第二話
「最近、ネクタイをつけないことを推奨するような環境が出来ているけど、私はすごく不満なのよね」
彼女は不意にそう言った。そして僕のネクタイを弄びながら、耳元に息を吹きかけた。
「聞いたことがない?ネクタイは男性自身を意味しているって?」
「は、はい・・・・・?」
「だから、私は、ネクタイが曲がっていたり、緩んでいたりするのを見ると、絞めたくなるのよね」
そうか、彼女は僕のネクタイが曲がっていたことに気づいて、人目に付かないように直してくれているのか?確かにネクタイに慣れていない僕は、彼女のような完璧な女性には見逃せないことだったのかもしれない。しかし、それにしてはきつく締めすぎだと思う。
「ところで、私は幾つだと思う?」
彼女の声は僕の耳から、そして、彼女の髪は僕の顔に張り付き、そして、彼女の甘い香りは僕の鼻腔から、僕の精神を蝕んでいく。
「実はね。・・・・・歳なの」
そのとき、僕の意識は一時的にハッキリとした。一瞬、「嘘だろ?」と叫びそうになった。そう思ったのは当然だ。彼女は僕の母よりも年上だったのだから。ただ僕はネクタイで締め上げられているので、声が出せなかった。
「若く、見えないかしら?」
「は、はい・・・・・」
僕は擦れた声で何とか、答えた。しかし、「その手を放してください」までは言えなかった。息が出来ないだけではない。何かに幻惑されて、体から力が抜けていく。
「実は秘訣があるの」
彼女はそう言った。そして、さらに僕のネクタイを強く絞める。さすがに限界まで来た。視界がぼやけ、彼女の声もどこかエコーがかったように聞こえる。
「ネクタイはあなた自身。あなたを絞めることで、絞り出せるの」
絞り出せる?何を?
そのとき、僕はぼやけた視力で意外なものを見ていた。苦しさに大きく開かれた僕の口から、白い霧状のナニカが出ている。胃液とも吐しゃ物とも違う。僕自身が絞り出されたような感じだ。
「ウフ、美味しそう」
彼女はうれしそうに言った。そして、その白い霧状のナニカを吸い込んだ。その後、彼女の肌が光り輝いて、長い黒髪が一本一本、意思を持ったかのように踊った。彼女は間違いなく若返っている。ぼやけた視力でもそれは分かった。それほど彼女が眩しく見えたのだろう。