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ごーごごー、ごーちゃんでGo!  作者: 天魔波旬
高山テキスタイル製作所編
2/30

面接



 一年前の五月、勤めていた地元の北倉石油株会社の整備工場で暴力事件を起こし、しかし事件の経緯に落ち度はあれ情状酌量の余地は在りと会社側は最大限の考慮を図っての自主退社扱い、満額退職金という条件で篤朗は十年務めた会社を退社した。

 二児の幼児と三十年の住宅ローンを抱えて今年で三十二歳、定年まで勤めるはずの職を失い再就職までの繋ぎにと父、仲瀬景造が勤める高山テキスタイル製作所でアルバイトに通うことになった。

 景造は昔ながらの友禅職人で、筆を握らせたら京都の三羽烏の一人とまで言われたそうだが、これは高山テキスタイル製作所の社長、高山博康の口癖で実際その腕前がどこかで競われたという話は聞いたことが無い。

 時代と共に絵柄の描かれた図案の上にフィルムを重ねて直接筆を下すトレース作業から、図案をスキャンした画像をモニタに表示し、パソコンでフォトレタッチソフトのフォトショップを使ってトレースしたデータをフィルムに出力する技法に変わり、コンピュータ操作と絵心の人材を探しているという言うので、景造が不肖の息子を是非にと口添えしたものだった。

 元々趣味でコンピュータグラフィックに慣れ親しんできた篤朗にとって、デザイナーの高嶺の花と呼ばれる単価十万円を越えるフォトショップを個人で購入し扱い慣れた内の一つで、それをトレースに使用している事を聞くや二つ返事でその日の内に出社した。

 アルバイトという身分でありながら、短期間で他社員と変わらぬ収入を手にすることになる。


 アルバイトから正社員へ、篤朗がそれを考えない日は無かった。家庭とローンを抱えた篤朗にとって安定した収入と生活は渇望であったにも拘らずその一歩が出ないのは、この高山社長がワンマン経営で篤朗の幼い時期から父景造の愚痴を聞いて過ごしてきたからだ。弱みを握られたら最期、いつまでも頭の上がらない扱いを受ける等、他社員からも聞かされてきたのだからここに身を置くにも踏ん切りがつかない。

 篤朗が職探しをするわけでもなく、正社員で雇ってもらおうと頼むでもなく悶々とパソコンに向かいながらトレース作業をしていると、

「あっちゃん、ちょっとワシの部屋で話しよか」

 トレース室に入ってきた高山は満面の笑みでそう言うと先に一人で部屋を出ていくので、篤郎は慌てて立ち上がり隣でタブレットペンと格闘中の鳥養昌彦と顔を見合わせ、

「ついに来たね、ちょっと行ってくるわ」

と小声で言い捨て高山を追った。

 廊下を挟んで斜め向かいの部屋が高山の社長室であり、ソファに腰かけた高山は篤郎が部屋に入って来るのを認めるとテーブルを挟んだ向かい側のソファへ座るように促した。

 高山はすでに還暦を越えてはいたが、染色業界が最高潮の時期に会社を立ち上げ、景造を含む数人らで荒波を乗り越えてきた猛者としての貫禄をその体格が物語っている。肥沃な体形は長身もあってさらに凄みは増し、笑顔で刻まれた皺一つ一つには多くの悪事のあったことが見え隠れする。若い頃には黒塗りの日産センチュリーを乗り回しやくざ顔負けだったとどこまでが尾びれ背びれなのかとまことしやかに聞かされていた。

「あっちゃんとこのぼんは今いくつなんや?」

頬肉の下がった顔を寄せて高山が聞く。

「長男が二歳で、下の子はまだゼロ歳ですね」

軽く腰を落とした姿勢で篤郎が答える。

「あんたそんなちいさい子抱えてんのにいつまでもアルバイトでは、父親としてもっとしっかりせんといかんぞ」

「はぁ、そうですね」

「他行くとこまだ見つからんのやったら、どや、ウチで働かんか?」

「え? それは正社員としてですか?」

「当たり前や! あんたがうち来てやってくれるっちゅうのやったら待遇面もしっかりやったる」

「それはありがとうございます。ただ、今面接結果待ちのところもあるのと、父とも相談してみようと思いますので返事は後日でもいいですか?」

 篤郎はどこの面接も受けてなかったが、行く所が無くここしかないと思われると弱みを握られるようなの気持ちになり、適当に返事を先延ばしにしたのだ。

「かまへん、あんたの悪いようにはせんさかえ、よお考えて返事してくれ」

「ありがとうございます」

 篤郎は軽く頭を下げると社長室を出てトレース室に戻ると、鳥飼がからかうように

「どうでした? 社員になれって?」

と聞いてくる。鳥養は十八歳から親の元でトレースの技術を学び、高山の会社が新規事業としてコンピュータを導入する時に、外注の息子として社内外注職人として勤めて五年目となる。外の世界を知らない二世職人はすでにこの会社での地位を確立し、若さゆえに少々天狗の気を含んでいる。

 独身の鳥養にとって、今篤郎が社員として雇用される事で取り分が減る、つまりは収入にも影響が出るので両手で歓迎することは出来ない脅威でありながらも、当時不安要素の詰まったマッキントッシュのパソコン作業にコンピュータの知識に長けた篤郎は無二のパートナーとして認めていた。

鳥養の奥隣に座るトレース室最年長の二十七歳の阿部真治は、アニメ系専門学校を卒業後ゲーム会社のグラフィックデザイナーという経歴を持つ一番の腕前だが、一人で篭る習慣が付いているのかコミュニケーション能力に欠け自己中心的な面があり、この時も我関せずよろしく黙々とモニタに向かってペンを走らせていた。

 最奥の美術系専門学校卒の吉井佳苗は、唯一の女性外注職人というのを差し引いても控えめ過ぎる性格で一人黙ってモニタに向かっていた。阿部と違いコミュニケーション能力というよりは仕事の進捗能力に欠けており、何度教えても効率よりも精度を重視してトレースするものだから納期にいつもぎりぎりで、深夜まで半べそで残っている事も多々あり、今もおそらくは尻に火が付いているのだろう。

「うん、悪いようにはせんからって言葉自体が普段から悪いことやってるみたいやん。鳥養君どう思う? 僕がここに来ても大丈夫やろか?」

「うーん、今は正直仕事あんまりないから、四人常時フル稼働はちょっと無理あるかなー。でも仲瀬さん、家の事もあるから、はよ落ち着きたいですよね」

 鳥養は三重県から単身で京都府の片田舎亀岡市に赴き、ひょんな事から市内の女性の家族の家に居候しているせいか、次男特有の自己主張と相手への気遣いを併せ持っていた。

「そうなんよね、まぁ一回嫁と親父に相談してみるわ」

 篤朗はここでも明言は避け、作業に戻ることにした。

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