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右の拳と左ミドル 【筋トレとバトルの小説】  作者: 松明ノ音
第一話 始める春の初め
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始業式っス!



 始業式は、生徒会長の挨拶もあるようだった。長髪の、ハルやマナブよりもさらに髪の長い生徒が壇上に登る。十人に聞いたら十二人がイケメン、と言うだろう。増えた二人は、聞いてもいないのに答えてくるという意味で。

 切れ長の目で全体を見回し、おもむろに口を開く。

「おはようございます。生徒会長の龍造寺孝です」

 マイク越しの声に、しっかりとした、という印象を持った。龍造寺会長は、穏やかに名乗る。締まっているという印象で、学長やヒロハルほど、厚く太い身体ではなかった。朝から濃すぎるメンツに続き様に出会ったユウダイは、安心したような気分だった。

「私よりも、生徒会の他のみんなの方を新入生は知ってるかもしれないね。ちょうどいいから出てきてもらおう」

 五人の短髪の男たちが出てきた。制服を着た、龍造寺四天王だった。

「副会長ナリマツ!」

「風紀委員長ヒャクタケ!」

「会計キノシタ!」

「書記エリグチ!」

「庶務エンジョウジ!」

「「我ら五人揃って!」」

「「「生徒会役員! 龍造寺四天王!!」」」

 龍造寺四天王は、生徒会役員だったらしい。

「役員が率先して、服を脱いでどうする」

 そう言って生徒会長は五人を一人ずつ殴り、帰れと言って帰らせた。穏やかでしっかりした先輩という印象だったが、罰では暴力も振るうらしい。

 それでいいのかと思ったが、そのギャップなのか、体育館内には笑いが起こった。教師陣も黙認している。

「さて、入学式、というか朝の挨拶から学長の筋力についてのメッセージが続いたので、私は特に新入生に向けて、武についてメッセージを送ります。二、三年生にはすでに言ったことがありますが、再確認として聞いてください」

 ユウダイは、不安の一つであったことの話が始まることに緊張し、唾を飲んだ。

「我が校の生徒は、体がデカい人が多いです。学長の指導の賜物で、みんなが筋トレに力を入れていますし、トレーニング量が突き抜けている生徒も少なくありません」

 その言葉にユウダイは、ヒロハルの二人を思い浮かべた。龍造寺四天王もバランスを保ちつつ、好きな部位を鍛えているようだった。

「結果、春校生は強いと思われています。結論を俗っぽく言うと、春校生に勝てば箔がつく、と思われているのです」

 新入生の席には、緊張が走る。それは水を打ったような沈黙で現れた。

「去年から全国の高校で始まった制度『比武』については、皆さんご存知でしょう。サポーターは明日新入生に配られるということですが、サポーターを付けずに比武を行うことは、禁止されています。ですので新入生の皆さんは、希望があっても明日まで不可能です」

 新入生から、安堵の息が漏れる。ユウダイは、自分と同じで不安な生徒が多いのだと思い、それにも安心した。

 隣のマナブは、状況がよくわかっていないようだ。もしかして、比武のことさえ初めて聞くのかもしれない。

 政府が膨大な研究資金を出して開発した『サポーター』は、不思議素材で出来た衝撃吸収材だ。打撃の衝撃を受けても、決して骨折しないが、筋肉と皮下脂肪にはダメージが残る。内蔵や骨に衝撃がぶつかった瞬間、ダメージを周辺の筋肉と脂肪だけに分散するという、夢の素材だった。

 最近、自動車のエアバッグにも応用され、効果を上げているらしい。筋肉と皮下脂肪にはダメージがあるため、痛みは大きいが、命やその後の人生に関わるような重大事故は、ずいぶんと減った。

 会長は続ける。

「我々春校が推奨しているのは、あくまで筋トレです。学長も比武については熱を入れておりませんし、空手部部長である私も、双方が望んでいない組手は好きではありません」

 ただし、と言って続ける。

「制度上、避けられません。サポーターをせずに比武を行うことは禁止されていますが、サポーターを装着せずに出歩くこともまた、禁止されています。一日に一度は、同じクラスか下のクラスから挑戦されれば、受けなければいけません」

 会長は息を一つ吐いて、新入生に顔を向けて言葉を続けた。真正面から見れば、整った顔の目は意志が強そうだった。

「そして私は生徒会長として、我が校の生徒には、負けることを許しません」

 新入生は、ざわついた。多くの生徒は格闘技経験など、ない。負けることもあるのは、仕方ないだろう。許さないとは、どういうことなのか。そんな、ざわめきだった。

「ここでいう『負け』とは、比武の負けを指しません。心の負けを指します。みんなに、みんなを負かした相手に負けて高校生活を終えることを許さないと言っているのです」

 穏やかではあるが、声は力強い。もちろん学長ほどではないが、身体に熱が籠っている。遠くからでも、気圧されるような圧力を感じる。空手部と言っていたが、空手のための筋肉、空手のための身体なのだろう。

「比武で勝てなくともよいです。筋肉か、勉強か、受験か、スポーツか、文芸か、料理か、恋愛でもいい。何でもいいです。卒業までに、相手に必ず勝ってください。人間も動物です。腕力の勝敗は、生命に関わるものですから、自分が存在として相手に負けたと思ってしまうことも有り得ます」

 そう言って、穏やかに笑った。

 別に、話が上手いわけではなかった。それでもユウダイは、この人は本当にオレより二つしか歳が違わないのか。そう感じ始めた。大勢の生徒の前で、しっかりと自分の思っていることを伝える。それすら、自分にはできないと思った。

 そしてその考えは、強く優しい。中学では柔道部の荒い性格の人間しか知らず、本当に強い武道経験者とはこうなのか、と新鮮な驚きだった。

「しかし、私たちは社会に生きる人間です。得意でも好きでもないもので負けたからといって、死にはしません。自信を失いすぎる必要もないのです。ただ、相手に『この部分では勝った』と自信を持って言える何かを、身につけてください」

 会長は一礼して、壇から離れた。が、一度戻ってマイクを握り、

「言い忘れていましたけど、勉強もちゃんとしましょうね」

と言い残して笑いを誘った後、今度こそ壇上から降りた。

 ユウダイは、何か、固いしっかりしたものを見た気がした。いくら押しても決して動かないような責任感を、歩く姿に感じた。




     ○




 式がすべて終わり、教室への廊下をクラス単位で歩いている。

「何か朝から、すごい人ばっかりっスね」

 ユウダイが言うと、マナブは頷いた。

「……ボク、知らなかったよ。筋トレのこともだけど、比武なんてものがあるなんて」

 ユウダイは、頭が良いのに世間の動きを全く知らない友人を不思議に思った。聞いてみると、

「うーん。ここ一年、受験のことしか考えてなかったから」

という答えが返ってきた。ユウダイにとっても受験という、生まれて初めて合格と不合格に結果が分かれるものの体験は、緊張感のあるものだった。泣いて喚こうとも、不合格ならば行けないのだ。

 確かにユウダイから見ても、マナブは集中している時、他のことが目に入っていないように見えた。

 優等生のマナブにとって、『不合格』とされ希望の高校に行けないという事態は、受け入れ難かったのだろう。改めて考えれば、十五歳には重い制度だとも思う。

「しっかし、一年間も緊張して勉強してられんのも、大したもんだと思うっスけど」

 ユウダイが言うと、マナブは誤魔化すように笑う。

「ボクは、自信がないだけだよ」

 しかし、少し上を向いてこう続けた。

「でも、学長先生が言ってたみたいに、筋トレで自信がつくなら、ちょっとやってみたいかな」

「おう! やってみようっス! ヒロハル先輩が教えてくれるんなら、絶対うまくいくっスよ!」

 ユウダイは嬉しくなって、笑った。

 それから、マナブが比武について聞いてきたので、ユウダイは詳しくないなりに、筋肉民主党が新しく始めた制度であることや、決して骨折や内蔵損傷などの大怪我にならないサポーターの開発について、説明した。

「えぇ! 殴り合いなんてできないよ!」

 比武の説明を聞くと、マナブは色をなして狼狽えた。サポーターで怪我の可能性が極めて少ないとはいえ、今まで殴ったことも殴られたこともないマナブには、恐怖でしかなかったろう。

「オレも不安なんスよ。オレだって、殴り合いなんてしたことないんスから。一応、弱いヤツ倒しても序列は変わらないらしいから、狙われることはないと思うっスけど……」

 国が決めたことなのだから、仕方はない。比武のルールに違反しての暴力は、通常どおり傷害罪として処理されるそうだ。これも、筋肉民主党の政策だった。超安全サポーターの開発も、国を挙げてのものだったらしい。

「まぁ、一発殴られれば降参することもできるみたいスから、最悪そうして生き延びるっスよ」

「……気が狂った政策だね。反対とか出なかったの?」

「マナブは本当にニュース知らないんスね。一年間寝てたのかと思うっスよ。反対はもちろんあったっスけど、八割の議席を持つ与党が強硬採決したっスよ。支持率は落ちたっスけど、これまで筋トレの政策で高まり過ぎたから、政権交代までは言われてないっス」

 こういうことを話せるようになったのも、マナブが社会科目を教えてくれたからだった。本人が勉強に集中し過ぎて、逆に自分が教える立場になったことが、ユウダイは可笑しく思った。

「まぁ怪我しないためにも、筋トレで体鍛えるっスよ!」

 話している間に教室に着いたため、話は打ち切りになった。



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