02
クラレンスは優しくヴァレアの腰に腕を回すと『さあ、帰ろうか』と促した。
驚いたヴァレアは少年とクラレンスを交互に何度も見る。
「え、え、あ、・・・あの子は?」
「大丈夫、すぐに魔物に食べられて消えてくれるよ」
爽やかすぎる笑顔でそう言われて、顔が青くなった。
クラレンスの腕の中からすり抜け、少年のもとへ駆けるとヴァレアは抱き上げようとした。
子どもといってもヴァレアよりも少し大きい、しかも意識のない子を抱き上げられるはずもなく困ってしまう。
ちらりとクラレンスの方を確かめるが手伝う気がないのか明後日の方を見ている。
今日、何度目かの溜め息を吐くとヴァレアは少年の襟首を握って引き摺った。
持ち上げられなくともこうすれば何とか移動できる。
その様子にクラレンスは呆れた様に息を吐いた。
「姫さんは相変わらず甘いんだから・・・でも、そのまま屋敷に引き摺っていったら着く頃にはボロボロになってるよね」
仕方がないなぁと頭を掻いてクラレンスは自分とヴァレア、そして不本意ながらに意識のない少年も一緒に屋敷へと空間移動させた。
※
少年が意識を取り戻したのは翌日、ヴァレアの誕生日の夕方頃だった。
ゆっくりと瞼を開けるとそこにはこの世の者とは思えないほどの綺麗な少女が自分を覗き込んでいて、だからなのかぼんやりとこう呟いた。
「ここは天国?」
「いいえ、違うわ」
ヴァレアがクスッと笑うと少年も笑みを浮かべた。
「だって天使がいる」
少年がヴァレアに触れようと腕を伸ばすとベチンッと叩き落とされた。
「クラレンス!!」
少年の視界の中に入ってなかった、ヴァレアの背後に立つクラレンスが少年を睨んでいる。
勿論、少年の腕を叩いたのも彼である。
「起き上がれるか?起き上がれるよな?!さぁ、お帰りはあちらです」
「クラレンス!!」
捲し立てるクラレンスに再びヴァレアは叱るように名前を呼んだ。
不機嫌を隠しもせず、ヴァレアを後ろから抱き締めて少年から3歩ほど遠ざかる。
もう、これはどうしようもないと諦めてヴァレアはそこから少年に問いかけた。
「ここはキッパール王国よ。君は浜辺に打ち上げられて意識を失っていたのだけど・・・何があったか覚えてる?」
上体を起こした少年は途端、眉間に皺を寄せ黙り込んだ。
彼のかわりにヴァレアとクラレンスの背後から声がかかる。
「空間移動してきたんだろ」
クラレンスを押し退けそちらを見ると黄金色の髪の男性が立っていた。
「お父様」
ヴァレアが駆け寄って手を伸ばすとひょいっと抱き上げて瑠璃色の瞳を細くして微笑む。
「これ、魔力持ちなのか?」
クラレンスが少年を顎で指すとライアンクローズは少年へと近付いた。
少年はというと落ち着きなく視線を彷徨わせている。
「私はライアンクローズ、この国の王だ」
そう言われて、少年はキャラメル色の瞳が零れ落ちそうになるほど見開いた。
「・・・おう、さま」
「悪いようにはしないから、正直に話してもらえないか」
ヴァレアをそっと腕から降ろすとライアンクローズは少年に微笑んだ。