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二、絶対に果たされない約束

 二ヶ月後。間もなく初雪の時期を迎える頃。辺りは永の住まう枯れ木の森と大差がなくなりだしていた。

 藤市の怪我も大分良くなったこの日、藤市は里へ帰る為に永と並んで歩いていた。途中までは送り届けてくれるようだ。帰る事が出来る喜ばしい半面で永と別れることに寂しさを感じていた。


「やはり見立てには間違いなかったか」

「おかげさまで。本格的に雪が降る前で良かったよ」


 もしかしたら、季節を考えれば余計に帰り辛くなることを計算して、あのような提案をしたのだろうか。最初の内はそんな考えが頭をよぎった藤市だったが。


「冬は食料が採りにくいからな。これ以上食料の減りが早くなるのはもう困る」


 この二ヶ月間で分かったこと。それは永が言った通り、本当に自分の得でしか行動をしていないということである。最初は半信半疑だったが、時間が経つにつれて徐々にそれを実感していく藤市。だからこのようなことを言われても、特に傷つくこともなくなっていた。


「相変わらず、最後まで言葉が悪いなあ」


 堅苦しいことが嫌いな永からの要望であり、藤市も永に興味があったからか少しずつ距離を縮めるように敬語とさん付けを取り払っていった。その結果、気軽に話しかけられる仲となる。


「ないとは思うが俺のことは誰にも言うなよ」

「分かっているよ。里の人達も分かってもらえるとは思うけど、君がそういうなら」

「それから、もう二度と此処には来るなよ」

「何故」


 藤市はその点だけがどうしても解せずにいた。何度聞いても答えは同じ。


「なんでもだ。俺は本来、里の人間とは関わってはいけない存在なんだよ」


 である。この二ヶ月の間で、藤市は永の事を知りたくて何度か質問を試みたが、永は適当にはぐらかし質問の一切に答えなかった。それだけは今もずっと続いている。


「ならば何故長老は助けたの。里付近まで送り届けたと言うじゃないか。ということはつまり、行こうと思えば里へ立ち入ることが出来る。関わりたくないはずの君が、どうしてそれを」

「丁度野草を摘みに行ったら、此処に入ろうとしていたからだ。子供でも踏み入られるのは嫌だからな、と。此処まで来ればあとは一人でも帰れるだろう。このまま、まっすぐ進むんだ」


 気付けばそこは里の近く。本来であれば枯れ木の森の出口までの案内だったが、藤市が再び迷子になる事を危惧した為、里付近まで来たのであった。


「ありがとう。永。また落ち着いたら遊びに来るから」

「だから来るなと言っている」


 永の呆れの一言に聞く耳を持たず、藤市は里の方向へ走り去って行った。その背中を見届けながら永はぼそり、と呟く。


「俺と長く共にいると、命を落とすぞ」


と。



 里に帰った藤市に対し、里の住人の反応は大きく分けて三つであった。一つは帰ってきたことに対する感激。一つはすぐに戻らなかった叱責、一つは幽霊ではないかと言う疑いである。

 一番気がかりであった兄も藤市の失踪三日後に病が癒えたとのこと。藤市を探す為に治すことに必死だったと、あとから母から聞いて分かった。

 この二ヶ月の間に何が起きていたのか、と聞く者も多かったが、永の存在を口にすることはなかった。むしろ出来なかったことから、どう言おうか苦労したほどである。

 誰かが冗談で、


「枯れ木の森に立ち入って、森の主に追いかけられていたんじゃないのか」


 と言った時には肝が冷え、言い伝えを理由にそれをかわしたこともあった。こうして暫くの間は藤市の周囲は彼を放っておかずにいた。



 藤市が会いに行こうと再び枯れ木の森へ出向いたのは春になってから。再び失踪するのではないかと、周囲に止められたものの。今度は大丈夫だからとそれを押し切ってやってきた。悟られないようにお礼の包みを持って。

 がむしゃらに進んでいけば難なく目的地に辿り着くことが出来た。辺りは木々が生い茂り、桜も花を開いている。なのに、そこだけが穴が開いたかのよう。

 あとは永を見つけ出すだけ。まず藤市はあの小屋へと向かってみることにした。ある程度ではあるものの、場所は把握していたのだ。


「いない、か」


 少し前まではそこに永がいたと思わしき痕跡はあった。恐らく藤市が来ることを察してすぐにどこかへ消えたのだろう。

 再び探しだした藤市。しかしそう簡単に永は見つけられなかった。半分とはいえ、人間ではない血を引いているからなのだろうか。そんなことを考えながらも。

ふらりと歩くこと三十分ほど。大きく開けている場所があった。その場所を象徴するかのようにどの枯れ木よりも太くたくましい枯れた大木が一本、そこにたたずんでいる。樹齢千年は既に超えているだろう。その傍らには湖があった。底まで見える程に透き通り、太陽光が当たり揺れる波を光輝かせている。


「「あ」」


 こんな場所があったのか、と思ったのと同時に。その高い位置にある枝に永が幹を背もたれに座っているのを、藤市は見つけた。


「来るなと言ったのが分からなかったのか」


 永は藤市を見下ろしながら、言葉を吐き捨てた。しかし藤市はそれに動じることなく、永を見つけられたことに感激し、挨拶をする。


「久しぶり。こんな場所があったのは知らなかったよ。隠していたのかい」

「別に隠してはいない。ほら、さっさと帰れ。それともまた迷子なのか」

「君に会いに来たから迷子じゃない、と言いたいところだけど。夢中になってここまで来てしまったから。帰り道が分からなくなってしまったよ」


 屈託のない笑みを浮かべる藤市とは正反対に、仏頂面の永。すっと立ち上がり、藤市の方めがけて飛び降りた。

 落下すれば大怪我は免れない高さ。思わず藤市は目を覆ってしまった。鈍い音も聞こえず、恐る恐る目を開けてみれば、傷一つなく、こちらを怪訝そうに見つめる永の姿が。


「驚かさないでくれないか」

「人間じゃないって何度も言っただろう。これくらい大したことはない」

「でも半分は人間だ」

「で。また命を無駄にしに来たのか」

「まさか」


 藤市はそういうと、持っていた包みを開く。すると洋装の衣類一式が姿を見せた。


「これは何だ。お前の格好と似た衣類がどうかしたのか」

「お礼に。いつもその藍色の着物一着を無造作に着続けるのも悪くはないと思う。でもたまには御洒落もどうかな、って」

「余計な御世話だな。俺は着ないからな」


 そう言いながらも仕方なく永は受け取った。ここで受け取らなければ藤市が居座る時間が長くなるだけだからである。


「本当は履物も持ってくるつもりだったけれど」

「履物なんていい。素足か草履で十分だ。用が済んだのならば、道を教えるからさっさと」

「帰らないよ。お礼はこれだけではないから。聞こうか聞かないか迷っていたけれど、やっぱり永がここの主なら尚更知る必要があると思って。聞きたいことがあるんだ」


 この言葉に永は藤市が次に何を聞くのかが想像がついた。そして次の藤市の言葉を聞いて、やはりそうだったのかと確信する。


「何故この場所に桜は咲かないの。桜だけじゃない。この一帯にある全ての木々も。何故芽吹かない」

「知ってどうする。知ったところでお前がこの領域の木々に奇跡を起こすのか。そうじゃないだろう」

「僕に出来るのであれば何だってしてみせるつもりだよ。君だって困るだろうし」


 別に永自身はこの一帯が枯れ木でも不自由はしていないし、藤市にはそれが出来ないことも分かりきっていた。


「お前は半分人間じゃない俺が、此処の主であるということがどういうことか分かるか。この領域をどうするかは俺次第ということだ」

「え」


 藤市は人間よりも長寿で頑丈なだけで、何かしらの力を持っているとまでは思っていなかったからか、


「ああ、そうか。そのような事も出来るのか」


 と、少し考えてから驚きを見せた。永が人間ではないことや、此処の主であること以外、何も知らなかった。何故かこの時まで根拠もなく野生動物の血を引いていると思い込んでいたが、実際のところ何の血を半分引いているかすらも。だから藤市は改めて永にそれを尋ねた。


「今更かもしれないけれど、君の半分の血は一体」

「俺の母はこの森を護る守護者、異の者だ。人間の父親との間に生まれたのが俺」


 永は続けて言う。元はその母親が此処を守っていて、母親の跡を継いだ永が此処を守っているのだと。


「永の意思でもどうにでもならないということは、お母さんのせいなのかい」

「何を言っているんだ。どこをどう取ればそういう話になる。母親は関係ない」

「失礼かもしれないけれど、お母さんが呪いをかけたから永でも太刀打ち出来ないのかなと思っただけだよ。永がどうにでも出来るなら、尚更。それに力は失っていないような口ぶりだし。でも違うなら何故」

「答える理由はない。お前に関係のないことだ。これ以上首を挟むと本当に命を」


 苛立ちを隠せずにいる永は黙れと言わんばかりに藤市を脅そうとしてみせるも、


「奪うなんて出来ないよ。だって永は自分の利益にならないことは一切しない。僕を殺めたところで。黙らせることは出来ても、それからが厄介になる。だから永には僕を殺せない」

 と、綺麗にかわされた。その表情に怯える様子もなく、むしろ穏やかに笑っているようにも見える。

「はぁ、やる気が失せた。藤市、お前はこの時代に生まれて良かったな。昔ならばお前は俺に殺されていた」

「え。まあ、良いか。でもこの一帯が枯れ木なのは君に何かあったから、ということは分かったよ。何となくだけど」


 その一言に永は藤市には少し敵わないかもしれないと感じたのか、


「お前は鋭いな。呆れるくらいに。まあそんなところだ。ああ。そうさ、些細な(いさか)いがあっただけだ」


 と、頑なに理由を言わなかった先程とはうって変わってあっさりとそれを認めた。だが藤市の表情に自身の予想が当たっていた喜びや驚きはなく、何故か難しそうな顔をしていた。


「どうした」

「そんな話聞いたことないな、って。誰も知らないなら里とは無関係な出来事なのかとか。でも永が半人間だから無関係ではないだろうし、そう考えていたら頭が混乱しそうだよ」

「里には語り継がれていないのだろうな。否、語り継がれているか。そうか、なかったことにされているんだな」

「永、どうしたの」


 少し様子のおかしな永を不安そうに見つめる藤市に、自身の世界に入ってしまっていた永は我に返った。


「何でもなさそうなら良いけれど。君の問題なら、確かに僕にはどうこう出来そうにないかもしれないな」


 ようやく分かってくれたのか、と胸を撫で下ろそうとした永であった。が。


「でも。何があったかは知らないけれど、奇跡的にそれを超えられるような事が僕に出来たら、この場所に桜を咲かせてくれるかい」


 突拍子もない藤市の提案。永はあからさまに拒絶をすると言わんばかりの、苦い表情を浮かべるも。藤市はそんなことにはお構いなく話を先へと進めた。


「決まりだね。それがお礼になるのか、と考えたらこれは僕の自分勝手な我儘であって、そうじゃなくなってしまうけれど。必ず他のお礼はするから」

「さっき出来ないと言ったばかりで、言っていることが矛盾している事に気付かないのか。無茶苦茶だ。別に望んでいないし、そんなことをされても」

「永が負の感情を抱えているならば。この場所をその感情だけで満たさないでほしいんだ」

「なっ」


 半ば強引に取り付けられた約束に対し、藤市は真剣な眼差しであった。心なしか言葉にもどこか力強さが感じられる。


「勝手にすればいい。どうせ無理だから」

「そうさせてもらうよ。それじゃあ、君のお望み通り今日はこれで帰ろうかな。調べたいことも出来たからね。それで、どうやって帰れば良い」


 永の投げやりな態度を見て、普段通りに笑みを浮かべる藤市。そういえばまた迷子になっていたのだということをその言葉で永は思い出した。


「送り届ける前に、だ」

「なんだい」

「手を出せ」


 永は持っていた扇子で藤市の手のひらを軽く叩いてみせれば。


「すごいな。永が力を使うの、初めて見たよ」


 そこには桜柄の勾玉と鈴で出来た青い紐の根付があった。しかしこれは一体何なのか、藤市には分からなかった。


「来るなと言っても来るのだろう。そして迷子になるのは目に見えている。ここでまた迷った際にだけその鈴を鳴らせ。分かったか」


 この気遣いに、少し驚きつつも喜ぶ藤市。永は頭を掻きながら、更に一言藤市に忠告をした。


「頻繁には来るな。来たら俺が面倒だ」

「僕もそこまで図々しくはないさ。それくらいは守るよ。でも鈴は分かるけれど何故勾玉まで」


 迷子防止だけならば、鈴のみでも良い筈と思ったのだろう。すると永は答える。


「厄除けだ。役に立たないけれど、ないよりは良い」


 と。心なしか少し悲しげな顔にも見えたが、聞いても答えてはくれなさそうなので藤市は更に深入りすることはやめた。


「それを忘れて迷子になるようであれば。この場所に来い。いくらお前でもそれくらいは分かるだろう。分かったなら、ほら。行くぞ」


 こうして二人の付き合いが本格的に始まった。

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