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カオスの息吹

 彼は嵐のような存在感が迫るのを感じながら、呆然と立ち尽くしていた。ただ、そう、彼は今日食べる予定だった晩御飯の事とか、母親のぬくもりや、いつも仕事に疲れて帰って来ていた父親の事を考えていた。そんな日常が、突如として遠い、叶えがたいものになってしまった事を。


 少女が放った白い雷が、黒い霧に衝突し、爆発しながら飛び散った。少年にその雷の破片が当たる寸前に、疾風のように飛び込んできた影が雷を叩き落す。


「……フン」


 黒い騎士は背後の少年が無事なのを確認すると、不機嫌そうに鼻を鳴らし、煙を上げる拳を拭う。


「バルバトスちゃんは優しいわよねぇ……ラカンと戦った時も本気でやってくれればよかったのに」


 全身黒タイツの美女がその背後から声を掛ける。からかうような声色に、バルバトスの兜の奥、紅の眼光が明滅する。


「非戦闘員の悲鳴など耳障りなだけだ。それに、ラカンなどという老い先短い魔術師、聖騎士に利用される前にくたばるだろう」

「……そんな事言っちゃって。あの人、末期の病気でしょ? だからちょっとでもお弟子さんと一緒に居させてあげたかったのよね~? 自己投影させちゃって、可愛いんだから」

「今日はお前から斬るのも悪くなさそうだな」


 バルバトスの殺気が膨れ上がる。黒タイツの美女はなおもからかおうとしたが、黒い霧が白い雷に圧され始めたのを見ると、その雰囲気を切り替えた。


「ちょっと援護が必要かしらね? タルタロスちゃんもずっと戦いっぱなしで消耗してるだろうし」

「最初からそのつもりだ。行くぞ」

「はいはい」


 バルバトスと美女が黒い霧に向かって歩こうとした次の瞬間、屋根から降りてくる影があった。バルバトスらは素早く跳び退き、警戒して構える。


 影は二つ。真っ白な全身から、聖なる光のオーラを漂わせている。

 一方は大きな円盾を両手に構え、兜の中から油断のない眼光でバルバトスを睨む。

 一方は大きな弓に矢をつがえ、切り裂くような敵意で美女を睨む。


 聖騎士が立ち塞がったのだ。バルバトスも腰から大剣を引き抜き、美女も短剣を構えた。


「黒の騎士、バルバトス」

「守護戦士、センチネル」


 闇を放つ騎士が名乗れば、両手に円盾を握る騎士も名乗り返す。


「アリアドネで~~す」

「……ボルトヘッド」


 力の抜けるような美女の名乗りに、弓の聖騎士は嫌悪するような視線で応える。


 土を踏みしめる音が鳴る。センチネルが両手に円盾を構え、すり足でバルバトスとの距離を測る。バルバトスは大上段に大剣を構え、容赦なく振り下ろした。


「黒斬り」


 闇の奔流がセンチネルを目掛けた。聖騎士は素早く盾を身体に密着させ……。


――――


「なんだアレ……」


 丘の上、アリスダムを見下ろせる場所に出た俺達にも、その光景は見えていた。街を囲む南門を突き破り、闇の津波が流れて行く。


「おおー……おおー。バルバトスがハッスルしとるの。身内のピンチにでもあったのかのう?」


 俺の肩の上からその惨状を眺め、クズハがもの珍しそうに声を上げる。バルバトス。その名を聞き、追い回された嫌な記憶が蘇る。


 と、闇の流れを跳ね除け、光を全身に纏った存在が飛び出した。そのままの勢いでアリスダム内部へと駆け戻って行く。


「ははぁ、聖騎士と戦っとるんじゃの。元気そうで結構じゃ」

「言ってる場合かよ……」

「お主こそ、言っとる場合か。さっさとアリスダム内部に忍び込め。またとないチャンスじゃぞ、ほれほれ!」


 クズハに急かされ、麗佳と目配せし合うと、崩れた門から街の中へ駆け入って行く。門の残骸を踏み越えた俺達は、それまでの非文明的な世界観を改めることとなる。


 まず目に入ったのは、遠方に聳える摩天楼だった。天を衝くようなビル群が、霞みながら視界に入る。そして近くにある、荒み切った瓦礫の群れ。


「ウズマサくん!」


 叫びの直後、横から押し倒される。直後、俺の上半身があった場所を、光の矢が通過した。


「ぼーっとしないで! ここは戦場よ!」

「悪い……」


 麗佳に叱責されながら、俺は起き上がる。遠く、光り輝く点と、闇を放つ点がいくつもぶつかり合い、火花を散らしている。

 俺は悟った。アレが魔将と聖騎士の戦争だ。こうして流れ弾がいくつも人の生活に影響を与えているのだ。


「とにかく、ラカンについて尋ねて回って、さっさと目的を果たそう……!」


 腰を屈め、面積を少しでも小さくしながら裏路地へ走り出す。俺達の頭上を何度も雷や光の矢が通過してゆき、そこら中に当たって爆散する。


「この状況じゃそれも厳しそうね……ッ!! 止まって!」


 麗佳が走る俺の背中を掴み、急停止させる。俺の目の前数センチに、裏路地を塞ぐように巨大なレンガの塊が落下してきた。

 すわ流れ弾か、そう考えた俺は直後に違和感を感じ、バックステップで跳び退がる。レンガの腕が地面に叩き付けられ、轟音を上げる。


「侵入者、発見、しました、潰す」


 たどたどしい言語を操るそれは、赤茶けたレンガで作られた身体を起こし、俺達を睥睨する。これは……。


「ゴーレムじゃの。侵入者を殺すための仕掛けか。うぅむ、ちいとばかし警備システムを嘗めとったかもしれん……」


 クズハが唸る。ゴーレムは敵を待たず、5メートルはあろう巨躯から拳を繰り出す。


 俺はクナイを両手に精製し、拳を受け止めようとする。だがあまりの威力に吹っ飛ばされ、瓦礫の中にめり込んだ。


「おうぐっ……」

「馬鹿たれ、体格差を考えんか。あーあ、今のは取り得る行動の中で最悪の部類じゃぞ」


 クズハの声を聞きながら、既に朦朧とし始める意識を奮い立たせる。麗佳はゴーレムが振り回す腕を躱し、ちくちくと斬撃を叩き込んでいる。


「チッ」


 ゴーレムの腕が払われ、麗佳を振り飛ばす。彼女は素晴らしい運動神経によるバク転で威力を流し、刀を構える。ゴーレムの身体の傷は片っ端から修復されて行き、跡も残さない。


 もっと奥まで斬撃を届かせる必要がある。麗佳は深呼吸し、強烈な踏み込みを繰り出そうとした。


 だが次の瞬間、ゴーレムは突如機敏な動きで拳を振り下ろし、麗佳の頭を狙った。唐突なスピードの爆発に、侍は対処しきれない。アドレナリンが噴き出す中、彼女は迫る死を思った。死ぬのは二度目だ。


 だがその瞬間はやって来なかった。拳が麗佳を叩き潰す寸前に、疾風が彼女を連れ去った。ほぼ同時に、ゴーレムの拳が石畳を割った。


「……セーフか」


 俺は背後に衝撃を感じながら、腕の中の麗佳を見る。なんとか怪我はないようだ。麗佳は目を丸くして俺を見ていたが、穏やかに笑い、腕から降りた。


「……余計なお世話よ、マサマサくん」

「へいへい……」


 ともかく素直に礼の言えない女だ。俺はクナイを両手に握り、ゴーレムを見上げる。地面から拳を引き抜き、ゆらりと構えるその巨体を。

 生半可な攻撃は通用しないだろう。


「どうする。アレはちょっとやそっとじゃ傷付きそうにない」

「分かってるわ。ちょっと無茶をしなきゃ駄目ね……」

「ふぁあ……あんまり長引かせるでない。ゴーレムは動力源を体内に隠し持っとる。それを上手く狙うんじゃ」


 肩の上、観戦していたクズハが欠伸まじりに助言を出す。俺は麗佳に目配せした。


「……やるか」

「ええ」


 麗佳と頷き合い、素早く駆け出す。ゴーレムは咆哮し、俺に向かって拳を振り上げる。俺は想像の中、自分の体内に『色』を溜めた。遁術行使。


「火遁……」


 俺は掌をゴーレムの顔面へ向け、唱える。掌から飛び出した爆炎がゴーレムの顔に叩き付けられる。だが石の巨人は多少焦げた程度、ダメージは全く感じさせず、炎を突き破って拳を繰り出す。


 が、その腕に侍が着地した。侍の深呼吸が響き渡った。ゴーレムは炎に視界を侵食されながら、もう一方の腕で侍を叩き潰そうと振り上げる。それはいかにも遅い。


 侍は力強く後ろ足を蹴り出し、踏み込んだ。激烈な斬撃がゴーレムの首を刎ねた。石の巨人はよろめき、後退った。まだ死んでいない。


 跳躍した視界で、俺は首を失ったゴーレムを見下ろしていた。首の断面からは、レンガの肉体に混じり、黒い塊のようなものが見え隠れしている。アレが恐らく、ゴーレムを動かす『主軸魔力』だ。狙うべきはそこである。


 俺は急降下しながら火遁を纏わせた拳を振り下ろし、黒い塊に直撃させた。拳にまとわりついた黒い塊は、どくりと、心臓のように鳴動した。直後、火遁がさく裂した。


 レンガの身体が爆散し、ゴーレムの下半身が行き場を失って倒れ込む。侍は暫く残心の姿勢を解かず、その残骸を見下ろしていた。俺も拳を引き抜き、ゴーレムから距離を取る。


 5秒、10秒待ってもゴーレムが起きなかった時、ようやく俺達は警戒を解いた。


「やりやがったのか……」

「アイツらがやってくれたんだ、あの石の怪物を」

「嘘だろ? どうやったってんだ……」


 周囲から声が聞こえる。見れば、瓦礫の陰から俺達を見詰める人々が居た。その雰囲気に違和感を感じ、俺は首を傾げる。


「……もっと敵視されるものと思ってたけど、そうでもないのかしら」


 麗佳が腰に刀を納めながら、周囲を見回して呟く。


「ふぅむ。普通、自分達の生活を守る尖兵が破壊されたらもっと危険視して、通報とかしそうなものじゃがの……何かあるようじゃの。じゃがそんなものは関係ない、さっさとラカンを探すのじゃっ」


 クズハが肩の上で言うのを聞き流しながら、俺は瓦礫の後ろに居る人々を観察しようと目を凝らす。汚れてはいるが、少し前まで普通の生活をしていたような恰好だ。中には子連れの家族のような人も居る。

 一体どういう連中なのだ? それを考えようとした俺の袖が引っ張られた。


「なんだ」


 てっきり麗佳だと思い、ぶっきらぼうに返答する。だが視線をそちらにやると、フードを被った小さな人物だと分かった。クズハより少し大きいくらいの……誰だ?

 麗佳は警戒し、刀の柄に手を掛けている。それを押し留めながら、俺はその人物を見下ろす。


「えー……誰だ?」

「い、いま、ゴーレム、壊しましたよね? 壊しましたよね?」


 挙動不審な態度で尋ねてくるソイツ。声は少し高く、少年なのか少女なのか判別がつかない。

 俺は麗佳と顔を見合わせ、どう返答したものかと思案する。クズハも肩をすくめ、それを見下ろしている。


「……ああ、壊した。襲い掛かって来たからな」


 微妙に弁解がましい口調になりながら、少年に答える。


「よ、よかった。じゃあ、こっち、きてください」


 言うが早いか、俺の手を引いて摩天楼の方へと駆け出す少年。流れ弾がいくつも前方の地面で弾ける。聖騎士と魔将の戦いは摩天楼の上空で激化する一方である。

 冗談ではない、地獄に突っ込むようなものだ。俺は慌てて少年の手を掴み、止める。


「待て待て、何がどうしてそっちに行くんだ。というか、お前は誰なんだ」

「そうね、マサマサくんの言う通りよ。そんな男でも、理由なく挽肉になるのは哀れよ」


 ほんっとに一言多いですよね、このニシローランドゴリラ……。


「ご、ごめんなさい。私、ラカン様の一番弟子のエルスって言って……」

「ラカン!?」


 思わず叫ぶように聞き返す。それは俺達が今一番会いたい男の名前だ。エルスはびくっと身体をはねさせ、わたわたと説明を続ける。


「ご、ごめんなさい……でもでも、お師匠様が仰ったんです、『石の巨人を倒す二人組と一匹がお前を救うから一緒に居なさい』って……」

「なんじゃ一匹って! どういう事じゃ! むしろ儂一人でええじゃろ!」


 鼻息荒く訂正させようとするクズハを無視し、エルスは赤い目で俺を見上げる。こいつ凄いな、初見でクズハを完全無視か……。将来有望かもしれん。


「取り敢えず、ラカンに会わせてくれ。話はそれから……」


 そこまで言い、俺は気付く。エルスの目が潤んでいる。ものすごい大粒の涙が目のふちに溜まり、今にも零れそうになっている。えっちょっと待ってどうしたの……。


「らっ……らかんさまは……おししょうさまはぁ……うっ……く……」


 あーあーあー! 泣かないで! お願い! なんで!? なんで泣くの!? 


 俺の願いも虚しく、ぽろぽろと涙がこぼれ落ち、エルスは盛大にしゃくりあげ始める。


「うっ……動かなくなって……しんじゃって……」

「しっ……」


 俺は絶句した。会いたかった魔術師が死んでいた? これでは……これでは、道が閉ざされてしまったのと同義ではないか。

 そんな俺の胸中も無視され、エルスはとうとうぼろ泣き状態に陥る。麗佳とクズハはゴミを見る目で俺を見てくる。


「あーあ、泣かせたわね。あなたが屑なのは知ってたけど、小さな女の子を泣かせるほどとは思わなかったわ」

「おーおー、泣かせたのうお主。流石の儂も擁護できんぞ、変態ロリコン野郎。泣かせるのはベッドの上だけにしておくのじゃ」


 泣きたいのは俺なんだが。蔑まれながら、俺は途方に暮れてエルスの頭を撫で続けた。遠くで続く戦争の流れ弾がそこら中で弾けていた。


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