気付けば距離感がおかしい
「本当にもうわけがわからない! なんで皆してあいつがわたしの彼氏っていうの当たり前って顔するかな!」
そんな出来事から数日が経過し、わたしの日常に変化が現れたのだ。
わたし自身に変化があったわけじゃない。いつも通りの事しかしてない。
ただし、周りの対応及び反応が変わったのである。
せっかくクラスに馴染んだのに、ゆゆしき事態だと思っちゃうんだけども。
「そりゃあ……」
シーアさんが苦笑いする。彼女は左隣の席に座っているから、椅子だけ寄せて会話してくれるのだ。
教室の皆の移動を邪魔しているわけじゃない。
「あのけんかっ早いマコが! 獰猛っていうのを体現するような鮫種が! 一人の女の子だけ特別扱いしてたら、皆そう思うわよ」
「というかさあ、次移動教室だよまお。シーア、さっき鯨種の男の子からラブレター受け取ったから、渡しておくね」
「何枚目かしら、彼も諦めてくれればいいのに」
「シーアがいい女を止めたら諦めるんじゃないのかな?」
ルタさんがきゃらきゃら笑いながら、手紙にしては分厚い束を渡してくる。ちらっと見えた文字列の多さにびっくりだ。
シーアさんこんな熱烈と言うと聞こえはいいけど、変態みたいなラブレター受け取っちゃってるの……
「私は別にいい女を演じているわけじゃないもの、自分のしたいように、自分の見せたいようにしているだけよ。誰でもそうでしょう?」
「そうはっきり言えちゃうシーアが好き」
「シーアさん大人だよね」
ルタさんがきゃーと抱きついてきて、シーアさんがにこりと笑って抱き返す。うん、女子のノリである。
「ほらそこの海豚と鯨、移動教室つぎ音楽だろ! 今日の音楽遅れると一番に歌わされるから気をつけろって、先輩方から忠告されてただろ!」
学級委員の誰か……確か鯱だったっけ? が軽い声で言ってくる。
「そうだった。まお、あなたも急がなきゃ!」
「どうしてシーアさんたちと一緒の音楽をとらなかったのか後悔してる」
わたしは音楽の才能がないので……音痴が酷いのだ、音痴の極みなのだ……美術を取りざるを得なかったんだ。単位落したくないし。
でも友達と全然違う方向に移動しなきゃいけない教室って憂鬱。移動授業は学年の半分が一緒に行うのだ。
大人数でやればいいってもんじゃないと思うが、そう言う校風だからしょうがない。
ただし大きな問題があって……
「彼氏迎えに来たぞ」
「迎えに来たぜ」
マコが同じ美術をとっていて、それに気付いた時からわたしの引率みたいな事をし始めた事だ! わたしはやってほしいなんて思った事ない! と言うかその結果なのか何なのか、他のクラスの友人出来ないんだけど!
わたしはそれでも、予鈴に間に合わなくなるのは困るので立ち上がる。
がっつりマコは無視する。マコの方がくはっと笑ってその後に続く。
「お前、言っていた事とやっている事が違うだろう」
「はあ?」
ガンつける、と言われるような真似になったのは仕方がない。いったい何が違うんだ。わたしは求愛を退けたはずだったんじゃないか。
「噛みつかなきゃいいって言われたんだぞ、俺は。嫁の迎えに来てなんでそんなに不愉快な匂いをされなきゃならないんだ?」
「嫁って扱いやめて」
「だって嫁は嫁だろう」
何を当たり前と言う顔するな、こっちの常識なのかそれは。いや、常識じゃないはず。流されるなわたし……!
心の中で自分に言い聞かせ、わたしは受け答えする。
「あのさあ……そっちが自分で好きかって言ってるだけじゃない。わたしの意思は? わたしの意見は? わたしの都合は?」
「嫌じゃないだろうが」
「人の言葉ちゃんと聞いてる?」
「お前は俺を嫌いだと言っていない。俺の嫁と言う発言には怒るのに、俺の牽制に文句は言わない。俺の手が触るのにも拒否反応を示さない」
言いながら頭に手を乗せるマコ。言われてわたしは呆気に取られてしまう。
そうだ、いつからわたしは、マコの手が頭だとか肩だとかに当たるのを嫌がらなくなったんだ。
元々か、最初から?
ぽかんと間抜けな顔をしているだろうわたしに、マコがにやっと笑う。勝者の顔だ。
「つまり根本的に嫌われているわけじゃなくて、お前は嫁と言う束縛系の発言に条件反射で否定をしているだけだと思うんだが、どうだ?」
「しらない!」
「んな事言うとこっちの都合よく受け取っちまうぜ?」
「とるな、馬鹿!」
わたしの罵詈雑言のボキャブラリは少ないのだ。顔が赤くなりながらも馬鹿とののしれただけましである。
一歩と半分ほど後ろを歩いていたマコに裏拳を入れ、わたしは美術室まで走った。
「おー、今日もやってんなああいつら」
「マコもよく言うなー」
「頑張れ鮫!」
後方でそんな声がかけられているのが情けない気がして、足は余計に速くなった。
「あいつあれで走るの苦手とか言うんだぜ、可愛いよな」
マコが言っている言葉はもっとわからない!