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右の拳と左ミドル 【筋トレとバトルの小説】  作者: 松明ノ音
第一話 始める春の初め
22/55

ハルVS夏校生




 ハルは、普通にキックボクシングをやった。そうとしか言えなかった。

 ヒロが最初にしたように、滅茶苦茶に殴りかかったりはしない。空手の動き方をキックに取り入れるでもなく、当たり前のキックボクシングだった。

 強いて言うならば、ムエタイの戦い方に近い。しかし、それとも少し違う。

 ムエタイは、パンチを蹴りや肘、膝のために使う。

 ハルはパンチや肘、膝を蹴りのために使っていた。

 肘と膝は、打撃で最も恐ろしい。人体で最も固い部位なのだ。それだけでなく、身体の中心に近いため力が伝えやすい。格闘技素人のパンチも蹴りも、よほど体の使い方が上手くなければ、痛みなどない。

 しかし、運動神経の悪い者でも肘や膝で大ダメージを与えることは、ひどく容易だ。ならば、身体の使い方を知る格闘技経験者なら、尚更だ。さらに、足の筋肉は腕の筋肉の三倍。

 事実、事故死は膝によって起こることが多い。

 最初に倒された者は、膝だった。

 太さで分かりにくいが、ハルの脚は長い。そして、パワーは太さを見ての通りだ。その長い脚は、間合いの広さを示す。その筋肉は、翔べることを示す。

 一番近くにいた生徒だった。突然、丸太の撞木が顔に飛んできたのかと思っただろう。

 飛んできた膝に、叫び声もうめき声も出さず、ただ吹き飛ばされた。

 膝の痛さは、比武を経験した誰もが知っている。それで、あれだけ飛ばされるということは?

 その問いも答えも、勝手に恐怖というそろばんが計算して弾き出す。

 ――Answer:死?

 足は竦む。動かない。膝の間合いではない生徒でも、顔を中心のガードで守る。

 そこに、ジャブのようなローキック。

 ヒロの見えない速度のジャブは、人を吹き飛ばす。ハルのローも、見えるが避けれない程度には、速い。しかし、吹き飛びはしない。

 突きより蹴りの方が強いのは、筋肉量の結果として当然。そして、飛ばされるより下に叩きつけられた方が、見た目の派手さはないがダメージは大きい。

 ハルの太い脚と、揺るぎない地面でサンドイッチにされるようなものなのだ。もらえば、立てない。愛が経験したように、脚を失ったと錯覚するほどの衝撃で、あっという間に五人がローキックでやられた。

 少し離れれば、ガードの上からミドルを蹴った。脳も揺らさないのに、一度蹴れば、終わる。断裂して受けた腕の筋肉が存在しないようになり、ガードした腕はもう上がらない。どころか、ガードした腕が押し込まれてボディにダメージを与える。玉突き事故のように。

(ヒロと同じだな。腕と胴の中間を蹴っている)

 アカシは思う。腕より筋力のある脚ならば、二度手間にならない。一撃で両方を潰せる。

 数人で襲い掛かっても、パンチがある。

 安定した巨大な下半身はブレず、地面を蹴って大きな力を生む。ヒロの拳ほどではなくとも、重い。そして、パンチの技術も高い。しかし、数人で襲うことを繰り返していると、顔にモロに突きが入った。

(こっちにも、勝てねぇかもしれねぇな)

 そうアカシが思い始めた頃。

「ぐっ」

 ハルの体が揺れ、ズレる。

「お?」

 アカシが驚く。夏校を応援する立場だったが、意外だった。

 その瞬間、周りの夏校の生徒が襲いかかる。

 多対一で恐ろしいのは、ここだ。一撃良いのが入れば、後はタコ殴りになる。




 ハルは、敗けた。一撃もらった後は、リンチのようになって終わった。サポーターと同じ不思議素材含有のマウスピースが無ければ、歯も折れていただろう。

 あと十五人というところだったから、惜しくもあったのだろう。

「まぁ、お前との武器の違いか」

 アカシがヒロの横で言うと、そうだなと短くヒロは返した。

 ヒロとハルの違い。足は手ほど器用には動かないし、小回りは利かないということだ。蹴る時も、蹴り足を戻す時も、一瞬で戻せる突きの何倍もかかる。

 一対一なら、相手は蹴りに対応して、その隙を突けない。しかし、複数ならばその隙は突ける。恐怖しつつ、集団ででも襲いかかることができた、夏校生達を褒めるべきだろう。

 手よりも重く、攻撃対象より下にある脚。重いものを上方に動かすエネルギーも必要になるため、スタミナも必要だ。蹴りを放とうとする時から、蹴り終わって足を地につけるまで、重心は押せば崩れる。

「……とんでもねぇ化け物だよ、お前らは」

 アカシは箱庭を眺めながら、呟く。動ける夏校生が、ハルや倒れた夏校生を運びながら、箱庭を出ている。

「お? 負けたのに、案外評価してくれんだな」

 ヒロが笑って言う。

「正直、お前以上に勝つイメージが浮かばねぇよ」

 比武はあくまで、一対一が主流だ。特殊ルールは見る側にとっては余興、やる側にとっては鍛練の一種でしかない。アカシにとって、何故二人がこんな鍛練をしたがるのかは、謎だったが。

「ま、俺も同感だ」

 ヒロの言葉に、アカシは少なからず驚く。自分の負ける可能性を口にできる男が、ここまで一心不乱に強くなれるものなのか、と。

 アカシは、自分が一番強いことを確かめたくて、示したくて比武をやり続けている。例えそれが、現在は事実でない、将来の事実と自分が思いたいだけだとしても。

 ヒロに負ける前なら、ヒロの言葉や自分の考えを、を弱気と捉え非難したかもしれない。今は、こいつが言うならそういう考え方もあるのだろうと思えた。

「……負けることで、変わることもあるのか」

 それだけ言って、ヒロとの比武に頭を切り替えた。ぼろぼろになったハルが、両側から肩を支えられて箱庭から出されていた。




 全員を箱庭から出した後、ヒロとアカシは箱庭に入った。

「化け物って呼ぶ相手とやりたがるお前も、大したもんだよ。そういう相手なら、燃えられる」

 ヒロは、本気で感心しているように言う。二人の距離は、五メートル。さらにヒロは一つ、提案をした。

「なぁ。もっと燃えるために、賭けをしようぜ」

「比武で生徒が賭けをするのは、禁止だろうが」

 今も、カメラは撮影を続けているのだ。SクラスとAクラスの試合なら、視聴者はかなり多いだろう。

「高校生らしい、微笑ましい程度なら許されるだろうよ。負けた方が勝った方に焼肉奢る、とかな」

 まぁ、それぐらいなら許されるだろう。そう思って、アカシは受けた。アカシもClassAだ。試合ごとのポイントは、使えない程もらっている。

「いいぜ。だが、お前は負けたら100人にも奢れよ」

「オッケ。じゃあ、賭け成立だな」

 SとAのポイントの差は大きく、ヒロは比武を行っている数も多い。ポイントを貨幣に換算できるなら、一生暮らせる程度には持っているはずだった。

 言ってヒロは、学ランを脱いだ。上衣はパンツから外に出した、カッターシャツだけになる。

 システムはその様子を準備完了と受け取ったのか、箱庭の出入り口をオートで閉めた。機械音声が始まりを告げる。

『知り知らしめるため』

 二人は緊張も意識もしていたが、その声で完全に戦闘態勢に入る。

『示せ』

 その声が発せられた時には、両者が動いていた。


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