第71話「ゲスノート」
「……誰?」
見覚えのある人物だった。
正確に認識はしてないが、確かに見たことがある。
「ふゆぅ? なんか知ってる人……」
インリが言ったところで、たかしは思い出す。
あれは確か、インリの元の主人、八木沼を追いかけていたときのこと。そこで、過去に八木沼に好きだった女を奪われたという男がいた。
「確か名前は……」
「ジュンだ」男は慣れた様子で口を開く。
そうだ、ジュンさん。確かにそんな名前だった。
「そういえばフルネームを言ってなかったな。作者閏だ、改めてよろしく」
隣には一人の女性の影。無表情で、ノートを胸に抱えたまま、閏にピッタリとくっついている。黒髪で三つ編みの、文学少女といった雰囲気だった。
「そして、こっちが俺のイマジネ、宗佐未来だ。ミクって呼んでやってくれ」
ミクはペコリと頭を下げる。
あまりにも意外な告白に、たかしは開いた口がふさがらなかった。
「あんた……イマジネ使いだったのか?」
「ああ、そして目的は達成した。不審に思わなかったか? 副会長と会長はなんでイマジネを使わなかったんだろうって」
「あ、それ私も思った(二人ともバカだなって)」とパコ。
「きっと、出す暇がなかったのー」
インリにねとりが反論する。
「いや、さすがに両方とも出さずに戦うのは不自然っちゃ不自然ね」
法家がハッと気づいたように顔を上げる。
「もしかしたら、出さないのではなくて、出せなかったのでは……」
ということは、まさか……。
「あいつらはイマジネ使いじゃなかったのか?」
「正解」閏は人の良さそうな笑顔を見せる。「あいつらは、学園の秩序にこだわっていた一般人にすぎない」
「じゃあ、ねとりたちのことも見えてなかったのか?」
「ああ。イマジネのことは知らなかったし、四天王のことも、ただモテる連中という認識だったんだ。そうだよ、このイマジネは、満たされた奴が持てる力じゃない」
閏は、隣にいたミクを見て微笑む。
「こいつの力を使って、利用させてもらったんだ。副会長を意のままに動かして、イマジネ使いを集めた。最初は主人公同盟のメンバーで内紛を起こして、手を下さずに同士打ちをさせようと思っていたんだ。ライバルがいなくなれば、おれだってモテるはずだと思ってな。ただ会長が、それをさらに利用しようとして、ややこしい状況になってしまった。どう手を打つか、考えているうちに四天王も結束を固めてしまった。相手が多すぎて、自分では戦えない。どうしようかと思っていると、ちょうどいい奴が現れた。それがおまえだ。後はおまえと同盟で潰し合わせるだけ」
「俺を利用したのか……」
何もしなくてもモテたい奴がここにいたとは。
「むしろ感謝してくれよ。いい気分だったろ。女はべらせて、自分だけの楽園を作り上げられて。どうせおれのことモブ扱いしてたんだろ? 名前も覚えずに、勝手に単なる登場人物の一人にしてよゥ」
閏はヘラヘラと笑う。
「まあ誰が主人公だなんてどうでもいい。そんなの、誰にでもくれてやる。しょせんお前らは、おれの妄想を具現化する手段に過ぎない。この物語の作り手は、おれなんだ」
ミクが三つ編みを揺らし、ノートを見せると共に口を開いた。
「これに全部記録してきました。たかしさんを中心とした物語も、副会長と四天王の会話も。現在進行形で書かれているこの物語に、未来の話を書けば、その通りになるのです」
閏は自信満々に言い放った。
「名付けて、ゲスノート。おまえの活躍は、ずーっと読ませてもらっていたよ。おれが同盟の連中に戦いを挑んでも、できることは限られていた。その場で執筆させるから、相手が多いと、書き足すスピードが追いつかないんだよねェ。だが、動かす相手を一人に絞ればなんとかなる」
閏は引きつった笑いを浮かべる。
「だからおまえを利用したんだナァー。相手のイマジネを奪えるおまえを! イマジネを一か所に集めるために、この力で、大事なところで勝てるように補正を入れてやっていたんだよ。いい気味だったろ? あいつらが負ける姿。贅沢なんだよ。血筋? 天才になれない秀才だ? こちとら、その秀才にすらなれないっていうのにさァ!」
ねとりが真剣な顔をする。「イマジネを一か所に集めておいて何をするの?」
「こうするのさ」
閏が指を振って合図をやると同時に、ミクがさささっとペンを走らせた。
『すると、たかしの持っていた、すべてのイマジネたちの姿が消え始めた』
「なっ……!?」
たかしが視線をやると、すでに異変は起き始めていた。
「なに、これ……」
ねとりに続いて法家も声を上げる。
「身体が……消えかけて……」
全員が半透明の状態にまで持っていかれていた。
「ターゲット一人に対し、書いたとおりの事が起きる。これが宗佐未来のイマジネ能力だ」
「おい、なにやってんだ! やめろ!」
『向かっていくたかしだが、閏に軽く足をかけられるだけで、簡単に転んでしまった』
「ぐっ!」
閏は一人笑っていた。「ありがてェ。会長のおかげで、おまえの身体はボロボロだな」
「ちょ、なんとかしなさいよ!」「おにいちゃん!」パコとインリも悲鳴を上げる。
「ごめんなさい、僕……もう……」法家もガックリ膝をつく。
全員の身体が完全に消滅しかけていた。このままではマズイ。
「たかし!」ねとりが声をあげた。
たかしは倒れたまま、思わず手を伸ばす。だが、互いの指先が触れるか触れないかの寸前で。
『イマジネたちの姿は完全に消えた』
「……ウソだろ?」
たかしの前には、寒々とした空間だけが残る。
「ご苦労さん」
立ち去ろうとする閏に、たかしは声を張る。
「おい……返せよ! あいつらを返せよ!」
「無理だよ。消滅したものを取り戻す手段はないね」
「そんな……頼む、頼むよ、なあ!」
すがりつくたかしの顔を、閏は思い切り蹴り飛ばしてきた。
「きたねえな、あんま触んなよ」
顔面ぐちゃぐちゃになりながら、たかしは立とうとする。
これはきっとドッキリだ。ドッキリにハメられているだけなんだ。
全部幻とか、いい夢見れたかとか、そういうイマジネが、きっといるんじゃないのか。
たかしが泣き叫んだところで、きっと影からみんなしてバーっと出てきて。
『なに泣いてんの?』『馬鹿じゃない?』みんな思い思いの言葉で、たかしを罵ってくれて。
「頼むよ……返事しろよ……おい……」
さっきまで、ねとりたちがいたはずの空間に手を伸ばす。
だがもう誰も何も言ってくれない。罵ってもくれない。
閏は立ち去る前に一言だけ言い残す。「ミク、こう書いておけ」
『絶望の中、消えていったイマジネたちに対して、たかしは何もできなかった』




