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煮えたぎる鉄

「……落ち着いたか?」

「ずびっ……はい……ごめんなさい……」

「良いんだ、構わない」


 未だに続く聖騎士と魔将の闘争を遥か彼方に、俺達はようやく、カジノの残骸の陰へ避難していた。


「……で、本題に入りたいんだが。君がラカンの一番弟子だと」

「……はい、そうです。私以外に弟子を取ってなかったので、正確には唯一の弟子ですが……」


 赤髪、赤目のエルスは、汚い布で涙と鼻水を拭き、まともな説明を始める。落ち着くまでに大分時間が掛かったが、この際それは言わないでおこう。


「それで、ゴホン、あー……ラカンは、その……ゴーレムを倒した連中について行けと?」


 本当はどうやって死んだのかが知りたかったが、それを訊くのはあまりに酷に思えて、喉まで出かかった言葉を変更する。

 エルスは何度も頷き、俺と麗佳を見上げて口を動かす。


「あのゴーレムは私達を襲うようになってて、誰も太刀打ち出来なかったけど、それをお兄さん達が壊してくれて……私、お兄さん達以外に居ないと思って、飛び出したんです」

「成程のう、そういう事じゃったか……」


 エルスがまるでヒーローを見るような目で見上げてくる。俺は照れそうになりながら、一方で別の疑問が首をもたげてきたのを感じていた。


「……まずゴーレムは何で人を襲ってたのかっていう疑問が残るけど……」

「それは……」

「聖騎士『ハルモニア』、魔将『タルタロス』」


 いつもの通り俺に説明しようとしたクズハの声に割り込みがかかる。声のした方を見ると、葉巻を加えたスキンヘッドの中年男性が立っていた。上等なスーツじみた服に身を包み、瓦礫の向こうから俺達を見ている。


 麗佳が警戒し、抜刀しようとした。だが瓦礫の陰から飛び出した偉丈夫が、柄を握る麗佳の手を押し留めた。同じく警戒の色をありありと顔に浮かべた巨漢だ。


「やめろグスタフ」

「でも兄貴」

「やめろ」

「……はい」


 グスタフと呼ばれた偉丈夫は、空いた手で固い拳を握っていたが、背後からの男性の声にしぶしぶ引き下がる。麗佳は不快そうに振り払い、尚も柄に手を掛ける。


「すまねえな、うちのモンが……兄ちゃん達、この街のモンじゃねえな。今ここに来たのは相当不運だぜ……顔を拭け、嬢ちゃん。ひでぇ顔だ」

「あ、ありがとうございます……」


 スキンヘッドの男は謝りながら瓦礫を踏み越え、エルスにハンカチを手渡す。顔には傷跡が大量に残っているが、不思議とこの男の顔立ちは損なわれていなかった。かなりコワモテだがいい人なのだろうか。

 俺は男に向き合い、その身なりを観察しながら問う。


「アンタは」

「俺? 俺ァ……大したモンじゃねえ。ただ、この街の惨状、見ただろ」

「? ……ああ。見たが」


 男は遠い目で瓦礫の山を見渡し、そして遠方、聖騎士と魔将の戦争を見る。雷光のように閃く激戦を。

 俺は男の視線を追い、同じように闘争を見やる。男は溜息を吐き、葉巻を口から外す。


「……あぁやってアイツらが争ってる理由、知ってるか?」

「……いいや、知らない」

「アイツらはよ。アイツらは……『聖遺物』とかいうものを探して、ここに来てるらしい。そのせいで、この街は滅茶苦茶になっちまった。クソ喰らえだ。ああ、すまねえ、兄ちゃんには関係なかったよな」


 男はやるせない顔つきで、瓦礫を見回す。そして膝を曲げて屈み、瓦礫に一輪の花と吸い掛けの葉巻を添え、軽く合掌して立ち上がる。


「聖騎士も、魔将も、自分達の目的のためならどんな事だってしやがる。ゴーレムだって、最初は俺達を守ってて、皆から愛されてて、そのハズだったのに、アイツら、魔法式、書き換えてよォ……ハッ。所詮俺達ぁ些細なエラーなのさ、連中にとっちゃな……」


 男の言葉は終始俺にとって謎めいていたが、奥に秘めた強烈な怒りはひしひしと伝わって来た。俺はあらためてこの男の正体が気になり、尋ねる。


「……アンタは一体」

「……いいのさ、俺の事なんて知らなくたって。ただよぉ、兄ちゃん。悪い事は言わねえからよ、用が済んだらさっさとこの街から出て行きな。死にたくねえだろ?」


 それだけ言うと、男は「じゃあな」とエルスの頭を撫で、またしても瓦礫の向こうへと消えて行った。偉丈夫も一礼し、男の背中を追って行く。俺は唐突に現れ、唐突に消えるその男の背中を見送った。


「……アレは」

「なんじゃお主、マジで知らんかったのか。アレは『ラージュ』。義理人情に厚い、この街の裏と表の『顔』じゃよ。カジノのオーナーでもあったハズじゃ」

「……そんな大物が、なんでここに居たのかしら」


 麗佳のもっともな疑問に、俺達は誰も返答できず、ただラージュが去って行った方向を見つめるだけだった。


「……と、とにかく、お師匠様の杖を取りに行かなくちゃ……」

「あぁん? お主、ラカンの杖をどっかにほっぽり出して来とったのか!?」


 エルスの言葉を耳ざとく聞きつけ、クズハが歯を剥き出して唸る。エルスは怖がってフードを抑え、クズハの牙から距離を取る。


「ごごご、ごめんなさい! でもでもだって、お師匠様が二人と一匹を連れてから杖を取りに来ないとダメだって……」

「はぁぁぁ~~~ん?? お主は二言目にはお師匠様、お師匠様と、自分で考えるという事をせんかい! あの杖が悪人に渡ったら酷い事になるぞ!」

「落ち着いて頂戴、二人とも。そんなに強力な力を持った杖なの?」


 仲裁に入る麗佳にも食って掛かろうとしたクズハだが、食事当番が麗佳なのを思い出すと途端に冷静になり、腕を組んで唸り出す。


「……アレは面倒な杖じゃ。周囲の魔素……ああ、大気中の魔法発動リソースの事じゃ……を、過剰なまでに収集できるという、良いんだか悪いんだか分からんようなシロモノじゃ。実際アレのせいで一国が滅んだという記述もある。ラカンほど優秀な魔術師ならいざ知らず、その辺の三下が手に入れたらと考えると……それを置いた来たと! この大馬鹿者! たわけ! 阿呆!」

「ごめんなさいぃぃぃ……」

「落ち着けよ、頼むからさ……」


 耳元でぎゃんぎゃん吼えられると耳が痛い。俺は顔をしかめ、クズハを押し留めながら屈み、エルスと目を合わせる。


「その杖は何処にある?」

「あ、あそこに」


 エルスが指さす先には摩天楼、高層ビル群があった。未だに聖騎士と魔将の戦争が続いている。時間を経てもむしろ激化しているように見えるが……。


「……成程、あそこに突っ込むって訳か……」

「気軽に出発進行、とは行かないわね……」

「弱気な連中め。根性で突破じゃ、突破」


 無茶を言うクズハを無視し、俺は頭を働かせる。忍者らしく、戦争の裏で見つからないルート取りをしなければなるまい。バルバトスに見つかっても良い事になるとは思えないし……。


「……走る事になるが、ついて来れるか?」

「あら、誰に物を尋ねてるのかしら、マサマサくん?」


 強気の返答に、俺は苦笑いする。そうだ、麗佳はあっちではスポーツも万能だったのだ。むしろ心配するのは俺の方か……。


「エルス、俺の背中に乗っかれるか?」

「肩は駄目じゃぞ! 儂の特等席じゃからの!」

「変な所で張り合うなよ……乗れるか?」

「は、はいっ! し、失礼します……」


 エルスが細い腕を俺の首に回し、しがみついてくる。思っていたより軽い。これなら走れそうだ。俺は天を衝くビル群を、上空から破壊を撒き散らす闘争を見つめる。


「ウズマサ―、小娘のせいで狭いのじゃー、頭に乗っからせろー」


 ……途中でこのクソ狐振り落としても誰も気付かないよね?


――――


 息を切らし、地面を蹴る。上空で繰り返される力の衝突が、はっきりと感じ取れる。


「もう少しじゃぞ、ウズマサ!」

「ハッ、ハッ、分かって、る!」


 走り出して何十分か、何時間か。時間すらはっきりとはしないが、今はもう夕陽が沈み、夜の闇が空を覆う。


 時折生じる斬撃波や光の衝撃が、ビルの谷間を抜け、地面を抉り飛ばす。そのたびにヒヤリとしながら、全力疾走で目的のビルまで駆ける。


「あそこです、あそこ!」


 エルスが指をさすのは、ひときわ大きなビルである。成程ラカンは高名な魔術師だったらしい。あんなに良い場所に住めていたのだから。


「ハッ、っちょっと、気を、紛らわせ、たいんだが!」

「おお、このクズハちゃんにお任せなのじゃっ!」


 二人を背負った状態での全力疾走があまりに辛いので、冗談のつもりで話題を要求する。だがクズハは目を輝かせ、嬉々として話を始めた。


「どうする? どうする? ここはやはり儂がSMプレイに興味を持ち始めた切っ掛けでも……」

「いや、それは、いいかな……!」

「文明レベルの違いについて訊きたいわ、クズハ」

「ちぇー、つまらんでやんの……」


 涼しい顔で隣を走る麗佳は、前々から気になっていたらしい疑問をクズハへ持ち出す。クズハは口を尖らせ、ぶつぶつ文句を垂れながら、それでも説明を開始した。


「……そうじゃのう。ウノダ村やサノダ村の文明レベルは低かったのに、どうしてアリスダムは……と思っておるじゃろう。それはの、ここに『龍脈』があるからじゃ」

「りゅう……みゃく?」

「左様、龍脈じゃ。魔素の噴き出す穴が龍脈に開いておってな、ここの住人の祖先共はそれに目を付けたのじゃ。溢れる魔素のお陰で、ここの土地の技術力、魔法は飛躍的な発展を遂げた。ただ、惜しむらくはその技術が龍脈なしには確立できんものじゃったという事じゃ。ゆえに、文明の格差が生まれておる」

「へえ……」


 一瞬辛さも忘れ、話に聞き惚れていた。が、上空から飛来した流れ弾がすぐ目の前の地面を削り飛ばし、瞬時に現実へ引き戻される。


 俺は跳躍し、出来た穴を跳び越える。が、麗佳は立ち止まり、跳べずに踏みとどまってしまう。


 無理か。目で訊くと、麗佳は首を振る。先に行って。私は迂回する。


「うむぅ、忍者のジョブくらい身軽でないと難しいかのう」

「なら、これだ」


 こんな時のためにとっておいた最終兵器を懐から取り出し、俺は対岸の麗佳へ投げ渡した。それは、サノダ村で俺を縛っていた、頑丈な荒縄である。


 麗佳は縄の端をキャッチし、首を傾げる。俺は頷き、くいくいとロープを引っ張る。それだけで察したのか、麗佳も頷き、ロープきつく握り締めた。


 俺は弾かれたように全力疾走を開始、麗佳を引っ張りながら前進する。麗佳は穴の手前で跳躍する。それを引っ張り、俺はなおも前進続行。僅かに伸びた跳躍距離で、麗佳は穴のふちにギリギリ着地し、ロープを追って疾走を再開する。


 俺もロープを巻き上げながら走り続ける。エルスが目を輝かせて感動の溜め息を漏らし、クズハは興奮で息を荒くしている。


「お、おいウズマサ、その、後で儂もギチギチに縛ってもらえんかの? こう、官能的な感じに、こう……」

「断る……」


 妙なことを言い出すクズハを無視し、俺はとうとう扉を蹴り破ってビル内部へと突入する。少し遅れて麗佳が進入し、刀を構えて周囲を警戒する。


 誰も居ない。俺は呼吸を整え、上へと昇る階段を見る。


「もう少し、歩く必要があるか……」


 未だに聖騎士と魔将の戦争は終わっておらず、強烈な衝撃に時折ビル全体が揺れる。恐れている暇はない。登って杖を確保するのだ。もしかすると、何か今後のヒントがあるかもしれない。


 俺は自分に喝を入れ、階段を昇り始める。もう少し、もう少しだ。脚の筋肉がパンパンになり、限界が近い。だが、自分の道を閉ざすわけには行かない。俺は、自分がどうして此処に来たのかを知るのだ。


 何度目かの踊り場に差し掛かり、俺は数段を駆け上った。壁に書かれた『30F』の文字。もうかなり上まで来たのだ。


 ビルのガラス越しに見える外は、完全に夜の闇に飲まれている。俺は一旦休もうと、壁に背中を預けようとした。その瞬間!



 夜の闇を切り裂き、光が点灯した。俺は目を細め、手で視界を庇った。麗佳は刀を構え、警戒している。


 光源は何だ。俺はそれを確かめようと、光の方向を見た。凄まじい音が聞こえる。ジェットエンジンの駆動音が。光に目が慣れ、俺はそれをはっきりと視認した。


 鉄のクジラが飛んでいた。そうとしか形容しようのない、巨大な鉄塊が。その腹部、アフターバーナーからは青白い炎が噴き出し、力強く浮遊している。人工物だ。


 俺は更によく観察しようとし、そして直後、死の予感に身を任せ、麗佳を押し倒した。ビルのガラスを突き破り、ミサイルじみた物体が飛来、俺達の頭上を通過して行った。遥か後方で爆発が起きた。


「なんだアレは……!」

「アレは魔導船!? どこの所属じゃ!?」


 あまりの轟音に耳を寝かせ、クズハが叫ぶ。鉄のクジラはその両脇からガトリング砲じみた武器を展開させる。


「ちょっと武装が現代的すぎないか!」

「アレは魔力連装砲! 注意せよ、龍脈のすぐ上のアリスダムでは実質無限装填じゃ!」


 クズハの警告が早いか、ガトリング砲は回転を開始、紫色の弾丸をビル目掛けて叩き込み始める。俺と麗佳はほぼ同時に横っ飛びに転がり、弾丸の嵐を回避しながら立ち上がる。


 もう一つの戦争が幕を上げた。


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