ハルの一人歩き(3)
「しかしまぁ、アンタもよく占いなんか――、俺なんかを信じるもんだ。科学的思考の筋トレとは、真逆の考え方だろうに」
ハルの前に胡座をかいて座り直し、水晶玉を足下に置く。廃ビルに囲まれた、コンクリートだらけの占いは、見慣れているハルにとっても妙だった。
占い師はハルの話をしてはいるが、目線は水晶玉に集中している。
「…………」
ハルは無言。この男は、別に自分に話しかけているわけではないのだ。
「アンタは、親友に比べて女性的な面を持っているんだろうな。信憑性のないことでも、心にひっかると深く受け止めてしまう」
少しムッとするところがあったが、ハルは何も言わない。
「親友が占われれば多分、その場で激しく一喜一憂して、家に帰れば後は忘れるタイプだ。俺達の稼業には、金を落とさないな」
ハルは黙ったまま、ヒロが嬉しいことを占いで言われて喜ぶ姿を思い浮かべた。その翌日に話を振れば、何のことだと言いそうだと簡単に想像できた。
「頭が良いアンタにはわかるだろうが、俺の占いは事実を元にしたカンだ。アンタの学校での情報や比武の情報を調べた上で、カンで偉そうに物を言ってる」
金髪の占い師は、正直に言った。神が見えるだの、妖精達が語りかけてくるなど言えば、ハルが信じないことを、理解しているのだろう。
「そのカンが当たっちまうところが、俺のスゲぇとこなんだがな。これが、俺の持っている一芸だ。アンタの蹴りと同じように」
ハルは占い師を、見るでもなく見ている。しかし、声音の工夫なのか話し方の工夫なのか、占い師の声はハルの頭の中で響いている。最早、異論があっても口を開こうとさえ、思わなくなっていた。
「俺は本気で思ってもいるんだぜ? アンタはさっさと手近な女で、童貞を捨てるべきさ。アンタの顔と頭がありゃ、校内外を問わず、すぐ手に入れられる。
……保証するよ。
つっても、それはアンタだけじゃない。兎角、アンタら頭の良いガキってのは、難しく考えすぎるのさ。高校生、一番リビドーが強い時期だ。セックスのことが頭から離れなくて当然だ。それを筋トレや格闘技で昇華しても、根本的には解決しない」
ハルは思うことはあっても、黙っている。確かにそうかもしれないと、頭の大部分が認める。一方、確かな意見が頭の端で光る。占い師はチラと、ハルを見る。二人の目が合う。
「ふふ、わかってるさ。根本的に解決しないからこそ、終わりがないからこそ、アンタはそこまで鍛えてこられた。結果、デカく強くなってきた。だからこれは、アンタというより、他の、目的も特になく過ごしている男に言った方がいいんだろうな。
アンタの筋トレやキックのように、本気で考えて全力で行動して童貞捨てようと思えば、簡単に可能で、より高いことへステップアップしていけるってことは。
ただ、やっぱりアンタだからこそ言いたいのさ。そこまで頑張らなくてもいいじゃないか。俺を見てみろ。今や何の努力もなく、イイ女を抱きまくって、金を得ている。一途だから何だ? 高校生なら正しいが、二十歳越えた男性ミュージシャンが一途な純愛を歌えば、吐き気がするのが一般的な成人男性の持つ感性だ」
ハルは高校二年生だ。大人の感性なんて知らない。頭の中で、そうなのか、そうなんだろうなと単純な感想しか出ない。
「そしてアンタは、一途というより律儀なだけさ。アンタは確かに、通うジムの年下の女の子に惹かれている。かわいいじゃないか、浅黒く健康的に日焼けした、ポニーテールの女の子。同級生からは人気だろうな。性格的にも、男友達も多そうだ。
想像に難くないだろう? クラスの男友達と談笑している姿。そして男友達は悟られないようにしながらも、その女の子を女として見ている。アンタの知らないところでその子は、こっそり呼ばれて告白なんてされてる。
そして、女の子はアンタのことを思い浮かべながら断るんだ。それこそ、童貞と同じように処女特有の、一途と律儀を混同して。
それが繰り返されたら? あるいは、アンタと喧嘩した後だったら? アンタの気のない振る舞いに諦めの気持ちへと動いてしまった時だったら? タイミング的に受け入れてしまう時だったら? 一度受け入れてしまった後は?」
頭の中で響く声は、ハルにその様をまざまざと想像させた。いつの間にか、目は閉じていた。体はリラックスしている。頭だけが映像を映し出し、悶々とさせられている。
「…………」
このタイミングで、占い師は黙った。沈黙の中、ハルの頭にはイメージさせられた像に紐つけられた過去の思い出が、連続して映し出される。
元気で優しい愛、新入りのハルとヒロに苛立ちながらも丁寧に教えてくれる愛、ハルが認められていく中で複雑な表情をする愛、怒る愛、悔しがる愛、泣く愛、笑う愛、嬉しそうな愛、……。
「……俺が最初に言った言葉が、アンタをここに来させ続けているんだろう? 覚えてるよ。
『アンタと親友は、二人とも幸せになれる』
それがアンタの胸に引っかかっている。それが叶えられるなら、どんな小さい可能性にでも縋りたいと思っている」
ハルの頭には愛の姿が残ったまま、ヒロの姿が浮かぶ。
「その一つの道として有り得るんじゃないか? 簡単さ。抱き寄せれば、その子は悪い顔をするわけがない。少し驚いた顔をして、何か照れ隠しで言うかもしれない。弱い力で暴れるかもしれない。その間、黙って顔を見ていればいい。相手が観念して、好意を口走るまで黙ってろ。それを受け入れてキスすれば、それで済むだろう?
……きっと、親友も祝福してくれるだろうさ」
愛とヒロだけが、ハルの頭に浮かんでいる。愛を受け入れて、ヒロが祝福している。
その後は? 愛の時間が増えて、ヒロとの時間が減るのだろうか。愛と二人でゴソゴソしている間に、ヒロは筋トレ館で筋トレしている。道場に行っている。ジムにヒロだけが行って、砂袋を殴っていることもあるかもしれない。
そこまで考えて、頭は晴れた。
「……冗談じゃないね」
初めてハルは、口を開いた。衝動で目も少し開いている。
「僕はヒロを一人にさせられないよ。ヒロが僕を置いて鍛えているのも、僕がヒロを置いて愛とイチャついているのも、ゴメンだよ」
占い師は、満足気に笑う。
「……そりゃいいこった。アンタらは、強くなる方へと互いに共依存している。どこまで強くなれるか、見物だ」
そう言って、女に水晶玉を渡して立ち上がった。




