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ごーごごー、ごーちゃんでGo!  作者: 天魔波旬
高山テキスタイル株式会社編
21/30

歓迎会(前編)

 「この仕事は来週に回しましょう。月曜の朝の分の仕事がなくなりますわ」

 終業三十分前に発せられる豪のセリフは、決まって仕事の持ち越し宣言から始まる。

 韓国のPTから送られたファイルはダウンロード後、一旦共有フォルダに保管されて手の空いた者が順次自分のパソコンに移動して検修作業に入る。送られてくるファイルはジョイント口の処理まで行われた完成ファイルよりも、進行状況の手順や描き具合確認の意味も込めたサンプルファイルが多くあった。これは言語相違だけでなく、また言葉では形容し難い描写の捉え方の相違を確認するためである。そのため、国内の外注トレーサーも同じく途中経過のサンプルを送ることは作業の一環でもあった。完成ファイルと言えど同様に、勘違いや作業工程上での手違い、度忘れなどによる大掛かりな修正を要するものも多かった。

 検修作業は、まずは全体の構図やサイズ、色数に合わせて重なり順などに目を通す。特に色の重ねる順番を間違えると、薄色の柄の上に濃い色が重なることで柄落ちという一枚の絵になった時に柄が欠けて見える状態になるため、指図通りの色順に作られているかは基本中の基本として押さえる必要があるのだが、時として作業工程で間違えてしまう凡ミスが発生する。

 納期が迫ると検修の際に発生した修正作業が命取りになることもあり、週末に検修せずに持ち越す行為はその日を合わせて三日間作業を止めることを意味するのだが、豪にとっては納期よりも定時帰宅が優先だ。ましてや今日は待ちに待った飲み会である。

「こんなん、納期なんてあってないようなもんですから」

 豪は伝家の宝刀のようにこのセリフをよく使う。

 衣料、寝具商社は出せば売れる時代、図案作成は染工業の全盛期はこのセリフはどの型屋でも使いまわされていた。もちろん「製作所」でも。

 図案製作者も一から描き起こしていては間に合わないので他メーカーのロゴ違い、柄のモチーフと背景の組み合わせ違い、ひどいものになるとサイズ違いで図案は一緒のモノや、数枚の布端を適当に配置して送りサイズの図案を起こしてくれなどという杜撰なものまでを送り付けるので、型屋もトレース職人も受け取り拒否しようものなら、「納期はいいからとりあえず仕上げてくれ」と悲鳴を上げんばかりにばら撒いた。その名残りのセリフであるのだが、豪の感覚は当時から止まったままなのである。

 篤郎は共有フォルダに入ったファイル名に記されている図案の型番と納期日を確認したが、そう差し迫ったものでもなかったので、今日は見逃そうかと豪に従った。

「せっかくの日ですからね、早めに済ませて終わる準備に取り掛かりますか」

「はい、じゃあ僕先に帰って着替えてきますね」

 誰よりも早くにパソコンの電源を落とし終えていた豪は、さっさとトレース室を後にした。あまりの手際に残された面々は呆れるばかりであった。

「いっつも自分の都合だけで仕事終わらはるの、ほんとばかばかしいね。仲瀬さん、ツッチー大変やろうけど楽しんできてね」

 栞里も途中の仕事を投げ出してパソコンの電源を落とし、帰りの身支度を始めた。ツッチーこと辻崎はまだパソコンに向かって作業を続けようとしていたので、

「辻崎さんも今日は終わりましょうよ。先に帰ってもらわないと僕迎えに行けなくなりますよ」

 篤郎は慌てて辻崎を制した。今日は篤郎の地元の楽々荘で飲み会をするため、篤郎の車で豪を乗せ、近くに住む辻崎を迎えに行ってそのまま亀岡まで連れてくる予定である。しかし通常営業よろしく空気の読めない辻崎は、やりかけの仕事をどこでキリを付けるかが分からない。

「今やってるところ、週明けまで置いとくと忘れてしまいそうですから」

 制されたことに不満のように漏らす辻崎はまだ未練そうにモニタを眺めている。今日が出かける日と分かっていながらなんて手際が悪いのだろう、それは真面目でもなんでもなく単に要領が悪いだけではないかと口元まで上がった苛立ちをなんとか飲み込み、

「作業個所を別チャンネルでも作って印を付けるかして、なにをしてる途中なのかをメモっておけばいいんじゃないですか。後片付けは僕がやっておきますから急いで帰って下さい」

 これから一緒の席で飲み会する相手にここで怒鳴っては台無しだ、篤郎はなんとか気持ちを落ち着かせてこれ以上作業を続けないように心で懇願した。

「分かりました」

 不満やるせないまま辻崎は折れ、篤郎が指示した通りの作業を終えると、

「ではお先に失礼します」

 とトレース室を出て行こうとする背中に、篤郎が声を掛けてきた。

「ここ閉めて六時過ぎに迎えに行きますのでバス停前で待っててくださいね」

「分かりました」

 辻崎は階段を下りながら小さくため息をついた。辻崎は篤郎の二年前、吉富が辞める前にトレース室に配属され、常に騒がしいスナック部屋で男一人作業に打ち込んでいた。口数も少なく豪の一方的な指図にも従順ではあったが、口に出して抵抗する事すらもバカらしいという姿勢であり、長年のストレスを鬱積を抱えていた。ただ、誰に指図されることなく自分のペースで仕事の出来る環境であれば周りが騒がしいだろうがお構いなしだった。

 しかし、ここ数か月前から現れた篤郎は、技術や知識があるだけでなく仕事も早かった。事も有ろうにこれまで長年続けてきた独自の作業方法に口を出され、挙句の果てにはもっと相談してこいとまで言われてしまった。篤郎が入ってきた時には豪から解放される期待感があったが、現状はこれまで良かれと築いてきた全工程を否定されてしまったのである。あれはだめ、これもだめ、それは無駄、この作業は無意味と矢次に駄目出しされた側は堪ったものではない。すべて意味があって継承してきたものが次々と奪われ取って代わる様に、流石に豪も何度か唸ったが見事なくらいに撃沈した。社員としてトレース室の一番の古株となった辻崎にそのプライドたるものは持ち合わせていないまでも、篤郎の改革に諸手を挙げて受け入れる気にはどうしてもなれなかった。それでも、すべてが穏便に済むのであれば協力は惜しまない、その思いが今夜の飲み会に背中を押したのである。


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