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右の拳と左ミドル 【筋トレとバトルの小説】  作者: 松明ノ音
第一話 始める春の初め
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ようこそ春校へ!④



 春の宮一馬の外見は、簡単に言えばスキンヘッドのボディビルダーである。筋肉は全身隆々としており、体に余分なものが少ないためか完璧な栄養管理の賜物か、顔を含めた全身の肌ツヤは、七十代のそれではない。

 そう。ちょうど今校舎中央の屋上、時計のすぐ上で金色のボディビルパンツだけを身に纏い――後ろ手で両手を尻の辺りで組み、腕の太さを見せつけるボディビルのポーズ――サイドトライセップスのポーズを決めている、スキンヘッドの男のような風体だった。

 というか、その男こそ学長、春の宮一馬だった。髪はないが、眉と口髭は太く丁寧に手入れされている、浅黒い肌の七十三歳である。

 学長はポーズを解いてリラックスポーズになり、

「生徒諸君!」

と、腹の底が痺れるような太く低い声を出した。校門まではおろか、学外にまで聞こえそうな大声だった。


 初めて気づいた女子の一部が、きゃっ! という声を上げた。

 学長の声に、夢中でお互いの筋肉を触り合っていたヒロとハルも、手を止めて眼を向けさせられた。

 ヒロとハルだけではなく、校門から入った全ての生徒が学長を見ていた。

 学長は、リラックスポーズを力強いモストマスキュラーのポーズに移したかと思えば、

「おはよう!」

と、また大声で言うのであった。

 困惑する生徒がいたので、ヒロとハルは今日が始業式だけでなく、入学式もあったことを思い出した。そういえば、顔を見慣れない生徒が多かった。

 これを見たことがないのでは、春の宮高校生徒――春校生を名乗れはしないというのに。

 一瞥して校舎の玄関に吸い込まれていくのは、最早学長の裸など見慣れてしまった、二・三年生だろう。毎日しているわけではないが、一年もいれば数十回は、見られるシロモノなのだ。

 しかしそんな中、ヒロとハルは決して、無感動ではなかった。

「……ジジイ、やってくれやがるぜ」

「あー、入学式だもん。あの爺様が何もしないわけなかったねー」

 ヒロとハルはお互いから手を離し、全力で校舎へと走り、屋上への階段を駆け上った。


 バコンッ。

 屋上の扉を、加減もせずに開けた。学長はバックダブルバイセップスのポーズを決めて、背中を生徒たちに見せつけながら

「おはよう!」

と何度目かの挨拶をしたところだった。

「爺様!」

 ハルが声をかけると、リラックスポーズに移ろうとしたのを、学長は止めた。時計の上で校門に背を向けているので、屋上の扉に入ったばかりのヒロたちと、正面から向かい合う。

「何じゃ、ハルヒロの馬鹿コンビかい」

「……ご挨拶だね」

「当たり前じゃ。今ワシは学長として、生徒諸君に挨拶をしておるのじゃから」

「何が学長としてだ! てめぇは! 自分の体を見せつけたいだけだろうが!」

 ヒロも、怒りを抑え切れずに叫ぶ。

「ほっほっほ。そうだとして、何が悪い?」

 挑発のように嘲う学長。ヒロとハルの怒りは沸点に達した。

 春高生徒の一部が特技とする、早脱ぎで一瞬にしてトランクス一枚になる。側面部分を持ち上げ、ボディビルパンツに近い形にする。ここまで二人とも、二秒もかからない。

「ほっ、スピードを上げたようじゃの。体も、さらにデカくなっておる」

「当たり前だ。こちとら、全てにおいて成長期よ」

「爺様みたいに、立ち止まってないんだよ」

 そう言うと、ヒロハルと学長は睨みあった。

「……よろしい! ならば来るがよい!」

 言うが早いか、ヒロとハルは学長の両隣に立ち、フロントリラックスの立ち姿になる。地上までの高さは、四十メートルほどだろうか。まだまだ、今から校門に入る生徒も多い。その生徒たちが、小さく見える。

 学長も、フロントリラックスで立つ。

「「「生徒諸君!」」」

 三人は言って、上腕二頭筋を見せつけるフロントバイセップスへとポーズを映し、

「「「おはよう!」」」

と、挨拶をした。

 三人のマッチョの大声が、校内に木霊する。


 ここは、私立春の宮高校。

 生徒数718名、偏差値65、男子生徒数420名、女子生徒数298名。通称『春校』。周りの学校の生徒からは、脳筋高校と呼ばれる高校である。

 この物語はここ春校とその周辺を舞台に、大胸筋と広背筋、大腿筋と下腿三頭筋その他筋肉群が躍動する、汗と涙と精と血の、プロテインの味がする物語である――。




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