第65話「ケツ膨張って知ってるか?」
龍ヶ崎は冷静だった。
もちろん一人増えたことで面倒にはなった。
しかも相手は、問題児すぎて同盟に誘うのをやめておいた獅子王だ。
そんな駒を、たかしはどう使って来るのか。
先ほど、獅子王に告げた作戦はどんなものなのか。正直、少し楽しみではあった。
すると獅子王はおもむろにポケットからライターを取り出す。
「なんでそんなもん持ってんだよ!」
たかしがこっちの気持ちを代弁してツッコミを入れる。
「買ってきたんだよ。これを学校でやろうと思って」
そう言って、コンビニ袋から取り出したのは花火だった。
いくつかの煙玉を抜き取り、火をつけると放り投げてくる。
「おいおい」不来方が呆れたように口を抑える。
間もなく周りは、三百六十度すべて煙に包まれてしまった。
校内の人間は問題ないが、イマジネの忘却能力が効かない外からでも通報されると厄介だ。
龍ヶ崎は相手の狙いを読む。
「短期決戦か。奴らは一気に決めに来るぞ」
弱点を突くのが兵法の基礎。
イマジネの使えない奴らは、まず龍ヶ崎を狙ってくるだろう。
いくら獅子王を加えたとはいえ、不来方に対して肉弾戦で勝ち目はない。
「不来方」
名前を呼んだだけで察したのか、不来方は龍ヶ崎を守る形で、前に立ちふさがる。
その筋肉質な身体から『脳筋』と揶揄される不来方だが、龍ヶ崎はそう思ってはいない。
スポーツ選手も一種の読みの天才なのだ。
その場その場で、使う筋肉を的確に判断し、足りない部分は日々のトレーニングでしっかり補っていく。
そういう地道な努力の出来る天才を、龍ヶ崎は素直に尊敬している。
ただ、龍ヶ崎も守られっぱなしというわけにはいかない。
どこから来てもいいよう、不来方と背中合わせになる形で、相手の襲撃を待った。
どこから来る、どこから来る。
と、左右から物音。
挟み打ちかと思いきや、転がってきたのはお菓子の缶。
次の瞬間、煙を斬り裂くように、上からたかしが飛び込んできた。
だが龍ヶ崎は冷静だった。
不来方の能力は、絶対に当たる攻撃。
つまり、相手が見えなかろうが、不意打ちだろうが、放ちさえすれば必ず当たるのだ。
「足が上がらなくなってきたヨ、ゴーゴー!」
オーウェンの声援が響く中、不来方のスピアは導かれるように、たかしのどてっぱらにヒットした。
「がはっ……!」
やったと思ったのもつかの間、いつの間に持っていたのか、たかしの手にしていたコンビニ袋から水が放射状に広がる。
龍ヶ崎たちに水がかかるのと、たかしが地面に転がり落ちるのは、ほぼ同時だった。
まともに浴びる形で視界が奪われ、目隠し状態になる。
中に水を溜めていたのをわざと攻撃させたのか。
このスキにもう一人、獅子王がどこからか来るはず。と、背後でケータイが鳴った。
「不来方、後ろだ!」
顔を手で拭き、視界が戻る。煙の切れ目から、何者かの姿が見えた。
獅子王だと思ったが、様子が違う。
むしろあれは……四天王の一人、隅田だった。
隅田まで裏切ったのかと思うやいなや、不来方の背後から。
「うおおおおおおおおおお!」
叫び声とともに、獅子王が飛び込んできた。
隅田に気を取られた不来方の身体をがっちりと掴む。
「捕まえたぜ」
「くっ!」
不来方が背後に肘を落とすが、獅子王はなかなか離れない。
不意をつかれたと思う一方で、龍ヶ崎は違和感を感じていた。
これは攻撃ではない。決めるなら今のスキに決めるべきだった。
これでは単に足止めをしているだけではないか。
なんだ、いったい何が狙いだ?
すると獅子王が何かを見て、ほくそ笑む。
慌てて視線の先を追うと、そこにはありえないはずの人物の姿――
結界に捕らわれているはずのパコの姿があった。
「不来方! よけろ!」
龍ヶ崎が叫ぶと同時に、矢の雨が不来方めがけて降り注いだ。
土煙があがり、二人の姿が見えなくなる。
マズい、攻撃手段を失ったか……?
土煙が晴れ、静けさの中、中央に立っていたのは――
駒を構えた御絶だった。
間に合ったか。ギリギリのところで矢を防げたようだ。
「マジかよ……」
悔しがる獅子王の腕を、不来方が一気に取り、そのまま背負い投げの形でぶん投げた。
獅子王は壁際まで吹っ飛び、そのまま動かなくなる。
龍ヶ崎は額の水滴を軽く拭いた。これがたかしの作戦か。
まさかダブルで捨て身の囮になるとは。
「不意をつかれました……」
御絶も申し訳なさそうに、龍ヶ崎に話しかけてきた。
不来方はまだ状況が理解できていないようだった。
「おい、あのイマジネは、どうやって結界を抜けだした?」
御絶が不機嫌そうに舌打ちする。「抜けたのではない……消えたのです」
「消えた?」
龍ヶ崎が推察する。
「おそらく、パコの所有権を移動させたのだろう。たかしがパコの所有権を破棄することで、一旦彼女は消滅する。その後で本来の持ち主、獅子王がもう一度彼女を召喚し直した」
「……そんな抜け方があるのか?」
「完全なる奇策だ。だが獅子王が勝ちを急いで、視線を走らせたのが致命傷だったな」
『これで終わりだ』
竜崎は目を細める。
「まず牙を折って、それから二人がかりで僕を攻めるつもりだったんだろう。無念だったな」
「おまえがな」
足元で声。いきなり足首を掴まれた。そこには虫の息のたかしがいた。
「イオンって知ってるか?」
「あ? どこぞのスーパーか?」
「いいや、おまえたちがかぶった、スポーツドリンクに含まれているイオンさ。そいつの別名……知ってるか?」
「貴様とクイズ勝負をする気はない」
掴まれた手を踏みつける。
と、たかしは胸ポケットから何かを取り出した。
「別名、電気の運び屋って言うんだ」
その手に握られていたのはスタンガンだった。
「なっ……!?」
いつの間に? まさか、煙で四方が囲まれている間に拾ったというのか!?
龍ヶ崎はレインコートを中に着ているが、全身を隠せてるわけではない。
足元はむき出し。しかもスポーツドリンクでびしょぬれだ。
「これで威力は倍増だ……一撃で気を失わせるくらいにな!」
「龍ヶ崎、逃げろ!」不来方が気づくが、もう間に合わない。
「横溝……貴様ぁああああああ!」
叫び声もむなしく、バチンという音とともに、龍ヶ崎の意識は丸々、蒼天の彼方へと吹っ飛んでいった。




