VS四天王二人目―エリグチ(2)
鳴った瞬間、二人はゆっくりと中央に歩み、互いの左手でグローブを合わせた。
合わせるや否や、一瞬静止。静止した後に一歩ずつ間合いを離した。
お互いがお互いを見ていた。観て、いた。
ヒロから観たエリグチの構えは、馴れないものだった。やや背中は前傾。顔のすぐ前にグローブを置いているが、意外に上下左右によく動く。足運びは自由。右周りで回るかと思えば、前後左右に身体ごと動く。
グローブの間からの目が、刺すようにヒロを観ていた。
その視線を刺すエリグチにとっても、ヒロの構えは見慣れない。背筋をピンと張り、半身になって左手を前に出し、右手は腰元に置いてある。重心は後ろにかかっているようだ。
(空手っぽいなぁ)
猫足立ちという名前を知らぬまま、エリグチは構えの元を当てる。素早く前足が跳び上がることを一瞬心配したが、頭から振り払う。拳で戦うという、ヒロを信じることにする。
(ま、見てても仕方ない)
ステップしてヒロの左拳の外側から、左ジャブを入れる。
手打ちだ。体重もかけていないので、ダメージはない。
ヒロが、軽い驚きの表情を浮かべるのを見る。
(……ふむ)
エリグチは一人で納得する。才能がないというのは、どうやら本当らしい。
左を分かるようにピクと上に上げてみると、ヒロが一瞬硬直したので右ストレートを体重をかけて打ち込んだ。即座にステップバックして間合いを取る。
ヒロは頭さえ動いておらず、右ストレートを出してきた。とうにそこにエリグチの姿はない。
ヒロの右側頭部に拳が叩き込まれる。ヒロは出した右手さえ戻っていない。そのまま右のアッパーが顎を打ち抜く。
ようやく右拳がヒロの元に返って来た頃には、エリグチはコーナーの端にいた。
「「「うぉぉおおおお!」」」
ボクシング部員たちは、喊声と感嘆の声を上げる。
マナブとユウダイは、開いた口が塞がらなかった。
見た物が信じられないわけではない。見えなかったことが信じられなかったのだ。
「……今、何が起こったんです?」
ようやくハルに訊ねるが、ハルはハルで眉間に皺を寄せていつもの糸目をさらに細くしている。
「最初は左ジャブ。次は左フックに右アッパーのコンビネーション……?」
「ハル先輩は見えてはいるんスか……? オレにはエリグチ先輩の腕が無くなったようにしか見えなかったっス」
「僕にも見えてないよ。それ以外に出しようがないだろうってだけ。強いとは知ってたけど、ここまでとは思ってなかったよ」
しかし、判断がつかないのはそれだけが原因ではなかった。ヒロの首が全く動いていないことが、さらにわかりにくくしているのだ。
(エリグチ先輩は気づいているね。ボクシング部の部員も、数人は気づいてるね)
喜び、勝利を確信している部員たちが多数の中、真剣な表情をしている部員も数人いた。
エリグチが再び距離を詰める。二人とも届かない間合いと思った時には、エリグチの拳はヒロの顔に刺さっている。
それが、何度か繰り返された。ヒロも時折拳を出すが、そこにエリグチはおらず出す度に追撃をもらうだけだった。
カッカッ
短くゴングが鳴る。残り十秒を知らせる合図だった。
エリグチがヒロの出している左手に触れた瞬間、その場の全員が攻撃を確信した。それまでに何度か繰り返された動きだったからだ。
そこにはヒロも含まれる。悪あがきのように右の拳が真っ直ぐ出された。




