プロローグ
鉄の味で、目が覚めた。
味の正体である口の中で粘つく血を、飲み込む。砂でも口に入っていたのか、ガリ、という嫌な音が歯の間でした。
頬が触れている。コンクリートの冷たさにも気づく。雨が降っている。体中が冷えていた。ビルとビルの間の空間には、人も通らない。十メートルほど離れた道路からは、時折通行人が、目をやって通り過ぎる。
……あぁ、そうか。
気を失う前の状況を思い出して、その結果が今なのだと理解する。
ハルと千尋は、どうなっただろう。焦って飛び出したいのに、今すぐ二人の安否を知りたいと思うのに、体は動かず、体を動かそうとする意志さえ、強くは持てない。
顔だけでなく、体中が痛いのだ。血こそ頭からしか出ていないようだが、殴る蹴るの暴行は、全身に受けたらしい。丈夫なはずの学ランがところどころ破れ、汚れ伸びている。服も濡れて重くなり、ただでさえ重い体は、なお持ち上がらない。
気を抜けば眠りそうになったが、首だけを持ち上げて、周囲を見渡した。
数メートル離れて、ハルの痩せた体が倒れていた。
ハル……、ハル……!
何度か呼んだ。俺の口からはかすれた声しか出ず、雨音にかき消される。。
それでも呼び続けると、ハルはもぞもぞと動きだし、顔をこちらに向けた。俺もそうなんだろう。目は、虚ろだった。
あぁ、ヒロ。
安心したかのように、口を動かした。声は、聞こえない。続いて口が、
『ち、ひ、ろ、は?』
と形を作る。
わからない、という意味で首を横に振った。
「……ちくしょう」
今度は、はっきりとハルの声が聞こえた。朦朧とする意識の中では、俺が言ったのかと迷う。同じ思いだったから。
「……なぁハル」
「……なに?」
「強く、なりてぇなぁ」
「……うん」
雨は降り続いて、弱まる気配はなかった。いつの間にかまた口の中に溜まっていた、鉄の味を飲む。雨でもいいから、水が飲みたい。そう思いながらも体は動かず、そのまま俺は眠りに落ちた。




