ハルの一人歩き(2)
(とはいえ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖ーい!)
怯えながらも、ハルは一人一人を処理する。その目つき、怒声、攻撃にハルは恐れる。
右ミドル、左ロー、左横蹴り、右後ろ蹴り、左ミドルで倒し隣の男に左ロー、右ミドル、右前蹴り、左前蹴り、左三日月蹴り×3、右ミドル、……。
体が薄いこと、防御に気が回っていないことから、連打のような重くない蹴りでも一撃で倒せる。
夏校の生徒達は鍛えている上に、体が致命傷を避けようと勝手に動く。それがないために倒しやすい。要は技術的にも身体的にも、劣っているのだ。頬を拳が掠める。
しかし、攻撃に全振りした目の前の男達は、防御しないかわりに、倒れたながらでも攻めてくる。その怖さが、本来の性格が怖がりであるハルの緊張を増す。
時には、次に襲いかかる人間のために、脚を引っ張ってくる。大抵の場合は、足を振れば切り離せる。
「クソがぁ!」
「逃げんなやボケぇ!」
「目ぇ開けろやぁ!」
汚い言葉に混じって、目の細さを揶揄する罵倒も入り、恐怖に苛立ちも混じる。
開いた口に、高い前蹴りを入れる。引いてすぐの横蹴りで、近い者を押しやる。
見えてはいなかったが、何となく後ろ蹴りを出してみる。一人、後ろに回っている男がいた。うめき声と確かな感触で、倒れたことを確信する。
息はとうに上がっている。恐怖で固くなった体は、通常の倍以上に酸素を必要とする。
もう三十人は蹴ったはずだが、前方にはゾンビ映画のようにわらわらと近づいてくる。
先頭は120キロ以上ありそうな、スキンヘッドの巨漢だった。
(大きい! 左ハイ!)
半歩バックステップして、太った巨漢に左のハイを入れる。前のめりに倒れてきたが、高く上げすぎた左足を地につけるのが間に合い、さらに半歩下がる。
そこで右足を捕まれた。巨漢の首の太さが、脳の揺れを不十分にしたらしい。左足でスキンヘッドを踏むと、完全に意識を失ったようだが、掴んだ手は離さない。
状況を理解してにやつく男たちが、にじり寄ってくる。
(まだ、まだ)
ハルの蹴りのリーチには届かない位置で、五人が取り囲む。後ろには極力行かせないようにしていたが、背後にも回られた。
囲む数が8人になった時、左足を大きく上げる。
踏み込んで、足を掴んでいる巨漢の体ごと蹴る。
初動は引きずるようだったが、勢いがつき始めると持ち上がり、薙ぎ倒した。怯む隙に、巨漢の指を引き剥がす。
持久運動で動き続けていたところを、急激な瞬発運動がかかったところで、心臓の動きが激しさを増す。
肩が上下して大きく呼吸をし出し、顔を下がって地面を見ている。まだ、十人以上残っていた。
灰色のパーカーとスウェットは、全身の汗で色を濃くしていた。
派手なことをした直後で、相手は怯んでいる。
「……ここだよね」
短く呟く。
ハルの自覚する最大の欠点は、持久力だ。
蹴り技は体力を使う。重い物を上に上げるものは、軽い物を伸ばすよりもエネルギーを使う。その当たり前を覆せるほど、自分に持久力はない。
(苦手なことをするのは、しんどいよね。でも、しんどいことこそ、わかりやすい自分の欠点だ)
「だったら、立ち向かわなきゃね」
周りにも聞こえたようだ。顔を上げると、不思議そうな顔をする男たちがいた。
「あんたらは、僕が強くなるためのエサになってよ」
ただ隙を生む、ジャンプして跳びかかるような真似はしない。しかし気持ちだけは飛ぶように左足で地を蹴って踏み込む。左手を振って蹴る。
左ミドル、右前蹴り、右跳び膝、左横蹴り、右後ろ蹴り、右前蹴り。
すでに衣服は汗を吸わず、皮膚から流れた汗が流れて、動きに合わせて飛ぶ。長い髪も重くなり、顔に当たればぴしゃりと音がする。
右横蹴り、左ミドル、右後ろ蹴り、右跳び膝、右横蹴り、右ハイ。
最後の一人が倒れるのを見た後、ハイキックで後ろに反った体を戻せず、後ろに倒れ込んだ。
「ぜはぁー。はぁー、はぁー、すぅー、はぁー、う、はぁー、っはぁーはぁー、おえ、すぅーはー」
声が出るほどに激しく呼吸する。
目も閉じ、呼吸することだけを目的とした体になる。最後まで体をブラさずにできたことに、満足感はあった。
苦い味が、わずかに吸う息に混じる。
「なんてーか、よくやるねアンタも」
金髪の男が、便所座りで横に来ていた。煙草の灰を、横で落とす。ハルにかからないようにする配慮は、持ち合わせているらしい。
「……理解できないとは、言わんさ。俺だって春校を中退するまで、少しは鍛えていたし、勉強もしてたしな」
二年の終わりに中退していたこの男は、それまでは一般的な春校の生徒だったらしい。筋トレで体を鍛え、勉強に身を入れていた。
「だけどまぁ、俺やアンタは一般的に見て顔や頭が良くて、なおかつ一芸のある人間だ。楽に楽しむことなんて、いくらでもできるだろうに」
男の体は、薄く見えるが筋肉は比較的付いている。過去、鍛えられた体だった。
筋肉が多いということは、消費カロリーも高いということだ。贅肉は付きにくい。
「あんたの今の細マッチョがあるのは、過去の努力のお陰でしょ? あんたは日々を楽に楽しく生きることが目標だろうけど、僕の目標はもっと高いところにあるんだ」
息は整った。上体を起こして、座り込む。
「仕事しなよ、占い師」
金髪の男は、にっと笑う。いつの間にか丸い水晶玉を持って横にいた女から、それを受け取る。




