第7話「キミのハートにズキュンドキュン」
六時間目の授業が終わるやいなや、別のクラスの女子生徒がたかしに声をかけてきた。
「獅子王君から伝言。すぐ体育館裏に来てくれって」
「わかりました……」
「あと、その制服のボタン開けてるの、獅子王君のパクリ? 似合わないよ?」
「なんもパクってねえよ!」
女子生徒が去るのを見送り、たかしは帰り支度をしながら、ねとりに尋ねる。
「なあ、そろそろ説明してくれ。さっきの浮いてる女、あれ、どういうことだよ?」
「仕方ない、教えてしんぜよう」
ねとりは自信満々に腕を組んだ。
「ご主人も、さっき思ってたでしょ。『なんであんな奴がモテるんだ』って。
あれはね、彼が持ってる特殊な力を、つまりイマジネの力を使ってるからなのよ。
浮いてたあの女の子が、彼のイマジネなんでしょうね」
「ってことは、向こうもイマジネ使いだったのか!?」
自分だけが特別という優越感は、もろくも崩れ去った。
「イマジネの姿は能力者にしか見えないからね。
向こうにもあたしの姿が見えたんでしょ」
なるほど、それで謎が解けた。
「じゃあ俺を呼びだしたのは……」
「能力者同士での話、だろうねー」
たかしと獅子王は同級生だが、能力に関しては、おそらく向こうの方が先輩に当たる。
いい予感はしないが、もしかしたら悪い奴じゃないのかもしれない。
先輩として、能力の使い方を教えてくれるとか。
こっちに女の子を分けてくれるとか、そんな可能性も残っている。
たかしはなるべく、いいイメージを思い浮かべながら体育館裏に向かった。
体育館の角を曲がると、そこにはすでに二つの人影があった。
獅子王とそのイマジネ――かと思ったが、様子が違う。
一緒にいるのは音鳴ではないか。もしかして獅子王に絡まれているのか?
気づかれぬよう、話が聞こえる距離まで近づいていく。
と、間もなく音鳴の声が聞こえてきた。
「中学の頃から、ずっと一緒のクラスだったけど……。
まさか獅子王君がこんな人気者になるなんて、思ってもみなかったなー」
ん? 何やら雲行きが怪しい。
「あのね、それでなんだけどね。もしよかったらでいいんだけど……
懸賞でね、遊園地のペアチケットが当たったの。
だから、暇があれば今度ちょっと付き合ってくれないかなーって?」
って、なんでやねーん! 明らかに告白やないかーい!
心のツッコミはねとりにも伝わったようだ。
「ほらね? 男は優しいだけじゃダメなんだよー」
返事ができないほど、ショックに打ちひしがれていると。
「はぁ、ダリぃ」獅子王が告げる。「つーか、アンタ誰?」
「……えっ?」
「中学の頃、一緒のクラス? 正直、女の顔なんか、いちいち覚えてないんだよね」
それだけ言うと、獅子王はケータイに目を落とし、そのまま操作し続けた。
音鳴は少し茫然とした後、こわばった笑顔を浮かべる。
「あ、そうだよね。なんかごめん、急に話しかけちゃって。忘れて忘れて」
獅子王は返事すらしない。
しばらくすると音鳴は肩を震わせながら振り返り、ようやくこっちの存在に気づいた。
その目には涙がたまっていた。彼女は何も言わずに逃げ出してしまう。
名前を呼ぶことすらできず、その後ろ姿を、ただ見送ることしかできなかった。
「ちょっと……」獅子王に向かって、つい口が出る。「ああいう言い方ないんじゃないか?」
「別に関係ねえだろ」
「けど」
「あー、もう面倒くせぇ……何? なんなの? アイツのこと好きなの?」
獅子王はケータイを閉じて、ようやくこちらを向く。
「つーかさ、気に食わないんだよ、アンタ。
影からコソコソ見張るような真似してきやがって」
明らかに雰囲気が友好的じゃない。
すると空から、例のイマジネギャルがすーっと降りてきてた。
「コレ、どーすんの?」
獅子王は一言。「潰せ」
「あーい」
ギャルは、気だるそうにケータイをポチポチ打ちだした。
と、目の前に異様な光景が広がる。
まるで漫画の吹き出しのように、空中に文字が現れたのだ。
吹き出しの中に書かれていた文字は。
『思い通りに動け』
やがて彼女はケータイをこっちに向けたと思うと、端末が弓のような形に変形した。
「じゃあね」
次の瞬間、ギャルは吹き出しを矢のように放つ。
「はっ!?」
目の前に迫るそれを、たかしは脊髄反射でかわした。
外れた矢は、そのまま地面に突き刺さる。
「へぇー、よけられるんだ。じゃあ二通目そーしんっと」
ギャルがもう一度吹き出しの矢を作り、こっちに向かって弦をキリキリ引いた。
当たったらヤバイ! 本能的にそう感じ、慌てて逃げ出す。
角を曲がったところですぐに、先ほど立ち去った音鳴に追いついてしまった。
「音鳴! 逃げろ!」
「え?」
危険を伝え切る間もなく、吹き出しが彼女の背中に突き刺さった。