第一話
4月は新たな生活の始まりの月である。
今年、僕はめでたく新社会人として人生の新たな一歩を踏み出すことになった。
大学生活とは全く違い、バイトとも違う、正社員としての始まりはわずかな緊張感があった。
しかし、そんな僕にとって、さらに緊張させることがあった。ことというよりも存在と言った方がいいかもしれない。
それは直接の上司に当たる女性課長である。彼女は30代前半くらいだろうか、知的な印象を与えるキャリアウーマンであった。この部署は他に若い女性が多くいたが、その誰よりも彼女は魅力的だった。他にはない知的な色気があったのかもしれない。
そんな彼女に僕はある日、呼び出された。備品室で在庫整理の手伝いをするという名目だったが、入社数週間で、未だに新人気質が抜けない僕に対して発破をかけようとしているのはよく分かることであった。
「あなた、まだ学生気分が抜けていないんじゃなくて?」
備品の入った段ボールの確認をしている僕に彼女は言った。
「そんな、ことはありません・・・・」
そう言った僕のすぐ眼前に彼女の顔がある。狭く薄暗い部屋なので、距離は余計に近く感じられる。
「そう、・・・・でも、仕事はお金をもらうためにやっているの。バイト気分はやめてね」
これは心外な意見だ。確かに学生気分が抜け切れないのは認めるが、それをバイト気分と思われるのは納得できない。
「僕は真剣に仕事に取り組んでいるつもりです!」
僕は思わず、相手が上司であることも忘れ、声を荒げていた。すぐに冷静になる僕。今の失態を理解し、青ざめているのが自分でも分かる。しかし、彼女は意外にも微笑んでいた。
「いいわね。見どころがありそうだわ。私が見込んだだけはある」
「課長が私を?」
僕は彼女に問いかけた。すると彼女は僕のネクタイに手を伸ばし、掴んだまま、体を押し付けるように密接させてきた。
「履歴書を見たときから、あなたを私のところに入れるつもりだったの。あなたが私の思う若さと気力が溢れる人だと分かっていたから」
そう言いながら、彼女は僕のネクタイを絞めた。僕は備品室の壁に追い込まれ、逃げ場を失っていた。
そんな僕に彼女の甘い息がかかる。
彼女の長く艶のある黒髪が、まるで意思のある生き物のように僕の顔に触れてくる。
彼女の長い爪が僕の首筋を刺激する。
そして、彼女のハスキーな声が僕の聴覚から入り、脳内をマヒさせる。
「あ、あの、こんなことをして、誰か、来たら・・・・」
「その心配はないわ。鍵かけているから」
これは計画的な犯行か?でも、これは僕が心のどこかにあった願望なのかもしれない。現に僕は彼女の魅力にすっかり陶酔していた。