果実ー裏野ドリームランド奇譚ー
初めてホラーを書いてみました。裏野ドリームランドのミラーハウスが別世界へつながっているという設定です。別世界には人間を樹にして、不老長寿の果実を栽培しようとする錬金術師が待ち構えています。悠美、友美、守が経験する恐怖を、読者の方も共感していただければ嬉しいです。
あれは本当に起こった話なのだろうか。
天野悠美は寝付けずに寝返りを何度も繰り返し、べっとりと汗をかいた手でシーツを強く握りしめる。ベッドは汗でぐっしょりと暗く湿っている。あれは本当に起こったことなのだろうか?悠美は何度もあの光景をまざまざと思い出す。
あれは、悠美の通う、県立花見沢高校が一学期の終業式を迎える日の一日前だった。7月22日、木曜日。朝から蒸し暑い天気で、外ではミンミンゼミが煩く鳴き、舗装された道路は焼けるように熱かった。悠美は一年生。悠美の家から学校までは電車で二駅。悠美の家は、駅からちょっと離れた高台の新興住宅地の一角にある。ここは船見興業がかつて山城村と呼ばれていた村の一角を買収して森林を伐採し、造成して作った新興住宅地だ。高台にあるので見晴らしも良く、水はけもいい。駅までは歩いて20分ぐらい。駅までは坂道で、行きは下りで、帰りは登りになる。悠美は駅までは自転車で通っている。若い悠美には登りでも10分ぐらいで家に着く。
花見沢高校の最寄駅は花白駅。学校名も駅名も、この辺りが美しい花が咲くで有名であることからきているらしい。駅から学校までは平坦な道で歩いて10分ぐらい。悠美は1年B組で、花白駅で同じクラスの友美と由佳と待ち合わせて、一緒に登校している。二人は悠美の大親友だ。悠美は昨日、生理が終わったばかりだった。悠美はいくらか生理が重い。生理の間は、腰やお腹が痛く、すごくだるく憂鬱で、何事もやる気がなくなってしまう。生理が終わり、生理用のナプキンが、おりもの用のライナーに変わる。生理直後はおりものはそう多くはないが、ショーツを汚さないため、そして、生理が終わったという、気分的な目安になっている。すこし憂鬱な気分は続くが、すぐに生理明けの晴れやかな明るい気分がやってくる。悠美は、生理が終わって、清々した気分だった。
学校へ向かう途中で、友美が言った。
「夏休みに、肝試しに行かない?裏野ドリームランドに」
友美はショートヘアの快活な女の子だ。男子とでも女子とでも分け隔てなく話す。とても明るくてクラスでは人気者だ。悠美は自分には真似できないと思った。でも、その明るさが悠美は大好きだった。落ち込んでいる時でも、友美といると明るく元気な気分になれる。
「やめたほうがいいわよ。あそこは悪い噂があるし。そもそも、あそこが廃園になったのは、あそこで行方不明者がでたから。あそこで、真夜中に肝試しに行くと、行方不明になるって噂があるのよ。肝試しはいいけど、あそこだけは絶対に駄目」
由佳が真面目な顔でいう。シュシュで結った長い黒髪が腰のあたりまで届きそうだ。友美とは性格的に真逆。何事にも真面目で、気の合った人としか話さない。入学した時はひとりぼっちだった。いつも、クラスで一人ぼっちで本を読んでいる。お昼も一人で自分の机で母親の作ったお弁当を無表情で食べている。悠美はこの二人の中間みたいな性格だ。お友達は女の子だけ。女子とはいろいろおしゃべりするけれど、男子とのおしゃべりは苦手。そんな三人を友達にしたのが友美だった。一人ぼっちの由佳をかわいそうに思い、友美が積極的に話しかけて友達になった。由佳だって、一人ぼっちがいいと思って一人ぼっちでいるわけではなく、結果的にそうなってしまっているだけだから、友美が話しかけてくれたのは嬉しかった。友美は悠美の女子グループとも仲良しだったから、由佳も悠美の女子グループに加わるようになった。悠美は由佳と話していると、何でも話せる気がした。いつも一人ぼっちでいるけれど、話してみると意外と天然で楽しくて可愛らしい女の子だということがわかってきた。いつのまにか、悠美と友美と由佳は大親友になっていた。
「私たちだけで危険なら、男子も誘えば。男子がいれば平気だよ。それも一人じゃなくて、何人か。辰巳守なんかどう。あいつ、強そうだし。友達もいっぱいいるし」
「そういう問題じゃないのよ。あそこは本当に危険なの」
「由佳は本当に臆病ね。でも、あそこは結構、怖い噂があるのよ。やっぱりやめておきましょう。友美がそういう怖いものやジェットコースターなんかが大好きってことは知っているけど。三人で、楽しく遊べる東野のレジャープールがいいんじゃない?」
「僕は肝試しがしたいな。いい記念になるし。でも、由佳が嫌がるならやめておくよ」
友美は自分のことを僕という。諦める時はきっぱり諦める、さっぱりした性格だ。
授業が終わると、三人は花白駅に向かった。日はまだ高く、アスファルトの道路はまだ焼けるように暑い。熱気がゆらゆらと立ち昇る。ミンミンゼミが煩く鳴いている。たまに吹く風が熱気を払ってくれるが、それもすぐに止み、もわっとした熱気に包まれる。
「僕は早く帰って、エアコンのある部屋で涼みたいな。明後日からは夏休みで、もう、こんな暑い思いしないで済むんだ。早く、明後日になれ」
「友美は、夏休み中、エアコンの前でゴロゴロして動かないつもりでしょう。真面目に宿題もやらないと駄目よ。」
「由佳は友美のお母さんみたい。でも、友美と由佳と三人で夏休み中も一緒に遊びたい。エアコンの前でゴロゴロしていないで一緒に遊ぼう」
悠美がそういうと、友美が笑った。釣られて由佳が笑う。
「一緒に遊ぼう。三人で初めての夏休みなんだから。僕だって、いつもエアコンの前でゴロゴロしているわけじゃないよ」
由佳が笑う。悠美が笑う。
駅からは、友美と由佳は同じ方向で、悠美だけが別方向だ。三人は駅の自販機で冷たいジュースを買い、構内のベンチでそれを両手で握り、電車を待っている。構内は日陰になっていて、時折、吹き抜ける風が気持ち良い。喉を伝わる冷たいジュースが三人の火照りを冷ます。
「裏野ドリームランドは、確か、悠美の降りる美山駅から、二駅だよね。駅名も裏野ドリームランド駅だよね。昔、流行っていた頃に、お父さんとお母さんと一緒に行ったことがあるんだよ。あそこには楽しい思い出があるんだ」
友美がぼそっといった。
「あそこは確か、私の家がある住宅地を開発した船見興業が開発したんだよ。住宅とレジャーランドを近くに作って、レジャーランドでも大儲けをしようとしたんだよ」
「今じゃ、誰も降りないよね。あそこは今年の秋には取り壊されて、新しい商業施設ができるみたい。船見興業はあそこを売り払うつもりだったけれど、悪い噂があって買い手が見つからなかったみたい。でも、維持費がかかっているから、ついに動くみたい」
「そうしたら、駅名も変えないとね。どんな施設ができるんだろう。楽しみ」
友美がニコニコしながら言う。三人ともあっという間にジュースを飲み干し自販機脇の缶専用のゴミ箱に缶を捨てた。
友美と由佳の乗る電車がやってきた。悠美の乗る電車は、その5分後だ。改札のところで、友美と由佳は手を振ると電車の方へ行ってしまった。悠美は、一人構内に取り残された。悠美は、思い出してしまう。2年前の夏を。その夏、友達の美樹とその彼氏の羽島武が裏野レジャーランドで姿を消してしまった。その後も、二組のカップルが行方不明になった。本当に、レジャーランド内で行方不明になったのかどうかは定かではない。ただ、三組のカップルが行方不明になったことは事実だった。そのことでいろいろな噂が流れた。一番よく聞く噂は、裏野レジャーランドにあるミラーハウスには落とし穴があって、下では闇の組織が待ち構えていて、迷い込んで落とし穴に落ちたカップルの女は売春宿に売られ、男は臓器売買のために、臓器を抜き取られて殺されてしまうというものだった。そんな噂が広まって、裏野レジャーランドはぱったり客足が途絶え、ついには廃園に追い込まれてしまった。
悠美は、自分の乗る電車が来たので、改札を通って、電車に乗った。中はエアコンが効いていて、外とはうって変わって涼しい。美山駅で降りて、駅前の駐輪場から自転車を出し、カバンをカゴに放り込むと、自転車で家に向かう。少し漕ぐだけで汗が吹き出す。坂道なので、立ち漕ぎで少し力を入れて漕ぐ。やっと家に着くと、家の脇にあるガレージの一角に自転車を止める。ここにはパパの車が止めてある。パパは職場まで車で通っているので、この時間はここは空っぽだ。カバンを持って、小さな門を開け、家の玄関の前に行く。ママはパートで働いているので、この時間、家には誰もいない。ふと見ると、玄関の前に小さな箱が置いてある。なんだろう、と悠美は思った。悠美はカバンから鍵を取り出し、玄関を開けると、その小箱を脇に抱えて家に入った。玄関の鍵を閉めると、ローファーを脱いで、揃えて向きを変え玄関の端に置き、お気に入りのうさぎのスリッパを履いて二階にある自分の部屋に向かった。いつもは、部屋に入るとすぐに、セーラー服とブラを脱いで、お気に入りの薄いクリーム色の部屋着に着替えるが、今日は玄関に置いてあった小箱が気になって、カバンを学習机の上に置くと、小箱を抱えてベッドに腰掛けた。悠美の部屋は家の東側にあり、この時間日は差し込んでこないが、外はまだ明るく、照明をつける必要はない。悠美はそっと、小箱を開けてみた。小箱の中には、みかんより一回り大きな緑の果実みたいなものと白い封筒が入っている。その果物を手にとって、箱はベッドに置いた。果実は固く、柔らかい産毛に包まれている。撫でると、桃のように気持ちがいい。果実特有の青くて甘い匂いがする。鼻の下に持って行って、匂いを嗅いでみる。いい匂い。でも、この果実特有の甘い匂いに、覚えのある匂いが混じっている。どこで嗅いだのだろう。なんの匂いだろう。悠美は頭をぐるぐると回転させた。どこかで嗅いだことがある。それにこの手触り。何度も撫でて、何度も匂いを嗅ぐ。突然、それは悠美の頭に中に閃いた。これは美樹の匂い、美樹の肌触り。そんなことはあり得ない。2年前、悠美が中学校2年生の時、親友の美樹は、彼氏の羽島武と裏野ドリームランドで行方不明になった。もしかしたら二人は駆け落ちなのかもしれない。でも、二人が裏野ドリームランドに行くと言って出かけた直後に行方不明になった。もう一度、悠美はその果実を撫で、匂いを嗅いだ。なぜだか、悠美には確信があった。これは美樹の肌触り、美樹の匂い。間違いない。果実を小箱に戻すと、白い封筒を手に取って開けてみた。中には裏野ドリームランドのチケットが一枚。悠美には美樹が助けてと言っているような気がした。
悠美は裏野ドリームランドに行ってみようと思った。でも、一人では行けない。明後日からは夏休み。明日、友美と由佳に相談しよう、悠美はそう思った。もう一度、その果実を手に取り、撫で、匂いを胸に吸い込んだ。やっぱり、美樹の匂い、肌触り。そして、そっと封筒と一緒に小箱に戻した。
翌日は一学期の終業式だった。朝から暑い一日だった。悠美が花白駅の構内で待っていると、友美と由佳がやってくる。三人で暑い日差しの中を学校へ向かう。じんわりと汗をかいてしまう。
「あの、昨日の話なんだけど」
悠美は切り出した。
「昨日って、裏野ドリームランドの肝試しの話?」
「そう、昨日、家に帰ったら玄関に小箱が置かれていて、緑の果実と裏野ドリームランドの入場券が入っていたの」
「そういう怖い話はやめてよね」
由佳が怯えたように耳を塞ぐ。
「その緑の果実がね。匂いを嗅ぐと、2年前に裏野ドリームランドで行方不明になった友達の美樹の匂いがするの」
「いつから、悠美は怪談話をするようになったの?由佳を怖がらせるつもり?」
「そうじゃないの。真面目な話。すごく気になるの。ちょっと裏野ドリームランドに行ってみたいの」
「私は絶対行かないわよ。二人でグルになって私をいじめるつもり?」
由佳が悠美と友美をキッと睨んだ。
「悠美はそんなつもりでいっているんじゃないと思う。ちょっと、その小箱が気になっただけだろう。なら、私と午後にでもちょっと見てくればいい。ちょっと中を見て、安心して戻ってくればいいだけだろう。それなら、私が付き合うよ。太陽がカンカンと照っている中なら、お化けも出ないだろう?由佳は来なくても大丈夫」
「私をのけ者にするの?」
「そうじゃない。由佳が嫌がる場所には連れて行かないってだけ。変なことを気にしている悠美の不安を解消してあげるだけ。僕たちはずっと友達、この夏は一緒に東野のレジャープールに行くんだから」
「一緒にきてくれるの?友美。こんな話してごめんね、由佳。埋め合わせはするから」
「今日は午前中だけで授業は終わりだから、さっさと行ってさっさと戻ってこよう。いざという時のために、守も連れて行こう。あいつはパフェを食わせるって言えば付いてくるから」
その言葉に由佳が吹き出した。
「辰巳がパフェで付いてくるの?」
「あいつ、パフェ好きなんだよ」
「知らなかった。友美はよく知っているね」
悠美は、守とは話したことがなかった。怖い顔で、体も大きい。近寄りがたいオーラを出している。周りにいつも数人の取り巻きがいる。悠美は近づかないようにしていた。睨まれると怖いので、なるべく視線を合わせないようにしていた。友美は全く気にしていないようだった。守とその取り巻きの中に平気で入って行って話をしている。遠目から見ると、猛獣の中に兎が紛れ込んだみたいに見える。
休み時間に、友美が守と話をしている。友美と守が悠美の方にやってくる。
「お前、裏野ドリームランドに探検に行くんだって?」
突然、守が話しかけたので、思わず悠美は後ずさった。
「探検じゃないの。ちょっと気になることがあって、行ってみたいの」
悠美は守と目を合わせないように下を向いて話した。
「小箱のことか?友美から聞いた」
「そう、その果実から親友の匂いがするの。馬鹿みたいな話でしょ。行って、なにごともないって安心したいだけ」
「クラスの仲間のためなら力になってやるよ。ちょっと覗いてくればいいんだろう。俺の役目は用心棒だろ。友美がパフェ驕ってくれるって言うし。裏野ドリームランドの駅のそばには喫茶店あったかな。モミザだっけ?」
悠美は守からクラスの仲間という言葉が出てくるとは思っていなかった。意外だった。守は気さくで話しやすかった。
「裏野ドリームランドが廃園になっちゃったから、あそこの喫茶店はもうやってないんじゃない?悠美の美山駅のそばに、パフェで有名なお店なかったっけ?」
「喫茶、花園。先週もママと行った。すごく美味しい。テレビにも出たことがあるの。他県からもお客さんが来る」
「俺も知ってる。一度だけ行ったが、美味かった。あそこのを奢ってくれ」
今度は悠美はちゃんと守の目を見た。優しそうな目をしている。
「用心棒したらちゃんと驕ってあげる」
悠美にとってもう守は怖くなかった。悠美は守にニコッと微笑んだ。
「今日の2時に、裏野ドリームランド駅に集合でどう?たぶん、3時には終わってその後美山駅前の花園でパフェ」
「俺はいいよ。明日からダチと遊びに行く約束なんだ」
「私もいい。辰巳くんがこんなに親切だなんて思わなかった」
「俺をどう思っていたんだよ?」
「猛獣」
「ひでえな」
守がおどけた表情をしている。それを見てまた悠美は笑った。
「辰巳くんていい人」
「じゃあ、午後2時に裏野ドリームランド駅な」
そういうと守は友達のところへ戻って行った。
体育館での終業式が終わり、友美と悠美と由佳はいつもの通り、家路に着いた。
「悠美が辰巳守としゃべったの?あの辰巳と?」
由佳が信じられないという顔をしている。
「辰巳くんは意外といい人なのよ」
「辰巳は顔が怖いからね。女子は僕ぐらいしか近づかないよ。でも、仲間思いでいいやつだよ」
「気を付けて行ってきてね。一番怖いのは裏野ドリームランドじゃなくて辰巳かも」
由佳がニコッと笑った。
「この三人と、辰巳とその友達で遊びに行く?」
「それは嫌」
由佳が即答した。
「私はいいかも。辰巳くん、意外に優しいし」
「また、私をのけ者にしている」
由佳が拗ねたふりをしている。
花白駅で別れて、悠美は家に戻った。家には誰もいない。テーブルの上にお弁当が置いてある。その脇に手紙。
お母さんはパートで、帰りは4時頃になります。
お弁当、作っておきました。
食べてね。
ママは4時頃に帰ってくる。友美と辰巳と3時にパフェを食べて戻ってくれば十分に間に合う。廃園になった遊園地だから1時間もいないだろう。たぶん、もっと早く戻ってくる、そう、悠美は思っていた。
悠美はお弁当を食べ終わると、お弁当箱をシンクで綺麗に洗った。2階の自分の部屋に戻り、制服を脱いで、ピンクのノースリーブのワンピースに着替えた。右側の裾の広がりに沿って一つだけポケットがある。全身に日焼け止めを塗る。ポシェットにタオルとお財布、日焼け止め、リップクリーム、おりもの用ライナーの入ったポシェットを入れる。髪をシュシュで束ねる。麦藁帽子を被る。右手に日傘を持つ。出発準備は完了。時計を見ると、まだ1時。悠美はエアコンで十分に涼んだ後で出発した。
悠美が裏野ドリームランド駅に降り立ち、改札を抜けると、友美と守が構内のベンチに腰掛けて待っていた。悠美は守の格好に驚いた。友美はノースリーブのブラウス、カーキの短パン、白いソックスの覗く可愛らしい白のスニーカー、ポシェットに麦藁帽子、日傘という出で立ちだったが、守は茶のタンクトップ、カーキの短パン、汚れた白のスニーカーで両手に軍手をはめ、右肩にザイルを巻いている。頭にはヘルメットをかぶり、その中央にはライトがある。重そうなリュックを背負っている。
「なにそれ?これから探検にでも出かけるつもりなの?」
思わず、悠美は聞いた。
「俺は逆に、お前らが近所のデパートにでも行くような格好で来ているから驚いたよ。これから裏野ドリームランドに乗り込むんだぞ」
「辰巳、どこに乗り込むんだよ。僕達はちょっと裏野ドリームランドを見て帰る。冒険じゃない」
「悪い噂があるんだ。気を付けたほうがいい」
「辰巳、あの噂信じているの?お前らしくもない」
「もし、本当だったら、まじ怖いだろう」
「お前、本当はビビリだな」
友美が笑った。
「これ、マジで笑うところじゃないからな」
守の顔が真剣になる。
「辰巳くん、ありがとう。でも、ちょっと見て帰るだけでいいから、心配してくれるのはすごく嬉しい」
悠美がそういうと、守は照れて、赤くなった。
「ちょっと見て、帰ってくるだけだから」
友美はそういうと、日傘を広げて、駅の構内からかんかん照りの中へ飛び出した。
駅からドリームランドまでは歩いて5分ぐらいだ。かんかん照りで汗が噴き出してくる。ミンミンゼミが煩く鳴いている。ドリームランドに着くと、正面は鎖でがっちり施錠してある。閉園の看板がかかっている。中を見ると、あちこちにアスファルトを突き破った草が生い茂っている。フェンスに沿って、右側に歩いてみる。一箇所、フェンスが破れたところがある。たぶん、ドリームランドの廃墟を見たいものがここから出入りしたのだろう。三人はそこから、ドリームランドの中へ入った。
「行方不明になったのは、ミラーハウス。ミラーハウスだけ見ればいいから」
「ミラーハウスか。わかった」
「まずは、中央広場に行こう。そこに案内図がある。子供の頃何度も来たんだ。ミラーハウスがどこか忘れちゃったけれど、来た時はいつも、中央広場の地図で確認していたんだよ」
三人は中央広場へ向かった。そこに園内の案内図があった。正面にはマジックキャッスルが見える。その手前には売店やアーケードの廃墟がある。右手に行くと、ミラーハウス、左手に行くと、アクアツアー。三人は右手に向かった。足元のアスファルトから生えた草を踏みしめてミラーハウスに向かう。太陽がカンカンと照りつけ、焼けるように暑い。青い草の匂いがする。しばらく行くとミラーハウスが見えてきた。
「懐かしい。ここ、よくパパやママと来たんだよね」
友美が嬉しそうだ。
守がミラーハウスの正面に立って、ドアを開けてみた。意外にもドアはすんなり開いた。中は真っ暗で、カビ臭い匂いが漂ってくる。闇もまた這い出して来たみたいだった。
「真っ暗じゃ入れないね」
友美が言うと、
「懐中電灯を持ってきた。ザイルをそこの柱に縛り付けて、途中までいく」
守は、リュックから懐中電灯を二つ取り出すと、友美と悠美に渡し、ザイルを側の細い鉄の柱に縛り付けた。
「友美、悠美、ザイルを体に巻き付けろ」
言われた通りに、二人はザイルを体に巻きつけた。そして、懐中電灯をつけた。守は自分の体にもザイルを巻きつけると、先頭に立って、懐中電灯をつけ、ミラーハウスに入った。ヘルメットのライトもオンにしている。中は冷んやりとして涼しい。カビ臭い匂いがする。三人は中程まで進み、入口の明かりはもう見えない。懐中電灯が鏡を照らし出し、そこに自分の姿が映る。足元の床のタイルが、ギィギィと音を立てる。すごく不気味な感じがする。
「もう、十分。もう帰ろう」
「わかった。もう戻る」
最後尾にいる悠美が反対方向を向いてザイルを引いた。手応えがない。正面の柱に縛り付けているはず。強くザイルを引いた。懐中電灯の明かりで見ると、ザイルが切れている。
「ザイルが切れている」
「そんな、しっかり結んだはずなのに」
守が切れたザイルを懐中電灯で照らした。
「切れているんじゃない。切られたんだ。誰かに。スパッと切られている」
「床にザイルが落ちているはず、落ち着いて、ゆっくり行こう」
三人で周りの床中を照らしたが、ザイルの切れ端はどこにも見当たらなかった。
「俺たちはそんなに進んでいない。それにミラーハウスは迷路じゃない。今、壁は左側にある。反対を向いて右の壁に右手を当てて進んでいけば出口に出られるはず」
守は向き直って、先頭に立った。次に友美、悠美が続く。しばらく進むと、悠美の前から、急に二人の姿が消えた。
「友美、辰巳、どこなの?どこへいったの?」
悠美は声を限りに叫んだ。恐怖が全身を包んだ。少し前へ進んだ。悠美は自分の体がふわっと宙に浮くのを感じた。急激に落ちていく。悠美は落とし穴に落ちたのだと思った。真っ暗な中を下へ下へ落ちていく。突然、下が明るくなった。悠美は草原のようなところに落ちた。上を見上げたが落ちて来た穴は見えなかった。そばには守と友美がいた。
「ここはどこだ?」
守がきょろきょろあたりを見渡している。
友美が悠美に気がつくと、嬉しそうに悠美のところにやってきた。
「よかった。みんな無事で。でも、ここは一体どこなんだろう」
確かに全員、ミラーハウスの暗闇から落ちて来たはずだった。でも、ここは明るい。空を見上げたが、太陽は見当たらない。右手に川が流れている。それほど大きな川ではない。ボートが一隻泊まっている。目の前にはこんもりと茂った森があり、その手前から、三人がいるあたりまで緩やかな下り坂で、草原になっている。空気は澄んでいて、暑くもなく寒くもなく、春のように気持ちがいい。
「あの森へ行ってみよう」
守は立ち上がって、ヘルメットを被り直し、リュックをきちんと背負うと、右肩のザイルを握った。悠美と友美も立ち上がった。日傘を畳んで右手に握った。左手はポシェットを握りしめた。麦藁帽子を被り直した。三人は向こうに見える森へ向かって進んで行った。森は、入り口まで来ると、思ったよりも暗い。樹と樹とが密集している。あまり日が差し込まないせいで、下草はあまり生えていない。生えているのは苔や羊歯。入り口から見ると、森はどこまでも続いているように見える。三人でゆっくりと森の中に入る。外よりも冷んやりして薄暗い。見上げると樹は高く、空は見えない。一番下の枝でも、守よりも上にある。おかげで、樹々の間をスムーズに歩いていくことができる。しばらく歩くと、大きな樹があり、その周囲にだけ日が差している。その樹は、周囲の木とだいぶ距離を置いて生えている。
「あの樹だけ、周りの樹からだいぶ離れているよね。日が差して下草が生えている。行ってみよう」
友美が悠美の手を引っ張った。
「何があるかわからないぞ。用心しろ」
守と悠美と友美は上から日が差し込む場所に出た。その中心に樹がある。下草の中に何かが転がっている。友美は走り出して、それを手に取った。
「果実が落ちてるよ。緑の」
友美はそれを触った。
「桃みたいに産毛が生えているよ」
「友美、そんなもの食べるなよ」
辰巳守が大声で怒鳴る。
「大丈夫。食べないって」
悠美はゆっくりと友美の方へ歩いて行った。友美が手にしている果実を手に取った。同じだった。
「これ。これ。これが、昨日、私の家の玄関の前に置かれていたの」
悠美は体が小刻みに震えるのがわかった。三人はゆっくりと樹に近づいて行った。樹肌は普通の樹のようだった。でも、どこか様子がおかしい。なんか変だ。三人はじっとその樹を見た。よく見ると悠美の顔よりも少し低いところに顔がある。それは両手を挙げた裸の女性だった。顔があり、緑の目が中空を見つめている。鼻、ぽっかり空いた口。そこから覗く樹肌の歯。口は何か言いたそうに、助けを求めているみたいに開いている。その下に、顎、細い首、肩、女性らしい胸。その中心は少し上を向いて盛り上がり乳首の痕跡を留めている。へその部分が窪んでいる。ウエストはくびれ、お腹からなだらかに下り、生殖器があった部分へ窪んでいる。すらりとした両足はきちんと揃えられて踝より上しかみえない。踝より下は土に埋まっているのだろうか。今は硬い樹皮になっているが、かつては柔らかな人肌だったにちがいない。上を見上げると、何箇所かで百合のような綺麗な花が咲いている。所々にさっきの果実がなっている。
「こっちに来てみろ。こっちは男だ」
守に言われて、友美と悠美は反対側に回った。さっきは裸の女性だったが、こちらは裸の男性だった。同じように両手を上げて緑の目をして中空を見つめ、ぽっかりと口を開けている。樹肌の歯が覗いている。悠美は辺りを見渡した。ちょっと離れたところに同じように日が差し込んでいる場所がある。中心に同じ樹が見える。悠美は脱兎のごとく走り出した。
悠美はその樹を見るなり、膝から崩折れた。
「美樹」
悠美は大声で叫んだ。その樹を両腕で抱きしめた。目から涙が溢れて止まらなかった。
「どうしたんだ」
守と友美が走ってきた。
「これが、私の友達、美樹。こんな姿になっちゃった。でも、顔の表情も体つきも間違いない。膝の下を見て」
二人は裸の女性の形をした樹の、膝と思われる部分の下を見た。そこには傷があった。
「そこに傷があるでしょう。中学一年生の時、授業で100メートル走を走ったの。その時、美樹は転んでひどい怪我をしたの。それがその傷、美樹、なんで樹になっちゃったの?どうしちゃったの?」
悠美は樹を抱きしめて泣いた。美樹は裸のまま両手をあげ、ぽっかりと口を開けて緑の目が中空を見つめている。見上げると大きな枝葉が茂り、百合のような花が咲き、あの果実がいくつかなっている。
その時、森の中から、ガサッという音がした。守と友美は背後から大きな男に襲われた。守はいきなり後ろから襲われて反撃の余地がなかった。悠美は美樹に抱きついて泣いていて、気が付かなかった。いつの間にか、悠美は森の中で一人になっていた。
「友美、守。どこ?どこにいっちゃったの?」
何度も呼んだが、返事はなかった。どうすればいいのだろう、悠美は途方に暮れた。親友の美樹は裸のまま樹になっている。守も友美もいない。日が差している部分にあの果実が転がっている。美樹の果実だ。その一つは少し色づいて黄色くなっている。悠美はなんとなくそれを拾ってワンピースの一つしかないポケットに押し込んだ。美樹の樹の反対側に回ってみた。それはなんと美樹の彼氏、羽島武だった。彼まで両手を上げて裸で樹になっている。一体何が起こったのだろう。悠美にはいくら考えてもわからなかった。美樹の樹の根元に体育すわりで座って空を見上げた。抜けるように青い空だが、太陽はどこにもない。今は何時なのだろうか。悠美は左腕の内側の小さな時計を見た。もう、夜の9時。でも、到底夜には思えなかった。悠美は何かの影になっていることに気がついた。顔をあげると大きな男が立っている。大きな男は右手に布切れを持ち、それで悠美の口を塞いだ。悠美は意識を失った。
悠美は気が付くと、ワンピース一枚で手術台のようなところに仰向けに寝かされていた。体は丈夫な紐で台に固定されて、体を動かすことができない。天井はガラスのドームになっていて、青空が見える。脇にあの大男が立ち、友美と守が全裸で、両手を上に、太い柱に吊るされている。友美の体はこちらを向き、友美よりも頭一つ大きい守の背中が、友美越しに見える。友美は口にギグボールを咬まされ目を閉じている。眠らされているようだ。両足は綺麗に揃えられて大きな植木鉢に植えられている。植木鉢には不思議な文様が描かれている。隣に黒い修道士のような服を着た白髪混じりの大男が立っている。黒のブーツを履き、黒のローブを纏っている。守よりもはるかに大きい。
「二人に何をしたの?私たちを返して。美樹をあんな姿にしたのもあなた?」
「私は錬金術師、エレニウス。人間の男と女から男木と女木をつくり、不老不死の果実をならせる。ここで何度も実験し、ついに果実を手に入れることに成功した。とても貴重なものだ。この果樹園で木を増やしている。今日もこうして、男木と女木の材料が手に入った。お前には男木がいない。両方揃わないと花が咲かず、果実がならない。見つかるまでは地下牢に入れておく。その前に作業を済ませないと。」
悠美は顔を横に倒して、隣を見た。斜めになった手術台が目の前と向こうに見える。真ん中に二人が吊るされている
太い柱がある。太い柱を中心に、手術代は三角形に配置されている。目の前の手術代には友美のスニーカーが転がっている。スニーカーからは血に染まったソックスが見え、大量の血が流れ出している。
「そのスニーカーはなに?友美に何をしたの?」
「足は必要ないから切った。足がついていては、鉢にしっかり植わらないからな。それに逃げられまい」
男は悠美を見てニヤリと笑った。太い中央の柱の脇に、男の腰の高さぐらいのワゴンがあり、そこに色々な器具が載っている。ノコギリには血がべっとりついている。男は手袋をはめると、ワゴンの中の小瓶を手にとって蓋を開け、クリームを友美の体に塗り始めた。友美の体が薄い緑に覆われていく。
「やめて。友美から離れて」
悠美の話など聞くはずもなかった。男は友美の生殖器にもクリームを塗り始めた。血が流れている。生理だった。男はクリームごと経血を拭った。タオルで綺麗にし、さらにクリームを塗った。全身が薄い緑で覆われてしまうと、友美の柔らかなお腹に三回注射をした。今度は、悠美からはよく見えない守の体にも同様の処理を加えていく。
「しばらくすれば柔らかい皮膚は次第に固い樹皮に変わっていく。口は開けたままの方が美しいから、樹皮になるまでギクボールを噛ませておく。食事は栄養剤の注射だけで十分。しばらくすれば目が覚める。意識を保ったまま目を見開いて樹になっていく。樹皮に覆われて両脇の下から若芽が出てくれば、森に植え替える。森に植えられている樹は今も人間だった頃の夢を見ているかも知れんな」
男は悠美に目隠しをして、両手を縛り、手術代の拘束を解いて、軽々と肩の上に持ち上げ、どこかに運んでいく。悠美はどこかの部屋に入れられた。目隠しを外され、両手を縛っていたタオルを解かれた。そこは鉄格子のついた暗い牢屋だった。反対の壁の上に小さな明り取りの鉄格子の嵌った窓があり、微かな明かりが入ってくる。外は夜空だった。月は見えないがたくさんの星がキラキラと瞬いている。星の光で部屋の中が少し見える。六畳ぐらいの部屋で何もない。悠美はお昼にママのお弁当を食べただけで、他には何も食べていない。お腹がグーとなった。空腹だった。ドシンドシンと足音が聞こえる。男が鉄格子の前に立った。お皿を持っている。
「少し離れろ」
悠美は鉄格子から離れた。男は鉄格子の錠を開けると、お皿を床に置いた。
「女木の栄養液だ。空腹だろうからこれを飲め。お前はいずれ、これで暮らすようになる。今から慣れておけ」
そういうと、男は錠を閉めて、ブーツを鳴らしてどこかへ行ってしまった。
お皿には得体の知れない液体が入っていた。悠美はそんなものなど飲む気になれなかった。でも猛烈にお腹が空いた。ワンピースのポケットに右手を入れると少し黄色くなった美樹の果実があった。
「美樹」
悠美はそう口にした。わけのわからない液体を飲むより、果実の方が良かった。悠美は果実を一口かじった。真っ赤な血のような果汁が迸った。果実はすごく美味しかった。中にはつぶつぶの小さな種がたくさん入っていたがそれも食べてしまった。皮ごときれいに食べてしまったので何も残らなかった。悠美の空腹は満たされた。そのうち悠美は眠くなってしまい、何もない牢屋の床にうつ伏せで眠ってしまった。
悠美は腹痛で目が覚めた。さっきの果実を食べたせいだ。お腹が少し膨らんでいる。さらに腹痛は激しくなる。お腹が痛いが、さらに下の方が痛い気がする。さらにお腹は膨らみ続け、妊婦のようなお腹になる。耐え難い痛みがくる。お腹の中に何かいて、蹴飛ばして外に出ようとしている。悠美は陣痛を経験したことはないが、これが陣痛なのかと思った。激しい痛みに悠美は声を上げた。
「痛い。痛い。痛いよ」
お腹の中の何かはさらに大きくなり、さらに強くお腹を蹴飛ばして外に出ようとしている。悠美はワンピースをまくり、ショーツを脱いだ。生殖器からぬらぬらとした粘膜に包まれた丸い塊のようなものが転がりだした。腹痛は止みお腹はぺしゃんこになった。丸い塊はすぐにあちらこちらふらふらと動き出しあっという間に悠美の膝ぐらいの裸の男の子になった。
「ママ、ここを抜け出そう。ママが大声で叫んだから、おじさんが来ちゃうよ」
男の子は、こともなく鉄格子の錠を開けた。ドシンドシンとブーツの音が聞こえる。
「どうした?何があった?」
男の不気味な低い声が反響する。悠美は男の子に手を引かれて牢屋を抜け出した。通路は真っ暗闇でひどいカビの匂いがする。男の子は悠美の右手を引いてどんどん進んでいく。どこをどう進んでいるのか全くわからない。男の子はどんどん大きくなり、悠美と同じくらいになる。
「いざとなれば、ママを背負ってあげる」
男の子はもう青年だった。青年は悠美を振り返ると、綺麗な白い歯を見せてニコリと笑った。
「ありがとう」
そういう間にも後ろからドシンドシンという足音が聞こえる。悠美が振り返ると、男が持っていると思われる松明の火がゆらゆらと見える。
「どこにいった?逃げられないぞ。どこにいった?」
男の低く恐ろしい声が通路に響く。悠美と青年は真っ暗な通路をあちらに行きこちらに行きしついに地上に出た。地上は真っ暗で、頭上にたくさんの星が輝いている。月は出ていない。青年は悠美を背負い、草原を駆けていく。目の前に川が流れている。ここに来た時に見た川だった。ボートが一艘ある。そのわき腹には裏野ドリームランドアクアツアーズの文字がある。青年は悠美を担いでボートに乗り込んだ。悠美を舳先に座らせエンジンをかけた。
「ママ、ガソリンは満タンだよ。このまま、逃げ切れるよ」
青年は嬉しそうにボートを出発させた。エンジンのゴロゴロ煩い音が聞こえる。青年はエンジンのそばで、船を操縦している。悠美は舳先に座ってゆらゆら揺れる暗い水面をぼんやり見つめていた。
「ママ、未来で待っているからね」
悠美はいつの間にかボートの中でうとうとと眠ってしまった。
優しい夜風に起こされて悠美は目が覚めた。船着場にいた。向こうにアクアツアーズの看板が見える。ここはアクアツアーズのボート乗り場。青年はもういなかった。あれは夢だったのだろうか。悠美はピンクのワンピースをめくり上げた。ショーツは履いていなかった。生殖器の周りが血で真っ赤に染まっている。確かにあの男の子は私が産んだのだと、悠美は思った。空を見上げると月が煌々と輝いている。星々が瞬いている。悠美はボートを降りると、急いで入ってきたフェンスの穴へ向かった。確かにフェンスには人一人通れる穴が空いている。その穴を潜り通りに出た。向こう側から車のヘッドライトが近づいてくる。悠美は大きく手を振った。
悠美は精神病院に入院している。悠美が発見されたのは7月30日。3人で裏野ドリームランドに侵入して1週間経っている。悠美は警察に保護された後、あそこで起こった出来事を全部話した。信じてくれる人は誰もいなかった。友美と守が行方不明になったのは事実だった。裏野ドリームランドの大掛かりな捜索が行われたが、結局二人は見つからなかった。この行方不明事件のせいで裏野ドリームランドの再開発はまた中止になった。
大島雄太は守の友人だった。行方不明の守をすごく心配していた。夏休みの暑い日、友人とプールではしゃいだ後、家に戻ると、玄関のところに見慣れぬ大きな封筒が置いてあった。自分の部屋で中を覗くと緑の果実が入っている。それに封筒が一枚。中には裏野ドリームランドのチケットが入っていた。
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