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六、ひらり舞う空の下で。

「何故泣く」

「貴方は化け物ではないのに、何故化け物扱いされなければならないのでしょう。悲しい話です。でもおかしいですね。懐かしい話にも感じてしまいまして」

「そうか。藤市も知らないから、この出来事は恐らく里の最大の汚点とみなされた、あるいは語り継がれるべきではないと判断されたのかもしれないな」


 藤市から教えてもらった里の言い伝えの一つである、枯れ木の森に立ち入れば魂を奪われる、というのは此処からきているのかもしれないとみずきは思った。


「母さんはしてはいけないことをしたから不死じゃなくなったのに。俺は母さんと同じことをしたというのに。多分母さんとは違い、半分人間だからだろうな。おかげでもう何百年も生きている」


 はは、と永が笑いながらそう言うと。藤市との出会いは正直根っこから嫌ではなかったと続けた。

誰も入らなくなった枯れ木の森に事件後初めてやってきた人間。自分のせいで死んでしまうのではないかという不安はあったし、出ていってほしいという思いもあった。しかしそれでも人が来たことは少なからず嬉しかったようだ。


「あいつが雪の生まれ変わりなのかとも思ってしまったよ。でも違うとすぐ分かった」

「それはどうして」

「雪はあそこまで方向音痴ではない。けれど俺はあいつに結構感謝している。悩んでいることも忘れてしまいそうなくらいに楽しい時間を過ごさせてくれたからな」

「そうですね。藤市さんは阿呆者ですからね」


 みずきの声色が若干ではあるが怒りをにじませていることを永は察した。思えば先程、そのつもりはなかったとはいえ悪口を言ってしまって怒っていたではないか、と。

 だがみずきは怒ろうともせず、永にとあるお願いをして見せた。


「舞って下さい」

「だがそれは」

「本当に私に申し訳ないと思っているならば、本当に藤市さんに感謝をしているならば、舞って当然です。雪さんもきっとそれを望んでいる筈です。雪さんだけではありません。

他の亡くなられた、貴方のご家族も」


 何百年も踊っていない永は舞う事を躊躇った。それがみずきの望みであっても。


「腐らずにいるのは永さんの力のせいにしても。ずっと枯れ木のままでは木も可哀想です。それとも」

「何だよ」

「そう簡単には何百年もの穴は埋まりませんか。それとも藤市さんがいないことが気がかりですか」


 それならば藤市が来てからにしましょうか、と提案してみると永はそれをひどく拒んだ。藤市の前で見せることの方がまるで気恥ずかしいようだ。少しの沈黙の後で永は意を決したかのように、頭を掻きながら言う。


「これはお前達の為の結婚祝いではない。この森の為だ。下手でも笑うなよ」

「はい。勿論です」


 優しくみずきが微笑めば、永は立ち上がり、青空を見上げてから持っていた扇子を広げ、永は踊り出した。くるりと回り、ふわりと舞う着物。その姿はまるで地に降りた天女のようだった。その妖艶で艶やかな舞は、みずきの心を鷲掴みにする。そうして目を離さずに、じっと永だけを見つめていた。

 永が踊り終えたその瞬間、木々には蕾が付き、幾つかの蕾はすぐに開花を始めた。何百年ぶりかの生まれ変わった真新しい桜である。その桜をみずきはまた泣きながら眺めていた。


「本当、よく泣くな」

「感動して泣かないなんて、勿体ないですから。ま(・)た(・)見ることが出来て私は幸せ者です。美しい舞いと、美しい桜を有難うございます」


 みずきの言葉に違和感を覚えた永が問い糺そうとした丁度その時であった。


「おぉい」


 遠くから聞こえる声のする方を見れば、そこに人がいると言う事がかろうじて分かった。この森にさまよう人間はただ一人。藤市である。みずきは涙を拭い、藤市に此処にいる事を出来る限りの大きな声で伝えれば程なくして、藤市は二人に合流した。


「やっぱり此処にいたんだね。でも何故みずきも此処に」

「途中でお会いしたのです。貴方のご友人である事を知り、私達が夫婦になる事もお伝えしました」

「そうか、みずきはやる事が早いな。そう言う訳だから、永。この人が僕の奥さんだよ」


 永は分かっているとまるで言いたげに、溜息を大きく吐いた。


「その嫁になる女を放って迷子になるとは。幸先不安だな」

「変なことを言わないでくれよ。それにしても。嬉しいな。その服着てくれたのか」

「驚くような報告をすると言っていたから、こちらも驚かそうと着てやっただけだ。驚かせられるだけなのは嫌だからな」


 藤市は永が服を着てくれたことに感激をして見せ、その時漸く辺りが桃色になっている事に気付いた。


「すごいな。この大木、桜が咲いたらどうなるのだろうと思っていたけれど。こんな風に咲くならば毎年お花見がしたくなる」

「「え」」


 周囲の木々に気を取られ、永とみずきはすぐに大木がどうなったか目を向けていなかった。振り向けば、そこには薄桃色に染まった満開の桜の姿。花弁が舞い、まるで踊っているかのよう。数日もすれば地面は桜で埋め尽くされるであろう。


「それにしても永、やっと花を咲かせる気になったんだね。みずきのおかげで乗り越えられるような出来事があったということかな。僕に出来なかったのが悔しいけれど」

「五月蝿い。確かにこの女が切欠ではあるが、それはやれというからだな」

「あら、私のせいにするのですか」


 みずきと親しげに話す永に藤市は本当に心変りしたのかと不安に煽られた。更には普段は素直じゃない永が少し素直になったように感じ、みずきにそれらを冗談ではなく本気で尋ねた。


「藤市さんも本当に失礼なお方ですね。変わっていませんよ。少し素直になった気がするのは気のせいではないですか」


 心変わりについてやんわりと否定し、普段の藤市の前での永がどのような姿なのかが分からないみずきは、更にそれも否定した。


「何を話しているか分からないが、みずき。藤市にすることがあったのではないのか」

「ああ、そうでした」

「なんだい」


 みずきは永に言われて思い出す。持っていた根付を返さなければならないことを。慌てて懐から取り出し、藤市に差し出した。


「ああ、それか。もうみずきのものでも良いかな、って思ったんだけど」

「みずきに渡したせいで迷子になった奴が何を言う。それはお前のものだ」


 あげた当人である永に言われるがまま、藤市はみずきから根付を受け取った。かと、思えば。


「みずき、手を出せ」

「え」

「良いから」


 この永の発言で、藤市は彼が何をしようとしているのか分かった。みずきにも自分にしてくれたことと同じことをしようとしているのだ、と。その予想は的中した。みずきの手のひらには藤市とお揃いの根付があった。一つだけ違うところを挙げるならば紐の色が赤いというところである。


「やはり素敵ですね、これ」

「これを渡したということは、みずきも此処へ来て良いと言うことだね」

「藤市が来ることが出来て、嫁が来ることが出来ないというのは不自然だからな。仕方なく」


 それもそうか、と藤市は笑った。



 幾らか談笑した後、二人と永の別れの時間が訪れた。藤市は時間がかかってでもこの森が良い場所だと訴えることを告げると、永はそれを拒んだ。長らく静かに過ごせていたのに、急にうるさくなるのは嫌だからである。


「それは寂しいな。でも君がそういうなら。徐々になら良いよね」

「すぐに言い伝えが覆るとも思えないし、来年以降も咲かせるとは言っていないが」

「え。もう咲かせないのかい。勿体ない」


 あくまでみずきがやれと言ったからだ、と永は再び言う。しかしみずきは咎めなかった。来年以降も咲かすだろうと思ったからだろう。


「また今度。道に迷わないように遊びに行く事も」

「来るなと言っても来るだろうから、来るなとは言わない。みずきも一緒に来い。その為の根付だし、藤市をおもりしてもらわないと」

「僕は赤ん坊なんかじゃない。さ、みずき行くよ」


 やや怒った様子で、藤市はみずきの手を引いて、里へと歩みを進め出す。みずきは一度永の方を振り向いて、最後にぽろりと呟いた。






「やっぱり、貴方の舞いは何時見ても美しいね。永。また会えて、話せて良かった」






 永の中で時は止まった。ああ、あの時泣いてしまったのも。みずきがまた見ることが出来たと言ったのも。ひっかかっていた物が全て解けていく。

 その時のみずきの微笑と、自身が愛した雪の笑顔が被って見えたのが何よりの証拠。藤市はある意味桜を咲かせる切欠を作ったと言えよう。

 そうして最愛の人の生まれ変わりだと確信した彼は思わず口にするのである。


「見付けた」


 以降、永は二人の幸せを願い、桜を絶やさなくなったと言う。それに応じるかのように、藤市とみずきもまたその日々を幸せに過ごす。

 今日もまた穏やかな風が吹く中、桜が舞い散る。



完結。ありがとうございました。

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