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狂鱶の求愛  作者: 家具付
2/8

とびきりの異文化

「ああ……、特定ができない」

ぼやいた相手に申し訳なさが募る。

だってシーアさん、わたしに噛みついて求愛したやつが、どこの誰でどういった噂があるのかを特定、しようとしてくれているのだ。

しかし、わたしのいまいち伝わらない見た目の説明で撃沈している。

そして男子はそんなわたしたちを、遠巻きに見ている。

おそらく、この首のせいだろう。

おもっくそ出血しているくらい噛まれた、こっちの世界ではキスマークと言われているぶつのせいだ。

「普通ね、甘噛みで拒絶してれば、本気のしるしになるキスマーク何てつけられないのよ」

ぼやいた後にシーアさんが、今後の勉強になるかもわからない事を教えてくれる。

「いや、一番初めにおもっくそ強い顎で噛まれたからね?!」

そんな甘噛み、はじめにあの男子生徒はしなかった。しょっぱなから、思い切りがぶりだった。

「どこの誰だ、そこまでまおに参った奴。まおの言葉じゃ特定ができない」

リーニャさんが唸る。わたしは繰り返した。

「だから目つきの悪いイケメンなんだってば」

わたしはそう思ったぞ、あれは完全に、雰囲気イケメンなんてかるい奴じゃなかった。

造作が思い切り整っている部類だったぞ、あれ。

でもそれは特定の、決定打に至らない説明らしい。

「だからね……サメの目つきが悪いのは種族的特徴なんだってば……それじゃ相手がサメって事しかわからないんだっての、ほかに覚えてないの、特徴」

「えーと」

わたしは放課後の教室なのに、妙に人が多い喧騒の中、記憶を探っていく。

噛まれた事ばっかりがインパクトになってしまって、的確に特徴が、あ。

「思い出した、顔に傷があった」

「……かおにきず」

リーニャさんが繰り返してから、眼を見開く。

「え、もしかしてあいつなのかな」

「該当者いたっけ、でもサメは割合噛みつきあうから、傷だらけなの珍しくないでしょ」

「ううん、顔に傷なんでしょ、まお」

「うん」

「噛み痕じゃあ、ないんでしょ? ……ひとりいるよ、該当者。でもあいつが?」

リーニャさんが首を傾げた時だ。

段々と血の気が引いてきた顔になっていた、ルタさんが言う。

「……それって、白っぽい灰色の髪をしていて、半眼ぎみで、背丈がけっこうある大型種で、唇のあたりにも喧嘩した後みたいなえぐれた傷がある男? ついでに抜群にサメっぽい」

「ルタ、サメの知り合いなんていないって言ってたのに知っているの?」

ルタさんが、黙って教室の出入り口を指さす。

そこでわたしは、周囲がやけに静かな事に気付いたのだ。

それまでは、シーアさんの反応ばっかり気にしていて、外野の事を無視していたんだけれども、しずかーになっている教室。明らかにおかしい。

何だろう、ニンゲンだから直感は彼等よりもよくないんだけど、まずいって事だけ妙に感じる。

わたしは黙って首を動かして、示されたそっちを見た。

目を思い切り開いてしまう。

朝の出来事が、頭の中に思い切り蘇る。

教室の、出入り口に体を持たれかけている男こそ、間違いなく朝に噛みついてきた男に間違いなかったのだ。

「……マコ、じゃん」

リーニャさんが硬直一歩手前の声で言った。

「うそでしょこの学園でもかなり上位じゃん」

べらべらとしゃべっているリーニャさんはもはや、混乱の極みみたいだった。

「……」

わたしは思い切り出入口の相手と目があった。

合った。ばっちり視線が絡んだ。でも。

「知り合い?」

リーニャさんの方を見て問いかけた。

現実逃避だ、くそ、明るい場所で見るとこんなに相手が、整いまくっているなんて思ってもみなかった。

傷さえ造形美レベルだぞ、何の間違いだ。

薄暗がりで見た顔と、こんな昼に見る顔と、を見せられたわたしの心臓がおかしい位に早い。

口の中が乾きそうだ。

「ちょ、リーニャ。こっち見てるじゃないの、まお、無視もわざとらしすぎるわよ」

小さい声で言ってくるシーアさん。

常識的なのは、クジラが一般的に落ち着いている気性だからだろうか。

「……ねえ、まお一回も、マコの噂聞いた事ないの」

「入学して一か月で聞いているわけないでしょ」

「だよね……ここ、高等部から入学するひともけっこう多いから、まあ、知らなかったりするんだけど……マコも高等部から入学してきたサメだけど、攻撃特化の中学出身で、相当暴れてたんだってよ」

「なにその攻撃特化の中学って」

意味不明だ。

「割合攻撃的な種族が集まるのよ。悪意がなくても噛みついちゃって怪我とかあるから。加減覚える学校」

「中学って辺りに疑問が」

「小学校とか、だとまだまだ子供だからね、体の成長がずれすぎて追いつかない事もあるわけよ。小学校は個体差ひどすぎたりするから」

だから各々、社会に馴染むために中学に入るの。

シーアさんが言う事は何となくわかる気がした。

つまり、ニンゲンが社会生活を知るために、学校に行くのと同じような感じなのだろう。

そして。

「そこで暴れてたってどういう話になるの」

わりと小さめの声で聴けば。

「……強いやつに挑みかかって勝ちあがる、って感じかしらね」

「思ったよりも本能的な感じだった……」

わたしはあまりにも身も蓋もない言い方を聞いて、机に顔を突っ伏した。

いや、間違いなくわたし、あの人に噛みつかれたら食いちぎられて死ぬ運命じゃないか。

「もともと、雄なんてそんな物よ」

私の肩を叩いて慰める、そんな事をしつつリーニャさんが言うけれども。

「おい、まお……」

小型のクジラ種の男子が、声をかけてきた。

「そろそろ威圧感すごいから、あの人の相手してくれよ……おれこわくてトイレにも行けない」

「それは大変だ」

サメ種の大型だったら、小型のクジラ種にとってかなり怖い相手になるのだろう。

食物連鎖はなくても、怖い物は怖い。

そして彼は本当に、トイレに行きたくて震えていた。

そのため。

「わたしのすぐ後ろにいるんだよ、そしてすぐにトイレに走るんだ」

彼がこんな年になっておもらし、という不名誉を防ぐため、わたしはしぶしぶ立ち上がった。

……とりあえず、この友人をトイレに行かせてあげなくては。

*****************

改めて言おう。勇気を振り絞った。

意を決して、本当に勇気を振り絞ったんだわたしは!

相手めちゃくちゃイケメンなんだぞ、そして怖い雰囲気なんだぞ、周り沈黙してて、どこのお通夜なんだよ状態なんだぜ!?

しかしクジラ種のトーラ君はトイレに連れて行ってあげるんだ!

トーラ君はぶるぶる震えているし、たぶん尿意と恐怖の合体系だし。

すんごい同情の余地しかないんだぞこの場合。

だからわたしは、トーラ君に小声で言った。


「わたしが向き合った瞬間に君はトイレに走るんだ」


「まお本当にありがとう……! 今度おいしいフィッシュバーガーのお店探す」


「そんないつの間にわたしの好物を……!?」


毎日昼ご飯、野菜マシマシのフィッシュバーガーだけどな!?


「あれだけ幸せな顔して食べてたら、普通分かる」


小さな声で返したトーラ君が、待ち構えているサメの顔を見てまた顔色が悪くなる。


「その前に命の危険の気がしてきた、ごめんまお、僕ちゃんと生き延びるから……」


「悲惨な決意してる時じゃないよねこの状況!? トイレ行くだけだよね!?」


何てやり取りをしながら、わたしはサメを見やった。

背筋が凍りそうな位に、ぞくぞくする美貌だ。

そして傷の一つ二つがあるのに、嫌になるほど様になる。

わたしをちゃんと見たサメは、その近くに目を向けて。

おもっくそ嫌そうに顔をしかめた。

なんだ、制汗剤が匂うのか、夏なんだから仕方がない! 開き直ってそっちを見る。

そして開口一番に。


「今だ走れ! クジラ!」


「ありがとおおおおおおお!!」


わたしはそのサメの顔を自分に固定させて、思い切りトーラ君をトイレの方に押しやった。

そしてトーラ君も全速力で走って行った。

サメは、眼を瞬かせてわたしを見て、その後トーラ君が走って行った方を見た。


「おれは何を見せられたんだ」


はい、おっしゃる通りで。


わたしは勢いととっさの行動である、”相手の顔を自分の方に固定するために使った両手”を離そうとした。

んだが。


「他所の雄の匂いがする」


いうや否や顔がずいと近付き、口が大きく開いたのだ。

その口の中の、白い歯に体の動きが止まりそうになる。

なんだこのサメ、異様なくらいにわたしの動きを止めるんだな!?

なんて悠長なことを思っていたのが悪かった。

次に視界に映ったのは相手の髪であり、同時に感じたのは本日何度目かの慣れそうな痛みである。


「いってええええ!!」


前言撤回、この痛みに慣れる日は一生こない。

わたしは首の方でもより一層、人目にさらされやすい顎に近い方を噛みつかれ、大声で怒鳴っていた。

しかしだ。

周りはなんだか、ナマアタタカい視線を送ってよこしてるぞ?

そこのあんた、こいつよりも大型だろたぶん、助けろよ!

なにそこ、拍手しそうな構えなんだ!?

じたばたしていても両腕は握りこまれているわけだし、首というもっともさらされている急所はとらえられているし、うかつな事が出来ないんだけど!?


「離せくそ、いたいいたいいたいいいたい! 血が出てる、絶対出血してる、やめてってばやめてお願いだから!」


しかし答えは二度目の噛みつきである。

そして周りは助けてくれないし先生も呼んでくれないし。

教室を見ようにも首を巡らせるってこともこの体勢ではできそうにないし。

なんとかなんとか、この体勢と首を噛みつかれている事から逃れようと、わたしは息を吸い込んだ。


「お願いだからいったんやめて、出来る事なら何でもするから!」


ぴくり。

首をかじり、べろりと舌が這いまわっている状態の中、相手の耳がひくりと動いた。

そして顔が上がる。

わたしの手を離さず、相手はわたしを見下ろしてこう言った。


「おれの餓鬼を孕め」


ここでわたしの時間が完全に止まった。

イッタイナニヲオッシャッテイルンデスカアナタ!?

言葉の意味が分からないよ、なにか誤作動起こしてないかい!?


「やめただろう、何でもするんだろう」


相手の二言目を聞いたとき、わたしの体の硬直が溶けた。

次に起きた事について、わたしはなんと言い訳をしていいのかわからない。


「脅迫して求婚とかおとといきやがれ女の子の口説き方をもう一遍学習して来やがれえええええええ!!!」


言いながらのわたしは、肩幅に足を開き、片手を振りほどき次に握り締め、肘を曲げ、肩甲骨のあたりから腕の全体の力を使って。


相手の横っ面に、思いっきり強烈なアッパーを叩き込んでいた。

顎じゃないのは何故かって、顎を目指したんだが入らなかったんだ。距離とか目算が外れたんだよ。

でも結構効果があったらしい。

相手は無防備だったのか、二歩三歩たたらをふんで、体勢を崩したのである。

こうなればこっちのもんだ。

わたしは勢いよく相手に足払いをかけて転ばせ、そして女子寮まで全力で逃げ出した。

男と女の腕力その他の違いは、朝っぱらから思い知らされていたので。

しかし。

噛みつかれた頸が熱い。頬がいやに熱い、耳まで熱い、そしてすごい問題なのは。


「なんであれで怒りを覚えないんだああああああ!!!」


まさにその、わたしが理解できない一番は、わたしの精神が受け入れ状態な事であった。

嫌じゃなかった、嫌じゃなかっただと!?

人前で噛みつかれて恥ずかしいのが攻撃の主たる理由だと!?

考え直せ冷静になれわたし!

何状況とかに流されそうになっているのさ!

よくよく考えるんだ!

襲われて相手に好感度なんておかしいだろ!

どこのえろげーだ! やった事ないけど!

なんて思うのに。

寮の部屋の中で鍵をして、膝を抱えて頭を抱えて、脳内に蘇るのは金色の、それはそれは見事な光の瞳なのだ。


「重症だぞわたし……あれに一目ぼれ……? いっぺん頭を冷やしてよくよく考えなければ……」


そして頭からシャワーで冷水被って風邪ひいて、次の日熱だして休んでしまった。

様子を見に来たシーアさんに、この子莫迦……みたいな顔で見られる事になり申し訳ない。

と思っていれば衝撃の事実を知ってしまった。


「噛みつかれて嫌じゃなかった? まあ、こっちのあるあるよ? 相手がそれだけ貴女と肉体的に相性がよくてさらに、貴女を手に入れるために貴女に全力でフェロモン出していればそりゃ、本能的にも精神的にも嫌悪感少ないわよ」


貴女、好き好き好きって言われてさらに愛してるって言われて全力であなたの一生幸せにするのもいとわないってフェロモンで口説かれてるのよ? それで少しもぐらつかないとか、滅多にないわよ?


シーアさん、それは聞きたくなかったな……でも聞けて良かった、まじ参考になったわ。


「つまりこの嫌いに思えない感覚は全てフェロモンによる、刷り込みにして思い込み」


「そう言い切っちゃうのもどうかと思うけど……」


「大丈夫ですよシーアさん、ちゃんとこれからは求愛拒否しますから!」


「本当にニンゲンと私たちってそういう感覚、違うんだね、世界が違うってこう言う事なんだねー」


リーニャさんが真剣な声で言う。そして続けられるこっちの常識。


「私たちだったら、あそこまで求愛されたら、”候補”位にはしておくもんね……」


「何、その、”候補”って」


「将来の旦那候補。こっちじゃ複数からの求愛とかざらだから、”候補”に留めておいて、誰を選ぶかちゃんと決めてから求愛正式に受けるのよ」


「でもまおは、手順が狂ってるでしょう。初めにキスマークまで受けちゃってから、その他の雄と同じ”候補”とか、マコがその雄を軒並み噛み殺しかねないわよ」


「一般的にサメの場合、”キスマーク”まで進んだら決定と同じだもんね」


「いきなりやられてそれで、受け入れました、なんて思われてたまるか! 次もちゃんと黄金の左で迎撃する!」


わたしの宣誓に、友達が頭を抱えた。


「駄目だこの仔、熱で頭の中身おかしいわ」


シーアさん、そんな可哀想な子供を見る目をしないで!

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