに違いない。
お互いに意地の張り合いがどれだけ続くだろう。
絶対に敗北の言葉なんて言うもんか。
わたしは歯を食いしばり、渾身の力を込めて、自分の体を抱きしめている屈強な体に左拳を叩き込んだ。
学校の先生がどれだけ止めたって、なんか色々危機感を覚える状況なんだ、非常事態だ! と心の中で言い訳しながら、叩き込んだ後に体をひねろうとする。
女の体の柔軟性を生かして、何とか絡みつく体から逃げ出そうとしたのだが、予想外のことが起きてしまう。
「ってえなあ……叩き込まれるだろうって、分かってても痛い。あんた相当地元じゃ暴れまわってたんじゃないのか?」
マコが顔をしかめて、非常に痛そうな顔したのに、わたしの拘束を緩めようとしないのだ。
普通ここまで攻撃されたら、痛みから拘束が緩まるんじゃないのか!?
経験した事のない事態に、わたしは体が固まった。
「強い雌はいっそう魅力的だ。鮫種の雌は体が強い方がいいオンナってわけだ。お前本当に、おれの好みを色々ぶち抜いてくるやつだな」
「え、っと、痛くても笑うとかあんた変態……」
痛そうな顔をした後、うっとりとそんな事を言いだすものだから、わたしは中身が中身だからぎょっとして喉から変な声が出てきそうになった。
だがこいつにそんな声を聴かせるのは、なんだか酌に触るものだったので呑み込んだんだが、マコがぐいと体を密着させて来る。
「噛みついてないだろう、キスマークだってつけてない。あんたが脆いってちゃんとわかっているから、握力だって腕力だってちゃんと手加減している、これでどこが足りない? あんたがノーと言った事を何もしていないんだ、おれがあんたを抱きしめて何が悪い」
「普通、じゃない! わたしが嫌なのにこんなに密着した状態で」
「そんな真っ赤に茹で上がった蛸みたいな色合いして、いやいや言っても信憑性ってもんがないぜ」
「怒りで顔が赤くなるっていうことを、鮫は知らないのか!」
怒りじゃないんだけれども、それを言ったが最後、人生が終わってしまう危機感がある。
そのためわたしは、何とか言葉を飲み込んだ。
絶対に、心臓がどきどきと高鳴って、よく分からない胸のあたりがきゅうっとして、ろくでもない感情が沸き上がってきているなんて、言ってたまるか。
殺気も思ったけれども、意識していないといったのに、こんな密着だけで、途端に意識するなんて思われたら、おそらく密着回数が跳ね上がる。
「それに、普通、じゃないって言ったな? 当たり前だろう? 欲しくてほしくてしょうがない、とびっきりの雌が、なかなかうんって言わないんだ。普通の方法で勝ち目がないなら、絡め手なんて当たり前だろう?」
苛烈な金色の瞳が、強い月光に似た光を放つ瞳が、わたしの何かを確実に打ち抜こうとしてくる。
「さっさとおれの所まで、溺れてくれよ、まお」
蕩けるような声、と言われたらまだ比喩表現として近いだろうか。
そんな声を発して、マコが、頭がはち切れそうな私の頭頂部に、唇を落した。
そこを利用して……私は脳天を、その男の顎に、思い切り叩き込んだ。いわゆる頭突きである。
そして頭を思い切り振動させられてしまえば、鮫種だろうが人間だろうが、脳が揺れれば機能は停止する。行動は緩む。
マコがぐらりとよろめいたから、わたしはがむしゃらにその腕と足から脱出し、息も荒く体力が続く限りの勢いで、その教室から飛び出し、廊下を走り、女子寮に飛び込んだ。
「うわ、鮫くさっ! まお、マコになんかされかけた?」
「されかけたから逃げてきた……」
「すっごい鮫系の匂いがする。これじゃ他の雄は近寄らないわね、女子寮に戻って正解よ、まお」
シーアさんがかわいそうと言いたそうな顔で、わたしに、女子寮共同の給茶機から、お茶を渡してくれた。
「雄が見たら逃げ出すか、喧嘩を売るかのどっちかよ」
「あの抱きついて絡みつくのは一体何なんだ……」
「うわ……マコががちだ、マコががちで求愛してる」
「まってよ……」
鮫種の求愛方法ってまだあったわけ?
わたしは疲れ切った体で、ぐったりと椅子に座り込みながら、ルタさんに問いかけた。