第3話「獅子王プロジェクト」
あれから数週間。
桜はもう来年の開花に向けて、すっかり身を潜めている。
最初の方で明るく振舞ったおかげか、クラスには自然と馴染め、
女子とも普通に会話できるようになった。
重い物は積極的に持ってあげるようにしてるし、嫌がられない程度のエロトークも交わしている。
だが、たかしは悩んでいた。
どこか女子たちに膜を感じるのだ。
膜と言っても、いやらしい意味ではない。
スッキリしない違和感というか、まるでラップ越しに女の子と話しているような感覚。
妄想上では、帰り道に突然手を握られるとか、屋上でこっそり語り合うとか、
そろそろ進展があるはずだったのに。
今のところ、クラスメイト以上の関係になった女子はいない。
これだけ女の子がいれば、一人くらい気にかけてくれたっていいだろうに。
結局のところ、たかしのクラス内でのポジションも、その他大勢のモブに落ちつき始めていた。
「聞いていますか?」と、突然の女の声。
「え?」
教卓から声をかけてきたのは、クラス委員長となった世良鬼姫だった。
何かフラグが立ったのか思ったが、その表情は険しい。
気が付くとクラス中が、たかしに注目している。
「今回の議題について、意見を募ってたのですが」
そういえばクラス会の最中だった。
「え、あ、はい」
急に議題といわれても、ずっと考え事をしていたので、何についてかよくわからない。
と、後ろの席から囁くような声。
「最近校内の風紀が乱れてるから、どうするか、って話」
「あ、うん」
おかげでなんとか返事ができる。
「まあ、何らかの対策は必要だよね。風紀が乱れるのは良くないから、うん」
鬼姫はあきれているのか、無表情のままこちらを見つめていた。
と、そこへ救いのチャイム。
「……では、今日はここまで。意見は私の方でまとめて、生徒会へ提言しますので」
鬼姫がその場を離れると、教室はガヤガヤした空気に包まれた。
「助かった」なんとかクラス内の評価を保ち、ほっと一息つく。
「ボーっとして、寝てたの?」
さっき声かけてくれた後ろの席の女子、
音鳴幸は笑いながら、わき腹をつついてきた。
眼鏡をかけて、地味なポジションにいるけど、顔はそこそこ可愛い。(Dカップだし)
ゲーム好きという趣味が合うので、最近、クラスの中で一番よく話す女子だ。
「ねえねえ、ノムリッシュの新しいシリーズなんだけど」
話は早速昨日出た最新作について飛んだ。
キャラ萌え化が激しすぎるとか、いやそれは懐古厨の意見だとか、そこそこ盛り上がっていく。
「いや、でもさすがに寿司職人が主人公はどうかと――」
話がヒートアップしていると、突然スイッチが入ったように、クラスのあちこちでケータイが鳴りだした。女子たちが一斉にケータイを取り出し、何かをチェックする。
「今日来てるみたい!」「ウソ、どこ!?」「もう帰ったって……」「えーっ、じゃあ帰ろうかな」
次々と会話が飛び交う様は、まるでバーゲンセールのような騒ぎだった。
「なんだなんだ?」
不思議そうな顔していると。
「知らないの? シシプロ団」
「シシプロ団?」
「同じ学年に、獅子王タカヒロっていう、すっごい人気のある男子がいるんだけど、
めったに学校来ないんだって。
だから、その登校日を予測してメールで配信するプロジェクトが立ちあがったの。
それが獅子王プロジェクト。
参加してる子たちはシシプロ団って呼ばれていてね、その男子目当てで学校来てる子もいるとか」
そういえば同学年に、金髪でやたらモテる男がいるというのは、聞いたことがある。
「男目当てで学校ね」言えた義理ではないが、世も末だな。
ただ、彼女たちの夢中っぷりを見て、なぜ膜を感じたのか、少し納得がいった。
部活が決まり、クラスの中での役割もできつつある現在、
女子の中ではすでに格付けが済み始めているのだ。
抱かれたい男とそれ以外、二極化したシステムができつつある。
モブが、いくら優しさをコツコツ積み上げたとしても、しょせんモブはモブ。
モテ連中がちょっとはにかめば、女子たちは失禁してそっちについていくのだ。
おそらくこのランク付けは、卒業するまで付きまとう。
ハッキリ言って、この状況は非常にまずい。
崩すなら今しかない。なんとかしてモテゾーンに入りこめないだろうか。
と、ここで思わぬ一言が脳に突き刺さった。
「ねえ。今度、家に遊びに行っていい?」
それは目の前にいる音鳴から発せられた言葉だった。
「……えっ?」
一瞬、時がフリーズする。今、彼女は家に遊びに行くと言ったのか?
「俺の家に来るの?」
「さっき話してたゲーム貸してよ。今度こっちも、違うの持ってくるからさ」
「お、おう」なるべく平常心で返事をする。
「じゃ今日は用事あるから。またね」
音鳴は小さく手を振って、立ち去っていった。
ようやく異性と直に触れられた気がした。
音鳴幸、見た目は少々地味だけど、趣味も合うし、
彼女候補としては悪くないかもしれない。(Dカップだし)
もしかして、春は意外に早くやってくるのか?
たかしは小学校以来の、初恋に似たときめきを感じていた。