卵の出発点
「集中が乱れとるぞ!」
肩の上のクズハに怒鳴られながら、俺は両手のクナイを投擲する。目の前、2メートルはありそうな緑のコブラは、飛来するクナイをしなやかな尾で弾き落とす。
横から踏み込んだ麗佳の抜き打ちがコブラの首をめがける。が、コブラは筋肉のバネを利用、素早く跳び退き、毒液を吐いた。
俺は咄嗟に火遁を放つ。空中、毒液と炎がぶつかり、蒸発する。その炎を突き抜け、影がコブラ目掛けて飛び出した。コブラは驚き、警戒しようとした。遅すぎる。
既に緑の巨躯の向こうに侍が着地していた。彼女は長い息を吐き出しながら、刀を鞘へ納める。鍔と鞘が触れ合い、キン、と鳴った。コブラの首がずるりと落ちた。残された胴体は暫く立っていたが、やがて力を失い、痙攣しながら倒れた。
「……やった」
「時間掛かり過ぎじゃがの。さあ、今日はこの辺でテントを張るのじゃ!」
相変わらず厳しいクズハに指摘され、俺は肩をすくめて腰のポーチから野営の道具を取り出す。麗佳はすぐには動こうとせず、死んだコブラにしばらく祈ってからこちらに戻って来た。
「食糧、準備しておくわ」
「頼んだ……」
暮れて行く夕陽。小高い丘の麓にて、俺達はその日の夜を過ごす事にした。
――――
「で、今日の反省会じゃが!」
どこから引っ張り出したのか、ホワイトボードにマジックペンで『夏の大反省会』と書きながらクズハが言う。テントの前に掘ったくぼみの中、焚火が燃えてボードを照らす。
「レイカ、魔法の素養にさっさと目覚めよ! ウズマサ、お主はまだまだ遁術を使いこなせておらん! 二人でようやくまともに戦ってる状態じゃ! これじゃあこの先の魔物に太刀打ちできるか分からんぞ!」
「あら、魔法なんてなくったって私は立ち回れるわ」
「今はの、今は。その内ただの剣術ではどうしても戦えん魔物が出て来る。そういう時のためにさっさと目覚めといた方がお得なのじゃ」
「……そうは言っても、一朝一夕でどうにかなるものなの?」
クズハの言葉に、不服そうな麗佳が口を尖らせる。幼女狐は得意げに懐から何かを取り出すと、麗佳の目の前にそれを置いた。
それは、一見何の変哲もない石である。
「……で、この石がどうかして?」
「ふふん、これはな……ウズマサ、これに手をかざしてみよ。レイカ、ちゃんと見とくのじゃぞ!」
「手? をかざすのか?」
「いーからほれ!」
促されるがままに石に掌を向ける。次の瞬間、石は強烈な熱を帯びて真っ赤に染まった。
俺と麗佳は唖然として固まっている。クズハは無い胸を張り、人差し指を立てて嬉しそうに説明を始めた。
「これは『属性石』という、超が付くほど貴重な代物でな。意識を向けた人物の魔力を感じ取り、表面にそれを発露させるという極めて特異な性質を持った石なのじゃ! 言っとくけど、サノダ村やらウノダ村やらのルビーとかと比べ物にならんくらい貴重なんじゃからな! 割るなよ!? 絶対に割るなよ!?」
割ったら死ぬほど落ち込むんだろうなぁ……割ってやりたいなぁ……。
「と、言う訳じゃ! レイカ、ともかく手をかざしてみよ! 自分の魔力の属性を知ってるのと知らないのとじゃ大違いじゃぞ!」
「……そこまで言うなら。こうかしら?」
クズハの勢いにおされ、麗佳は掌を石に向ける。俺は石に起こる変化に期待し、脇から覗き込む。
が、石はその表情を一切変えず、ただそこに鎮座していた。わびしい風が吹き抜ける。
「……えーと?」
「……うむぅ? 読み込みエラーかのう? レイカ、もう一度じゃ」
「え、ええ。こう?」
読み込みエラーって何だよ……。なんでお前はちょくちょく世界の闇を匂わせる発言をするの?
麗佳も戸惑いつつ、再度掌を石へかざす。今度こそ何か起こるだろう、そう思って俺も石へ目をやる。
だが今度も、石はただそこにあるだけだった。やけに寒い風が吹き、俺の期待の熱を奪ってゆく。
「んん? んんんんん!? な~んでお主の魔力属性は発現せんのじゃ!?」
「……魔力の才能が無いとか?」
「有り得ん! どんな奴にも必ず『主軸魔力』があるはずなのじゃ! 仮に魔法に目覚めなかったとしても、その魔力の性質はここに現れるはず……むむむむ! これじゃあ魔法の修行がつけられんではないか!」
叫ぶクズハに肩をすくめ、麗佳は溜息と共に言葉を吐く。
「……分かったわ。じゃあ私は剣術の修行をして、あなた達はいつも通り魔法の修行。これで良いわね?」
「うむぅ……了解したのじゃ……でもそっちも見に行くからの!」
「はいはい」
生返事を返し、麗佳は木刀を握って立ち上がり、歩き出す。クズハはその背中を見詰めていたが、急に俺を振り向くと、びしっと顔を指さしてくる。
「さあっ、今日も今日とて遁術の修行じゃ! 今日の戦い、なんじゃあの適当な火遁は!」
「いや、だって戦いの中でそんな集中なんて出来ないし……」
「戦いに集中できん奴がこの先で生き残れると思うなよ! 良いか、お主は無意識のレベルで遁術を使えるようにならんといかんのじゃ。遁術と魔法は似て非なるもの。儂がするのをようく見ておくのじゃ」
クズハが指を立てる。その先の空間から炎の玉が現出し、ぼうぼうと燃え盛る。クズハが指を畳むと、その炎はすぐに消えて失せる。
「これが魔法じゃ。対して、遁術はと言うと」
クズハがまた指を立てる。その指そのものから炎が噴き出し、夜の闇を切り裂く。遁術の方が激しく燃える印象を受けたが、これもクズハの意思で決定されるものなのだろうか。
炎を納め、クズハは腕を組む。
「ま、こんなもんじゃの。簡単に説明すると、魔法は体内と体外の要素を使って発動させる。遁術は体内だけで要素を完成させ、外へ放出する。そんなもんじゃ。ほれ、ちっとやってみろ」
「お、おう……?」
いまいち感覚が掴めず、それでもやってみようと、あぐらをかいて座り込む。体内で要素を完成させるというのはよく分からない話だ……。
「んー、そうじゃの……身体の中に色をイメージするのじゃ。その色が自分の身体の枠を通して体外に噴き出す感覚で……」
色。俺は自分の身体を思い浮かべる。その身体の中に、色を詰めてゆく。不思議とその光景はすんなり思い浮かんだ。自分の身体の中に次々に色が入って行き、充実してゆく。そしてその色はとどまる所を知らず、
「馬鹿者! さっさと放出せい!」
怒鳴り声に目を開く。次の瞬間、俺の背中から凄まじい勢いで炎が噴き出した。俺は地面に手をつき、炎の勢いに耐える。
俺の目の前、クズハは蒼白な顔で尻尾に身を包んでいた。何かは分からないが、危ない所だったらしい。徐々に納まって行く火遁。
クズハは咳払いし、静かに仕切り直す。
「……言ってなかった儂も悪いな。魔力は循環させずに溜め続けると爆発する。いや、一瞬であそこまでお主の魔力が膨れ上がるとは思っておらなんだ……」
「よく分からないけど、それって凄い事なのか?」
「戦闘中に出来れば、な。こわっぱめ、自分の才能に酔おうとするでないわ」
俺が少しでも嬉しそうな声色になるとすぐに辛辣な意見で水を差してくるからなコイツ。いや、言ってることは正論なんですけども……。
「良いか小僧。戦場で才能は通用せん。個と個、或いは個と多のぶつかり合いの中、信用できるのはおのれの実力のみじゃ。それは才能ではなく、どこまで行っても個でしかない。忘れるな。才能の手綱を握れねば、破滅が待つぞ」
にわかに真剣な声色になり、クズハが俺をまっすぐ見据える。俺は何か言おうとしたが、それを正しいと認識すると、途端に何も言えなくなった。
「……ああ、分かってる」
「ま、乗馬で例えれば分かりやすいのう! どんな優秀な馬がおっても、乗り手がしょぼければ振り落とされる! どんなしょぼい馬でも、乗り手次第で速く走れる! お主はそこそこ速い馬を手に入れたのじゃ、相応の努力を見せれば必ず結果はついて来るのじゃ!」
あれ、何かいい事言ってるなこの狐幼女……まるで本当の師匠みたいだ……。
「……全く、儂はディープコンタクトに賭けとったのに……堅実に稼ごうと思っとったのに、騎手がヘタクソなせいで……」
とか思ってたら何言ってんだお前。競馬か。競馬だろ。賭け事に堅実もクソもあるか。
ともあれこうして教えをもらえたのだ。俺は遁術をより自然に扱えるようになるべく、再度意識を集中させる。
「うむ、あと半刻ほどは頑張れよ。儂はちょっと麗佳の方を見てくるのじゃ。くれぐれも、溜めすぎ注意でな!」
遠ざかる声を曖昧に聞きながら、俺は深呼吸した。体内の魔力が陽炎のように霞んだ。
――――
「ふっ! ……ハッ! ……」
木刀で基礎的な動きを繰り返しながら、麗佳は虚空を睨み続ける。長い髪が揺れ、汗が散る。だがその動きには一部の乱れも無く、機械のように美しいフォームを維持し続けている。
「おうおう、精が出るのう」
樹の上からそれを見つめる影あり。クズハが麗佳の修行を見下ろしているのだ。
麗佳は額の汗を拭い、クズハを見上げて口を開く。
「あら、マサマサくんのお世話はいいのかしら?」
「基本は教えたのでな。一度に全部教えても消化しきれんじゃろ」
それもそうねと、麗佳は納得しながら木刀を担ぐ。
「ちょっとお主、この木に打ち込んでみるのじゃ。その刀捌きのほどを見極めてやろうぞ」
「あら、小さな子供にそれができて?」
「見くびるな小娘め。良いからやってみんか」
馬鹿にされてむっとしたクズハに言われ、麗佳は木刀を両手で握って木に向かい合う。
静かな空間。風が吹き流れ、樹が揺れる。麗佳は深呼吸し、一瞬目を閉じる。そして、破裂するように息を吐き出し、その時には既に木刀を打ち込み終えていた。
遅れて揺れる樹の幹。その振動を感じながら、クズハはうんうんと頷く。
「悪くはないかの。ただ、そうじゃの、踏み込みにインパクトが足りぬのう」
「インパクト……」
「言い換えれば、重さじゃ。おなごじゃから仕方ない、とは言わんぞ。速さを重視するあまり重さが欠けておる。後ろ足を蹴り出す時にもう少し重心を意識してみるとか」
「ふぅん……」
麗佳は木刀を構え直し、もう一度全身に呼吸をみなぎらせる。そして、裂ぱくの気合と共に、激烈な打ち込みを繰り出す。
が、クズハは満足できず、ゆさゆさ揺れる樹の上で顎をさする。
「……なんでじゃろうな。お主が痩せすぎなんじゃなかろうか……特に胸とか」
「殺すわよ」
「うん、ごめん。筋肉をもう少しつけてみると良いかもしれんの」
微妙に殺気立ちながら、それでも麗佳はこのアドバイスについて考える。確かに、一撃が軽いというのは的を射ている。それを手数で誤魔化すタイプだったのだが、この先に次々手練れと出会うと考えると、心もとないというのが本音だ。
「これに関しちゃ、それこそ一朝一夕じゃどうにもならんかのう。踏み込みをもう少し研究するのが課題になるかの。儂、侍じゃないから適当な事言えぬけど」
「……いいえ、参考になったわ。有難うね、クズハ」
「うぇへへへ、礼には及ばんという奴じゃよ! たまにご飯とか増量してくれるだけでいいのじゃ!」
「はいはい……」
クズハの底なしの食い意地に呆れながら、麗佳はもう一度、基礎の動きを繰り返す。踏み込みを、重く、且つ速く。美しい舞いのように、重い鉄のように、彼女は型を極め続けた。
――――
低く、重い音が部屋を揺らした。ぱらぱらと落ちてくる天井の破片に、酔いつぶれて眠っていた男が目を覚ます。白い髭まみれの顔に、油断ならない眼光が宿る。
彼はだるそうに目を擦り、椅子の上でのびをする。
「なァんだ、また誰か戦っとんのか……」
「ハルモニア様とタルタロス様が……」
「チッ」
弟子の報告を聞き、最悪の機嫌になりながら、彼は傍に置いてあった酒を掴んであおる。そしてビンから口を離し、ぶつぶつとぼやく。
「……なァにが、栄光と娯楽の街アリスダムだ……現実はこうだ。カオスと悪意の寄せ集め、クソの塊……カーッ、くだらん……」
老人がそこまで言った直後、部屋の壁を砕き、黒龍が侵入してきた。弟子は椅子からひっくりかえって気絶する。だが老人は動じない。
黒龍はその実、威圧感が見せる幻だった。黒い鎧をまとった騎士が、壁を突き破って入って来ていた。
「……ノックのひとつもできねえのか、礼儀知らずめ……」
「貴様が欲の果てを見る魔術師、ラカンだな」
黒騎士は腰に帯びた身の丈ほどの大剣の柄に手を掛け、椅子の上の老人を見る。老人は肯定も否定もせず、ただ酒をあおる。
「我が名はバルバトス。共に来てもらおうか、貴様の力は有用だ」
「……けッ、どいつもこいつも……」
老人は笑い、傍に置いてあった杖を掴み、気絶した弟子の傍へ放り投げる。そして立ち上がると、両手に炎と水の魔力を纏わせ、笑った。
「力が欲しいなら従わせてみろ、若いの」
「……」
バルバトスは鞘の機構を起動させ、大剣を抜いて構える。
数秒後、アリスダムの高いビルの一角で爆発が起こった。