割と甲斐甲斐しい
「鮫の大型がそれで下がってくれるなんて、本当に運がいいわよ」
シーアさんが、一部始終を聞いてくれる。場所はわたしの部屋だ。
何とかマコとの決着がついたから、本当にお腹が空いてしまい、買い食いしたいな……と思いつつ寮の部屋に戻ったのだ。
寮には結構色々な食べ物が売られているけれども、運悪く運動部が戻ってくる時間帯だったから、売店はぎゅうぎゅう。
マコ一人でもうへとへとだったから、私にはそこに乗り込む体力はなかった。
運動部が大食いなのも、燃料が大量に必要なのも理解しているけれど、あの熱気の中に入るのは出来ない。
運動部は私とは違う生き物としか思えない位、ごはんとかが入っていく。
そしてくたくたの状態で部屋に戻る途中、先に寮に戻ってきていたシーアさんが、心配して一緒に私の部屋に入ったのだ。
「そうなの?」
「そうよ。鮫は一度これと決めた相手から、手を引くなんてめったな事じゃないんだから」
すごいな、と思うのは人間の薄情を知っているからなのか。それともそう言うのがこっちでは普通なのだろうか。
「でも諦められたわけじゃないのだから、気を付けておいた方がいいのは事実ね」
「……そうなんだ」
おう、諦めてもらったわけじゃなかった!
それを思い出して先が思いやられてしまう。あんな強引な野郎だったのだから……
ちらっと頭の中に、わたしだけしか見えていない金色の瞳が浮かんで、顔に血が集まった。
集まる所じゃないからここ! と自分に突っ込んでしまう。
「ほんとうにどうしよう、せっかくクラスにも慣れてきたのに」
わたしは小さな机に突っ伏して言う。寮は大体の物がそろっていて、この小さな折り畳み机も備え付けだ。
他にも割と大きな学習用の机もある。お風呂とミニキッチン以外の面積は三畳くらい。これの上に、ロフトが備わっている。
種族的に大型の人も多いから、ロフトは広い方だと思う。何しろみんなここで寝るのだから。
天井だって高いのは、間違いない。頭ぶつけるから。
「それにしてもへとへとね」
こんなヘロヘロな状態を観察していたのか、シーアさんが言ってくる。
「だって面と向かって拒絶するの大変なんだよ、根性が」
「精神的に消耗するわ、そう言うのは誰だって。貴方は頑張ったわよ」
よしよしとシーアさんが頭を撫でてくれる。そしてその後、扉が叩かれる。続いて元気溌剌な声が響いた。
「まお戻ってきたんだって! 無事!」
この大きな声はリーニャさんだ。
「いる、入っていいよ」
「入るよ!」
声とともに入ってきたのは、リーニャさんとルタさんだった。二人とも海豚種だから、同じ部活動にいるのだと前聞いた。
どっちも部活帰りなんだろう。そう言う匂いがした。
「あっちこっちで噂が広がってるからね。マコ相手に扉の向こうの子が、ストップかけたって」
「もともと、左ストレートの噂の方がすごかったんだけど、あのマコを止めたって事でもう、大騒ぎ」
「マコってそんななの」
「鮫種の大型で、、さらに鯱とぶつかり合うのもできるっていう凶暴さとか、攻撃能力とかで学校でも一二を争う有名人だからね」
「鮫らしく情熱的だし」
二人がここで声をそろえた。
「その相手に待ったをかけられる、つわもの滅多にいないだろうし」
「……とにかく咬みつくのを止めさせることに、成功しただけだって」
「鮫の求愛方法咬みつく一択なんだけど」
「求愛嫌って突っぱねられて本当に良かったね」
「……こっちの感覚、色々大変でついていけない」
わたしはぐうぐうと鳴り始めたお腹を、切ないと思った。
「売店少しは空いた? お腹が空いて空いて」
「運動部が根こそぎ買っていったから、美味しいものがあるかは疑問だけど、空いたよ」
リーニャさんの言葉で、立ち上がる。
「お腹空いて思考回路馬鹿になってるから、何か買ってくる。お使いが必要な人は?」
「それなら、私たちも一緒に行くわ。家主のいない部屋にいるのは、気が咎めるもの」
シーアさんが立ち上がる。ルタさんも頷き、リーニャさんが鞄の中を探し始める。
「私財布部屋だ、私も出るよ」
「じゃあ鍵をかけても大丈夫か」
皆で部屋を出て、リーニャさんだけ別れる。鍵はしっかりかけておくのは、常識だ。
そしてわたしは、マコがいかなる相手なのか、まざまざと知る事になった。
寮を出て共有区画に入ったところで、クラスメイトであるシータ君が私に声をかけてきた。
「まおちゃん、彼氏心配しているよ。分かれた時顔色悪かったって」
「彼氏ぃ?!?」
何処がどうしてそうなった、と声がひっくり返りそうになった、いや、なっている。
「彼氏待ってるよ。お腹空いてるんじゃないかって簡単な食べ物持ってる」
「どこにどう突っ込みを」
入れればいいのだ私は!
彼氏じゃない、拒否してる、噛みつくのやめさせた!
と内心で思っているのだけれども、足は先導されるままに歩いてしまった。寮で迷子になって、先導してもらい過ぎた弊害だと思う。たぶん。
そして、共有スペースの大きなソファに、マコがいた。マコである。間違いようがない。
顔に傷あるし。あんな傷、他の男子つけてないのだから。
そして相手は、こっちを見て立ち上がって、足早に近付いてきた。
「顔色悪い。さっきよりはましになってるけどな。とにかく食え。雌はしっかり食べないとならないだろう」
そして押し付けられたのは調理パンとか。さっき購買ですごい争いになっていた状態で、確保したのだろうか。
わずかばかり潰れているけれど、それだけしかダメージがないパンがすごい。大事に持ってきてもらったんだな……と思ってしまう物だった。
「人間は俺たちと違って海水に長く浸かっているだけでかなり消耗するんだろう。とにかく食え」
き、気遣われている……噛みつき野郎に……
え、あれ真面目に求愛方法だっただけ、と呆気に取られてしまったわたしの顔に、空いた両手をあてがって、マコは言った。
「俺の嫁が倒れると笑えない」
「嫁じゃない!」
手を振り払って怒鳴っても、マコは笑う。
「その元気があるなら、食えるだろ」