表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
右の拳と左ミドル 【筋トレとバトルの小説】  作者: 松明ノ音
第二話 辿り着きたい場所
46/55

ハルの一人歩き(5)




『朝です。起きましょう。睡眠時間は十分です』

 スマホ端末が、ベッドの上のハルに声をかける。

 ハルは上体を起こし、両手を上げて伸びをする。

「ふぁぁあ、おはよう。LALUEFEMBラルフェム

 生体反応と名を呼ぶ声を受け、端末は主人の起床を確認する。

『おはようございます。ハル。昨晩の睡眠時間は、6時間。睡眠効率は93パーセント。寝返りは89回で適性です。本日の予定は――』

 端末から立体画面で、青い炎のような頭をしたドット絵のキャラクターが話し続ける。

 ラルフェムの声を聞くともなく聞きながら、ハルは灰色のタンクトップと黒の短パンを脱ぐ。肌着の上にカッターシャツを着て、制服を着る。左手に端末を乗せた。

「腕輪になって」

 言うと、端末はピと機械音を出してハルの左手首に巻きついた。

 自室を出て階段を降りれば、リビングからはすでに食事の気配がしていた。洗面所で顔を洗い、リビングへ入る。

「おはよー」

「「「おはよう」」」

 両親と姉が、声を揃えて挨拶を返す。すでに父は食事を終え、新聞を読んでいる。ツリ目の三白眼に四角の黒縁眼鏡をかけ、すでに黒髪をオールバックに整え、後は家を出るだけのようだ。

『……の件に関……肉民主……寺家兼氏は……』

 聞こえてくるのは、ニュースの声だ。我が家では、父が在宅の時はほとんど、ニュース番組しか流れない。画面にはオールバックで口髭を蓄えた、筋肉民主党の党首が映っている。スーツの上からでも鍛えられた筋肉がわかる、壮年の男だった。

(相変わらず、鍛えてるなぁ)

 そんなことを考えながら、食卓に座る。

「目玉焼きは塩コショウかけたけど、それだけでいい?」

 長い茶髪を大きな髪留めによって後頭部で留めた母が、わかっているだろうに聞く。たれ目は今日も糸目だ。

「うん、ありがとう。追加でちょっとかけるから、置いといて」

 はいはーい、と言いながら結局、塩コショウはハルの皿の横にまで持ってきてくれる。

 ゆっくりと目玉焼きを噛み、ご飯を食べる。味噌汁は猫舌なので、後回しだ。

「大翔、玉子ご飯にはしなくていいのー? 大盛りだから、ご飯も多いでしょう?」

「うん。じゃあ食べようかな」

 言うが早いか、めんつゆと醤油、卵が皿の横に並べられる。

「ありがとう」

「どういたしましてー」

 母は朝から甲斐甲斐しい。申し訳なくなるほどに。

「……アンタが朝しかいないからでしょ? もうちょっと、家にいてあげなさいよ」

 真っ直ぐな黒髪のストレートの髪を両側に均等に分けた姉が、目玉焼きを口にしながら言う。

「アキ姉もあんまり帰ってないでしょ?」

 ギロリと父譲りの三白眼で睨む。

「大学生はいいのよ大学生は。アンタがそんなゴリラみたいな体になるために、余計な時間を使ってないんだから」

 ハルは喜びでゾクゾクとし、実際に体を震わせる。キモいわーマジでキモいと、姉はその反応に引く。

「いいのよー。大は小を兼ねるし、大きいことは良いことよ」

 母は言いながら席に座り、食事を始める。

「お父さんもそう思うでしょー?」

 父は新聞を読み終わったのか、畳んで新聞を机に置く。

「……成績は落とすな。それ以外は良心に従って、好きなことをやれ。維持する限り、茶髪も長髪も許してやろう」

 そう言って鞄を取り、父は玄関へ向かった。

「行ってきます」

「「「行ってらっしゃい」」」

 玄関を閉める音がして、父は仕事へ向かった。

「……アレで外面は良いっていうのは、信じられないわ」

亜希子あきこ。そんな風に言うもんじゃありませんよー」

 こぼす姉を、母がたしなめる。この流れでは言わないが、ハルもそう思う。何度か仕事関係の人間と鉢合わせた時、父は完璧な笑顔を見せた。

 驚いたが、笑顔は必要な技術だ。それをあの父が理解せず、練習しないわけがないのだ。練習している様を想像すると、おかしな気分にはなるが。

「頭の良い人だからねー、お父さんは。だからあなた達も、頭が良いのよ?」

「……はいはい、感謝してますよー」

 言っても無駄だと、アキ姉は判断したのだろう。肯定して食事を続けた。

「そういえば、菜摘なつみがゴールデンウィークは帰って来るわよー」

「ナツ姉帰って来るの? また色々教えてもらわなくちゃ」

 長女の帰郷に、ハルは喜ぶ。栄養士となった姉は都会に出て、たまにしか戻って来ない。ハルとヒロの栄養の摂取方法は、ナツから聞いたものだ。その影響で、ハルの食うことへの意識は強い。

「まーた、ハルが甘やかされるのねぇ」

 長女のナツとは、ハルは八才離れている。生まれた頃からの猫可愛がりは、加速することはあれど、なくなることはなかった。それは、今も続いている。

「あれ嫉妬? アキ姉にも甘えようか?」

 そうやって微笑むハルに、ハンカチを投げつける。

「うっさい愚弟。アンタももう行く時間でしょ」

 照れ隠しに言うが、アキもハルがストレッチを頼めば嬉々として手伝ってくれる。頼み事をすれば文句も言うが、断られたことはない。

「そだねー、ありがと。ごちそうさまー」

 言って、鞄を手に取ってそそくさと玄関に向かう。

「いってきます」

「「いってらっしゃい」」

 革靴を履いて、玄関から出る。空は快晴で、空気は熱くいい匂いがした。夏が、近づいているようだ。学ランは暑く、そろそろ夏服が恋しい。

「さ、今日も強くなりにいこうか」

 そう言ってハルは、陽光の中を歩み出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ