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右の拳と左ミドル 【筋トレとバトルの小説】  作者: 松明ノ音
第二話 辿り着きたい場所
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間宮道場が好きだ(1)




「「押忍!」」

 道場の入口前、空手衣を纏ったヒロとハルは両拳で十字を切って言う。

 間宮道場では、挨拶や返事はこう決められていた。

 小さい声や気が足りなければ、やり直しをさせられる。いつもマユが言う役目だ。ほとんどないことだが、マユよりも先輩であれば、マユの兄が言う。父である師範が言うことは、ない。

 ヒロとハルも最初の頃は、なかなか道場に入れなかった。体を鍛えていたとはいえ、自分たちより強い集団の中に入っていくことに、気後れがあったのだ。

 今は、声で注意されることはない。体を安定させ気を腹に溜めて、押忍の発声とともに腹の気を炸裂させる。

 そうした方が、単純に気分が良いのだ。そして、体の軸が必要である武道において、稽古前の再確認もできる。

 だからヒロハルに限らず、道場が長い高校生以上は注意されることが少ない。それにもし不十分なら、大人であってもマユ達は、容赦なくやり直させる。

「一! 二! 三!」

「いち! に! さん!」

 まだ早い時間であったため、道場は子どもたちがほとんどで、神前に一人立つマユと向かい合い、その声に続いて基本を繰り返している。稽古中は、マユはハル同様ヘアゴムで髪を縛っている。黒髪の先が、動く度に揺れている。

 生まれてすぐに空手衣を着させられたマユは、空手衣が似合う。ラストクローズというものが、一人一人にあるとするならマユのそれは空手衣であろうと、ヒロでさえ思う。初めて会った中学の時とは違う。かわいらしさより美しさが勝る。

 高校生になったマユを初めて見た男なら、確実に心音が大きくなるだろう。

 ヒロとハルは、道場の端、入口の横で正座する。両拳を脚の付け根に置き、背筋を伸ばして正面を見る。

 開始に間に合わなかった者は、師範や師範代の「どうぞ」という声がかかるまでは、稽古に参加できない。

 基本の一つが終わるタイミングで、マユから、どうぞの声がかかるはずだ。

「はち! きゅう! じゅう!」

 正拳中段突きが終わった。声がかかるのを見通して、腰をあげそうになるが、それをやると声をかけてもらえない。あくまで、声がかかるのを待たなければならない。

 ヒロもハルも心得ているので、微動だにしない。

「次! 正拳上段突き!」

「「「……押忍!」」」

((……おや?))

 声がかからないことに二人を含めて道場内は訝しんだが、動かなかった。

「一! 二! 三!」

「いち! に! さん!」

 普通に次の基本が続けられてしまった。

「……ヒロ」

 ハルが、非難めいた小声を出す。

「そこ! 私語禁止!」

 数を数える途中に、マユが怒鳴る。ハルは背をピクっとさせた。 

(私語がダメなら、私情も禁止だろ)

 注意されるのもしゃくなので、口には出さずに思う。思っただけなのに、マユはヒロを睨む。

 思わずヒロの背筋も少し跳ねる。地獄耳にも程があると、ヒロは呆れる。

「八! 九! 十!」

「はち! きゅう! じゅう!」

 終わり、マユは動きを止める。私情であることも理解し、迷っているのだろう。それはもう、子ども達にさえ分かっている。一部の女の子などは、にやにやしながらマユを見ている。

 その顔を見たのか、マユは目を閉じてため息を一つ吐き、

「どうぞ」

と声をかけた。

「「押忍!」」

 発声し、立ち上がってマユの両隣に立ち、子ども達と向かい合う。基本だけならば、二人は上級者扱いなので見本となる、前に立たされる。

「次、上段受け!」

 押忍の声が上がる。やや不機嫌そうな顔のヒロ。糸目の端をやや下げて微笑んでいるハル。時折口元が緩みつつ、目がヒロの方に向きそうになるのを抑えているマユ。

 子ども達は、それを見て各々の感情を抱く。耳年増な女の子は、マユを微笑ましく思ったり、呆れたりヒロに怒ったり。

 男子の八割を占める、初恋がマユである少年たちは、ヒロに敵意を抱いたりその体に嫉妬したり、マユの幸福を願ったりしている。恋する相手が他の男に惚れている状況に興奮する、将来が心配な子どももいる。

(うーん。やっぱりここも楽しい場所だね)

 そんな子ども達の顔を見て、ハルは一人微笑んでいる。



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