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右の拳と左ミドル 【筋トレとバトルの小説】  作者: 松明ノ音
第一話 始める春の初め
21/55

ヒロVS夏校生





「先に50人、かかって来い」

 ボタンをすべて外した学ラン姿のヒロは、挨拶もそこそこに本題を切り出した。

 アカシにとってヒロの言葉は、予想通りだった。前回求めた条件の、延長線だったからだ。初めは腹が立ったが、それで負けたのだから聞くしかない。

 箱庭管理者に、一対五十の比武の特殊ルールの申請を行う。特殊申請については、機械的でなく人間である管理者が都度判断を行うらしい。

 すぐに返信は返ってきた。

『Class C以上の者のみ可。指紋認証を行ってください』

 はじめから、C未満の生徒には声をかけていない。Sクラスであるヒロ、ハルと戦ってみたいというBとCの生徒ばかりだった。

 金網で囲まれた箱庭に、五十人が入る。箱庭には同時に複数の試合を行えるよう、比武場が複数ある。それぞれの仕切りを取り払うことで、大人数が入れるようにした。

『サポーターの装着を確認してください』

 ヒロがスマホで、ポップアップの『準備完了後、YESを押してください』にYESを押して箱庭に入ると、機械音声が流れた。

『知り知らしめるため』

 外から見ているアカシも、緊張で固くなる。前回は三十人だった。どれだけ強くなったのか、確認する意味もある。いつもヒロと一緒にいるハルという男に視線を送ったが、いつもののほほんとした糸目で、何の心配もしていないようだった。

 どこから聞いたのか、春校でも夏校でもない生徒も、二十数人程度いた。

『示せ』

 感情の無い機械音声が開始を告げるとともに、近くにいた生徒からヒロに襲いかかった。

 空手衣やボクサーパンツなど、夏校の生徒の服は様々だった。対するヒロは、何かのこだわりがあるのか、いつも通りの学ランだった。

 まず足の速い四人が、襲いかかる。それをボクシングスタイルで立つヒロが、一人一人ジャブで打ち落とした。大きすぎる左拳が的確に顔へ向かって来る様は、アカシが過去経験したように、トラウマになってもおかしくない。

「速い」

 アカシは思わず、声に出していた。太すぎる上半身に反して、ヒロの動き、特に突きは速い。筋肉量が多ければ、最大にギアが上がった時のスピードもパワーも大きいものになる。しかし、その分重いため、普通であれば初速は遅いはずだ。

 あんなナリで、技術もある。五十人に囲まれている状況で脱力できる度胸も、異常だった。

 四人は、ジャブを食らっただけとは思えないほど、飛んだ。速いだけでなく、当然に重い。

 飛ばされた四人を見て怯んだのだろう。襲いかかっていた周囲が、足を止める。かと思えば、ヒロは一番近くにいた生徒に左ジャブを、その隣にいた生徒に右ストレートを入れた。

 右拳は左拳より、さらに大きい。交通事故などで、死ぬと思った時にはゆっくりと景色が見えるらしい。殴られた生徒は眼前に巨大な拳が徐々に回転しながら大きくなっていくのを、体感しただろう。実際はハイスピードで高重量の、体重が乗った拳だ。頭が後ろにズレ、首の可動域限界に下がり首を支点に回転しながら後ろへと飛んでいく。

 ワンツーで二人倒す。小賢しい生徒がその背後を取った、が後ろでも見えていたようにヒロは右の裏拳を背後に振り回した。バックブローで打ち落とされた生徒は、空中で横に一回転する。

 もう構えなかった。左腕を顔の前で縦に置き、右足で地面を蹴って一番近い生徒に接近。顔の前の左腕を引きながら右拳を叩き込む。バックブローの間合いにいる生徒を横殴りにする。時々バックブローに巻き込まれた数人が、間違ったように倒れていく。

 それを、繰り返した。みるみる倒されていき、すぐに二十人が吹き飛ばされた。

「燃えろ燃えろぉ!」

「ギャラクティカファントムー!」

「ドッカーン!!」

「ラガン、インパクトォォオ!」

 時折、フザけたように叫ぶ。しかし威力もフザけている。ガード越しでも体ごとズラされ、脳を揺らされている。交通事故にでもあったような吹き飛び方をして夏校生が倒れる。

 しかし徐々に、様子が変わってきた。

 最初に出した、振りかぶっての右では食らった相手は三回転したが、一回転もしなくなった。バックブローをもらった生徒は、ガードをした頑丈な者はふらつくものの一撃でリタイアしなくなっている。はじめのうちは、ガード越しでも一撃だったのに、だ。

 遅くなるにつれ、攻撃をもらうようになっていた。右の振り下ろしも遅くなり、避けられる。その隙に、横や後ろから攻撃を加えられる。

 やがて、ヒロの動きは止まった。

 しかし、夏校生たちも止まってしまった。彼らはそれまで、ヒロが攻撃している隙を狙って攻撃していたからだ。

「はぁぁあー、すぅぅぅうー、はぁぁあー、すぅぅー」

 声に出すように、止まったヒロは深呼吸し出す。回復を計っている。

「おい! 誰か攻めろよ」

 誰かが言う。

「い、いや、そう言うお前が行けよ!」

 ビビっていた。数人行けば、何人かは隙を突いて攻撃を当てられるだろう。ただ、はじめの数人は、最初に見せたジャブで打ち落とされる。

「ビビんなお前等! 一斉に行けぇ!」

 アカシが外から叫ぶ。内野は外野の勝手な意見に腹立ちもしたようだが、結局はそうする以外、ない。

 残った二十数名が、一斉に襲いかかる。




「思ったより、早かったね」

 五十人が倒れ伏す箱庭を見て、ハルが呟く。

「……すげぇな」

 アカシも、呆気に取られたように言う。残りの50人に、倒れた生徒を箱庭の外に運び出すよう指示する。

「おー、アカシ! さんきゅな!」

 五十人を倒したヒロは、ぐるぐると右腕を回しながら、何でもないように的外れのタイミングで礼を言う。学ランは少し汚れている。ダメージもないわけではない。

 しかし、後半はかすり傷程度しか負っていないはずだ。

(後半は、きれいな空手だったな)

 アカシは思う。襲ってきた一番近い生徒の攻撃を上段受け、中段受けでいなして一撃必倒の正拳突きを入れる。次に近い生徒の攻撃を受け、正拳突きを入れる。その繰り返しだった。

 決まった動きの反復だ。ヒロだけの動きを見れば、初歩の型でも映ったような映像になっただろう。基本動作だけだったため、体力の消費も少ないはずだ。

(基本のレベルが、異常に高ぇ)

 フザケた男だが、基本を何百時間やれば、あのレベルに到達するのかと、アカシは心の中だけで賞賛する。空手歴はアカシの方が長い。しかし、派手な変速技や高度な技に目を向け、そちらを楽しんだ時間も多い。あのレベルの基本の受けも突きも、アカシには出せないと思った。

 よそ見せずやってきた基本以外にも、特筆すべきことがあった。立ち位置の取り方だ。

 人は人を透けては攻撃できない。いることができる場所は限られる。倒したばかりの場所には、敵は3秒ほどいない。反転して背後を向けば、敵はいる。

 さらに、最小限の動きで移動し続けていた。受け即次の突きに移り、突き即次の受けに移っていた。

 味方が倒された動揺の隙に、その場所からヒロは移動している。アカシが知らないことだが、これはヒロが、キックボクシングで身につけたものだった。一撃必殺が本来の空手の性質である以上、コンビネーションの多彩さでは、キックボクシングに軍配が上がる。

 敵のコンビネーションに対処するには、三つだ。

 動体視力、先読み、そして、相手が予定している場所にいてやらないことだ。

 ワンツーの後に左ミドルを出しても、ブロックされたワンツーの後、相手が左にステップすれば左ミドルは威力を失い、隙だらけになる。

 打撃とは、繊細なモノなのだ。数センチずれれば、威力は全く違ってしまう。一回目と二回目にヒロと闘った時、痛感した。

 その時のヒロの突きは、アカシに受けられない速度ではなかった。

 一度目の戦い。振りかぶっての右をガードして蹴りを入れようと思った。受けた。ガードごと吹っ飛ばされ、失神した。

 二度目の戦い。体重をかけて全身の力を使って受けた。受けることには成功したが、受けた左腕はぴくりとも動かなくなった。棒立ちのアカシの顔面に、全く同じ振りかぶった右が突き刺さった。

 ――死んだ。

 そう思いながらくるくると後方へ回転しながら飛んでいき、壁に激突して理解した。

 ヒロは数センチずれれば、打撃がどうなるかを理解していると。そして、顔を殴る時は顔を、腕を殴る時は腕をヒットポイントとして明確に設定して殴っているのだと。

 打撃の効かせ方を知っている人間は、どうしたら効かないかも知っている。頭の悪そうな外見に反し、意外に考えている。

「じゃ、やるか?」

 準備運動だったとでも言いたげに、ヒロはアカシに言う。

「先に、お前の恋人にやらせろよ。お前は俺とやる前に、ちったぁ体力回復させろ。俺は本当は、万全のお前とやりたいんだ」

「……恋人? 俺とハルは、そんなんじゃねぇよ」

 アカシは挑発で言ったのだが、内心その答えに安心した。本当にデキてんじゃないのかと思うことが、何度かあったからだ。

「俺らは親友以上、恋人以上の関係なんだよ」

 ヒロは誇らしげに言う。アカシは嫌気が指して目を背けると『ときゅん』と胸から音を出しそうな顔をした、ハルがいた。

(頬を染めるな、頬を)

「ま、まぁいい。じゃあハルっての、行けよ」

 ハルは気持ちの悪い顔からふつうの笑顔に表情を戻し、髪をゴムで後ろに縛り、学ランのボタンを上から二つ外した。箱庭の中へ入って、言う。

「かかってきなよ」

 箱庭の中から笑顔で、五十人を迎え入れた。



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