胡坐の上の胡坐
「同じ膝だったから、わかりやすくていいわ」
マユの言葉で、ヒロと、ヒロの首の横から顔を出したハルが、画面を注視する。
ヒロの胡坐の上で、マユは胡坐をかいたままだ。未だにヒロが両腕をマユの前に回しているが、ヒロは画面に集中する。マユは時折身体を揺らしている。緩んだ顔が画面に反射していることには、気づいていないのだろう。
ヒロには牽制の前蹴り。マユには右手の刻み。ハルの牽制の蹴りは速い。一般的にはジャブや刻みのような手の牽制の方が速いが、ハルは体勢を戻すのも、手と同等の早さで戻せる。そこからは同じ左膝だった。
ヒロはそこから横っ飛びで避け、背後に回った。
マユは、膝の軌道からわずかに顔をずらしながら、片足立ちになったハルの右膝を、膝カックンの要領で折った。そうしながら、肘を胸に打っていた。
「さて、何が違うでしょう? 重要な点は二つね」
ヒロとハルは、真剣な表情になって考える。
(ヤダ。ヒロ超かっこいい)
一度振り返って、想い人の顔を至近距離で見たマユは、顔を赤くする。バッと音がするほどの勢いで顔を正面に戻し、スマホを再び再生させた。
二人は真剣な表情で見入っている。
「動作の大きさか」
ヒロが呟く。
「そうそう。本命ではないけど、それも違う点ね」
マユの言葉を聞いていないかのように、ヒロは視線を変えない。
「動作の正確さ、かな?」
「そこも見るべき点ね。その二つを為し得るのは、何かよ」
自分で自分の良い点を言わせるようで、少し恥ずかしい気もしていた。
「「見切りと、相手の攻撃の使い方」」
二人同時に答えた。
正解、というマユの答えに、二人してにへら、と表情を崩す。
(子どもみたいに喜ぶわね)
二人の表情は、さっきまで見ていた道場の子どもたちと変わらない。喜びを素直に表せる点は、自分にはない美点だと思えた。
「見切りが、マユの方が早くて正確だ。最低限の動きで避けて、即次の動きに移ってるな」
「対処の開始が早くかつ、最小限の動きだからこそ、ヒロより動ける時間が長いね」
毎度のことながら、マユは舌を巻く思いだった。言動は阿呆の癖に、二人とも頭が良い。
才能じゃない。二人はこの頭脳と意志力、そして強い胃腸でここまでデカく、強くなってきた。
「俺の膝への避け方は、マユに比べて大袈裟だな。フルパワーで突く気もなかったが、そもそも全力で突けるほどの体勢を整える時間はなかった」
「マユと同じようにヒロができたなら、跳ばずに足運びだけで横に入れたね。ジャンプした勢いを殺して殴る体勢に戻すっていう時間が、丸々増えるのは大きいよ」
(教え甲斐があるやらないやら、ねぇ)
二人は一つ教えれば、二人で話し合ってかなり先まで理解してしまう。水のように吸収する様は、教える喜びだ。が、自分で教えたかったところも、勝手に理解してしまう。
「ってことはマユ。俺は、見切りを鍛えればいいのか?」
画面を見ながらマユだけに話しかける形になったヒロは、耳元で顔を覗き込んで言う。腕は依然マユの腹の前。耳に息がかかる距離だ。
「ッ。そうだけど、ちょっと離れなさいよ」
マユは、また顔を赤くして腕を掴み、引き離そうとする。
「勝手なヤツだな。離さねぇよ」
また耳元で言われ、マユの頭が沸騰しかける。
「てかお前、良い匂いすんなぁ」
すんすんと鼻を鳴らし、本当に匂いを嗅ぐ。嗅いだ後、吐く息が耳にかかる。
「ぃや……。……めーなさい!」
我を失いそうになるが、師範代としての意地か後頭部で頭突きをする。しかし、読んでいたようにヒロは頭を左右に振ってかわす。
「お、これが見切りだな。首を一旦前にやってるから、予想がしやすグッ」
余裕を見せていたヒロは、肋の痛みと衝撃で言葉の途中で呻いた。
腕が緩み、マユはヒロの胸から抜け出して回って立ち上がり、回転の勢いのまま左回し蹴りを顔面に放つ。
「……たく、乱暴なこった」
ヒロは額で受けた。太い首に支えられ、脳も揺れない。マユの脛も鍛えられているため、互いにダメージはない。
「指導する点と褒める点が一つずつ。早い見切りばかり意識すれば、フェイントにかかりやすくなるわ。頭突きの振りをして肘を振ったようにね。迷うことも危ないけれど、確信があっても決めつけはよくないわ。最後まで目を離さずに蹴りに対応できたのは、褒める点ね」
毅然とした声だったが、やたらと早口で、顔を隠すため背を向けたままだった。
「ご指導とお褒めの言葉ありがとうよ。あとこっち見て言えよ」
「今のはヒロが悪い」
ハルが、珍しく足ではなく拳骨でヒロの頭頂部を殴る。
「はい、ごめんなさいしたー」
本気を察してか、素直にヒロは謝った。




