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右の拳と左ミドル 【筋トレとバトルの小説】  作者: 松明ノ音
第二話 辿り着きたい場所
32/55

初めてのアブローラー


「ハル先輩、ヒロ先輩。腹筋見せてもらえませんか?」

 ユウダイの質問に了承する前に、すでに二人は脱いでいた。頼まれずとも脱いで校内を走る二人だ。断るわけはなかったが、快諾が前のめり過ぎるとマナブは思う。

 二人とも、太かった。ヒロの方がやや脂肪が乗っていたが、筋肉量に比べればかなり少ない。

「触っても、いいですか?」

「えー、優しくしてね?」

 ヒロが気持ち悪い声を出したが、マナブは無視した。

 当然のように腹は筋肉の形に割れ、割れた一つ一つが大きく盛り上がっている。そして、鉄板のように固い。

「えい!」

 マナブは軽く殴ってみた。

「お前、意外に無遠慮だな」

 ヒロはビクともせず、手首痛めるなよと笑ってみせる。赤髪さえ揺れはしない。

 気遣われたとおり、マナブの手の方が痛みそうなほど、確固とした固さだった。

 手を移動させて、腹直筋から横に指を這わせる。脇の方から股へ、斜めに筋肉が走っている。盛り上がったそこは、また固かった。

(ここって、やっぱり筋肉あるものなんだ)

 当たり前だが、自分の体では存在がわかりにくいそれを見て、再確認する。

 腹の側面には、また違う筋肉が盛り上がっている。

 ユウダイもいつの間にか、ハルの筋肉を触っていた。ハルの方が、ヒロよりも腹筋の筋肉量は多そうだった。脂肪も少ない。

「やっぱり、腹筋の筋トレも器具を使ってやってるんですか?」

 どうやったら、こんなお腹を手に入れられるんだろうか。それがマナブは気になった。

 自分の腹が六つに割れつつ、太い。そして横腹には筋肉群が漫画のように浮き出ている。それを想像すると、ドキドキした。

「そうだな。アブローラーってのを使うが、ウエイトは使ってないぞ」

「そんなに、高頻度では腹筋鍛えないしねー」

 ヒロとハルが応える。マナブは意外に思って、じゃあアブローラーっていうのがスゴい器具なのかを尋ねる。

 まぁスゲぇ器具ではあるんだが、うーん、と説明を考えるようにヒロが悩む。

「まぁ先に腹筋について教えようか。腹筋を割るなら、筋トレだけじゃ駄目なんだよ」

 困っているヒロに助け船を出すように、ハルが引き継ぐ。

「実は、ベンチプレスでもスクワットでも、腹筋は鍛えられてるんだよ。腰の近くにある大きな筋肉でしょ? それで、腹筋の支えは重量を上げるなら使わざるをえないんだ」

 確かにベンチをやっても、腹筋が筋肉痛になっていることがあったと、マナブは思い出す。

「だから、わざわざ腹筋を鍛えないっていう人もいるね。そもそも腹筋が割れるのは、筋肉が一番の条件じゃないんだよ。

腹筋は、腰の近くで体を支える筋肉だから、トレやっていない人でもある程度はついているんだよね。それが浮き上がらないのは、筋肉に対する脂肪の量に因るんだ」

 マナブとユウダイは、いつの間にか体育座りになって、ハルの話を聞いていた。この一週間ではこういうことが、ままあってすでに癖になっている。

「割れていない人には、二通りあるけど原因は同じ一つのものだね。細い人間は、脂肪が少ないけど体を支える腹筋も少ないから、薄くしか浮き上がらない。マナブ君と同じ状態だね」

 マナブの腹も、うっすらと浮き出てはいるのだ。ヒロハルの腹を見た後では、割れているとは全く言えないが。

「太い人間は、ある程度腹筋は付いているものの、脂肪が多くて割れ目を覆って丸くしているんだ。こっちがユウダイ君だね。どちらも、脂肪を減らせばもっと腹筋は浮き出るよ。マナブ君は脂肪減らすより、筋肉増やした方が手っ取り早いし健康的だね」

 ユウダイも、割れてはいる。しかし、ヒロやハルほど溝が深くはない。それは、溝に脂肪が入っている状態だ。

「でも腹筋に、大胸筋や大腿筋ほどの盛り上がりは期待しないでしょ? それらに比べたら小さな筋肉だしね。だから、頑張ってもそこまで大きくはならないし、腰に近いからウエイト使って痛めたら大事だよ。それでも鍛えることで、支えは強くなるし、腰を痛めるリスクも減るから、僕たちは補助的にやってるよ」

「なるほど」

「なるほどっス」

 二人が頷く。ハルは笑って応えた。

「ちょうど良い休憩になったな。じゃ、話にも出てたアブローラーやるか」

 ヒロが端から、ローラーのようなものを4つ持ってきて言った。


「アブローラー、通称腹筋ローラーだな」

 見たことあるか? と聞くヒロに二人は頷いた。

「中学の先輩が持ってたっスけど、オレ出来なかったっス。それでまだ筋肉が足りないって思って、それから触ってないっスね」

 ま、いきなりは難しいしねぇと話を受けながら、ハルが二人にローラーを手渡す。

「本来というか、発展後の鍛え方をやるとこうだな」

 言いながらヒロは、立ったまま前屈の姿勢になって、ローラーを地面に付ける。

 そこから車輪を回しながら、体を前に伸ばしていき、ピタリと地面スレスレで静止した。

「体はどこも付けない。最悪なのは、背中を反ることだ。背中も腰も痛めるぞ。そこから、腹に意識を集中して体を持ち上げる」

 くるくると車輪を回して、体が戻っていった。戻っていったとユウダイが思うのは、自分にはできないことで、体の使い方がイメージできなかったからだ。

(ヒロ先輩がやる分には、簡単そうに見えるっスけど)

 できないことを知っていれば、立ち向かうこと難しい。

「最初はーーっていうか、しばらくは膝付いてやることだな」

 ヒロが言う。意外にも易しい方向で、ユウダイは意外に思う。

「筋トレはまず、それが正しいフォームでやれる筋量があるかどうかだ。できないレベルをいきなりやったって、仕方ないんだよ。立ちコロを間違ったフォームで少しずつやって、効果は高かったけど腰を痛めました、じゃ本末転倒だ。チンニングーー懸垂だって、やれないならスタンド使わなきゃその筋肉さえつかねぇ」

 体は壊れるモンなんだ、サポーターがある今だからこそ、そこは忘れちゃなんねぇと言って、締めた。

(安心するっス)

 荒い言葉遣いと外見に似合わず、理屈がある。走り出す方向が間違っていれば、一生懸命走っても、到達点は間違った場所だ。

 反対方向に進んでも、目的地は遠ざかるだけだ。

 三〇度ズレるだけでも、本当に進みたかった方向にはルート3/2しか進めていない。三平方の定理。

「じゃ、プランクと同じ姿勢になって、膝とローラーで体を支えてー」

 ハルの声で、ユウダイとマナブは体勢を変えた。

「ゆっくり転がしながらていってー」

 徐々にローラーを転がし、前方に体を伸ばす。

(やば、もう倒れそう)

 体が伸びきる前に、ユウダイはそう思った。少しでも楽にならないかと、顔を上げようとするとハルが頭を抑えつける。

「顔はヘソを見るんだよー」

 抑えつけられたまま耐えきれず、頭から地面に落ちてしまった。

「よしよーし」

 倒れてしまったのに、ハルは満足げだった。横を見ると、マナブもすでに倒れている。

「じゃ、二人ともさっき倒れた位置まで伸ばして、後は体勢を戻すようにしようー」

 ユウダイ君にも言ったけど、伸びていったらヘソを見るようにねと、付け加える。

 すでに腹筋が筋肉痛のように痛んでいる。

(これだけでも、スゲぇ効果あるっスね)

「そうそう。膝コロもできなかったら、伸ばせるトコまで伸ばすっていうトレーニングでもいいんだよ。二人とも自分の体重程度は膝コロできると思うから、膝コロで大丈夫だけどね」

 表情を読んだのか、ハルが補足した。

 同じ姿勢になり、再開する。さっき倒れたところまで、体を伸ばしていく。

「そこで一秒止まってー」

 一、とハルが数を数えるのを合図に、ローラーを逆に回転させる。

(おぉ、これまた)

 戻すのは、別のトレーニングのようにキツかった。先ほどまでで筋肉が消費されたからだろうか。

「ヘソ見ながらだよー」

 再確認するようにハルの声が聞こえ、またヘソを見る。腹筋の収縮に意識を取られ、忘れてしまっていた。再びヘソに目を向けた。

「じゃまた伸ばしてー」

 戻りきる前に、ハルの声が聞こえた。

(ひぃいいいいい!)

 安全ではあるが、甘くはない。優しいが、スパルタである。ハルとヒロがそうであるのを思いだし、また続くトレにユウダイは心の中で悲鳴を上げた。

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