目的地の入口 下
二人の男に共通すること――。それは、巨木の男は上半身に、滝の男は下半身に、今にも爆発しそうなほどのエネルギーを溜めていることだった。血は筋肉に力の素を運び、満たしてもなお運び、それを持て余した筋肉が、脳の命令を待たず今にも暴れ出しそうである。
それを示すように、巨木の男の背から、滝の男の太股から、蒸気が上がっていた。
その様子と緊張に、一馬は思わず息を飲んだ。少女は、前を見ながらも祈るように手を組み、震えた。
巨木の男――ヒロがふいに笑い、問う。
「準備はいいか? ハル」
滝の男はそれに応え、
「いつでもいいよ、ヒロ」
と微笑んだ。
憎悪などない、嫌悪さえない。尊敬と友情は余りある。それでも二人は今日、互いに互いを倒すと決めていた。ヒロが全力で殴れば、頭蓋骨が陥没するかもしれない。ハルが全力で蹴れば、へし折った肋骨が内臓を突き刺すかもしれない。
それでも二人は今日、全力で相手を殴ると、蹴ると決めていた。
「知り知らしめるため」
耐えかねたかのように、立会人の一馬が言った。屋上に、緊張が満ちる。
「示せぃ!!」
二人は声と同時に、その場で構えた。
ヒロは、左足を半歩前に出し、両手を肩の前に上げる前羽の構え。
ハルは、両手を顔の前に持ち上げ、三の重心をかけた右足を前に出して少しだけ上下させてリズムを刻む、サウスポーのキックボクシングスタイルだ。
ヒロは、左足を足のサイズだけ前に出して右足に後を追わせた。
(これまで燃えてきたのは、今日のためでもある)
ハルは、リズムを取る際に右足を前に出して重心を移動し、左足の位置を前に出す。
(今日強くあるために、これまで食ってきたんだ)
二人とも、徐々に、徐々に前進して、間合いを詰めていく。重心の動きは少ない。そのわずかの動きも、すぐに攻撃へと利用できるものだった。
例えば、ハルが右足の重心を三から五に移した瞬間にヒロが突っ込んだなら、ハルは重心の移動を利用して左の前蹴りを入れただろう。
一馬の頬を、緊張の汗が流れる。その汗が顎から滴り、屋上のコンクリートにシミをつくった瞬間、二人が蹴りの間合いに入った。
「「ふシッ」」
ヒロの左足が真っ直ぐに跳ね上がる。膝が腰の高さまで上がった瞬間に、折り畳まれた脚が伸びて前蹴りがハルの腹部に突き刺さる――かに思えたが、踏み込んだハルの右手が膝の下を叩き、伸びる力を奪う。ハルの右手は拳へ形を変えてそのままヒロの顎を突いたが、体を捻ったヒロの左肩が阻んだ。ドッという音が二つ重なる。パワーが大きすぎるため、音と衝撃は牽制のそれではない。
二人の体に、緊張が走り――、どちらからともなく叫ぶ。
「「行くぜぇ! ダチ公ォ!!」」
ヒロは左肩を前に出した捻りの反動で、巨大な右拳を振るう。
ハルは右手が右側に流された力をそのまま体に伝え、左から必殺の左ミドルを放つ。
――ついに今、ヒロとハルの約束の戦いが始まった。