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恋愛禁止されてますが好きな人ができました。  作者: 真柴理桜
第二話 好きになっても……
7/9

「ごちそうさまでした!」

「おそまつさまでした」


 浩之ひろゆきが笑顔で手を合わせると優梨佳ゆりかも同じように笑って返す。食べ終わった食器を重ねてシンクに運び、浩之が洗って優梨佳が片付けるのはいつの間にか定着していた。

 優梨佳の部屋で夕飯をご馳走ちそうになるのはもう何度目だろうか。気がつけば最初にご馳走になってから1月(ひとつき)近く経っていて、最近では食べたいもののリクエストまで聞かれるほどだ。

 片付けが終わった後に優梨佳の鼻唄に合わせて浩之が歌うのもすっかり定着し、最初は恥ずかしがっていた優梨佳もミルを回す際のクセになっているのか無意識に出てしまうようで最近では諦め気味になっている。ちなみに浩之が歌い出すと、優梨佳が手を止めて聴き入ってしまうまでがデフォルトだ。 


 部屋の中にコーヒーの香りが満ちる。 運ばれてきた淹れたてのコーヒーがペールブルーの濃淡のストライプとティアラの柄のカップの中で湯気を立てた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 すすめられたコーヒーを口に含む。香気が体の中に満ちていくような感覚にほぅと小さく息をつく。優梨佳の淹れるコーヒーは今日も美味しい。優梨佳の部屋での夕食とその後のコーヒータイムは浩之の中での癒される時間だ。

 ダイニングテーブルで向かい合ってご飯を食べたりコーヒーを飲んだりしながら他愛もない話をするのは楽しい。一緒に囲むテーブルは暖かく、丁寧に作られたご飯はおなかだけでなく心も満たしてくれるようで安心する。


「あ!優梨佳さん、甘いものお好きですか?」

「好きですよ」

「職場でチョコレート貰ったんです」


 そう言って浩之は持参していたダークブラウンの箱を取り出した。長方形の箱には4つのボンボンショコラが並び、飾られた金箔がきらめく。


「このチョコ美味しいって評判らしくて。一緒に食べましょう」

「ありがとうございます。いただきます」


 優梨佳にボンボンショコラをすすめ、浩之も1粒つまみ上げる。手に取るとちょっとした重量感を感じるショコラは、栗を柔らかく煮上げて潰し、ビターチョコレートで丁寧にコーティングされたものだ。

 口に入れればビターの程よい苦みと控えめな甘みと洋酒を効かせたマロンペーストが口の中でゆっくりほどけていく。マロンの自然の甘みと旨みが広がり、柔らかすぎず固すぎない絶妙な口当たりはいつまでも食べ続けたくなる美味しさだ。


「これ!美味しいですね!」


 浩之が優梨佳に向かって破顔すると、優梨佳はふにゃと笑ってみせた。


「ふふ、おいしいですねぇー」

「優梨佳さん?」


 なんだか様子がおかしい。ふにゃと笑った目元はとろんとしており、ほんのりと赤く、口調もどことなくふわふわした感じになっている。


「もぅ1ついいですか?」

「あ、はい、どうぞ」


 浩之がすすめると優梨佳は「ありがとうございますー」と嬉しそうにショコラを1つ口に入れる。「おいしー」と微笑む優梨佳に浩之も思わず口角が上がる。気に入って貰えたなら何よりだ。何よりだけれども……!?


「あの、優梨佳さん?」

「はぁい」


 ふにゃりと相好を崩し、無防備に笑う優梨佳はやはり先ほどまでとは様子が違う。まるで酔っているかのような……。

 ……って酔ってる!?え?何で!?

 飲んでいたのはコーヒーで酒ではない。酔うようなものなど……そこまで考えて、ふとボンボンショコラが目に留まる。

 浩之がすすめたボンボンショコラ。甘過ぎずマロンの風味がいきていて洋酒の効いた……。

 これ!?


「優梨佳さん!?酔ってます?大丈夫ですか?」

「よってないですよーだいじょうぶー」

「うん!酔ってますね!」


 酔ってる人ってだいたい酔ってないって言うのは何故だろうね!?


「とりあえず何か飲みましょう。水!水がいいですよね。ちょっと待っててください」

「んー?おみずですか?だしますねー」


 椅子から立ち上がった浩之を追いかけるように優梨佳も立ち上がった時だ。


「あ……」

「危ない!!」


 ふらついた優梨佳がバランスを崩し倒れこむ。浩之は咄嗟とっさに腕を伸ばすと前のめりになった優梨佳の体を受け止めて、少々無理な姿勢になったために優梨佳を腕に抱えるようにして自身も後ろに倒れこんだ。

 ドスンと大きな音がして、浩之は尻もちをつくようにして床に座りこんだような体勢だ。


「大丈夫ですか?」

「ふふーころんじゃいましたねぇ」


 腕の中で一緒に転んだ優梨佳が楽しそうにくすくすと笑う声が聞こえる。浩之の上に乗るような形で倒れたからか怪我は特になさそうで、浩之は胸を撫でおろした。


「良かった。今みず……っ!?」


 水をと言いかけて、浩之は思わず息をのむ。視線を下げればすぐ近くに優梨佳の顔があり、目が合ってふにゃりと笑った顔は朱に染まっていて艶っぽい。受け止めた体は華奢きゃしゃで手を添えている背中はうすく、力を込めれば折れてしまいそうなのに当たる部分は柔らかく、ふわりとした甘い香りが鼻をかすめていく。

 息がかかりそうなほどの、少し動けば触れ合いそうな距離。微かに潤んだ瞳はとろりとしてまなじりほのかに赤く、チェリーピンクの唇は濡れた様に艶やかだ。

 思わず喉がごくりと音をたてる。視線が、その唇に奪われる。知らず、背中に添えた手に力がこもる。

 艶々(つやつや)とした果実のようなそこは、触れたら、どんな……。

 

「ひゃんっ!」


 腕の中で優梨佳の体がびくんと跳ねた。自身のあげた声に驚いたのか、優梨佳の手が唇をおおい、視線がさえぎられる。


「せ、せなか、だめ……っん!」


 零れる艶めいた声に、頭を鈍器で殴られたような衝撃が体の中を駆けた。ともすれば崩れ落ちていきそうな理性モノを必死でかき集め、身の内でむくむくと膨らみかける感情()を押し留める。背中に沿わせた手を離し、床にとおろした。

 はぁと小さく息をついた優梨佳がわずかに上体を起こす。朱に染まった頬はこころなしか先ほどよりも赤みを増したようにも見えた。


「あの、優梨佳さ、んっ!?」


 浩之の上で体を起こし前屈みのようになった優梨佳の、Ⅴネックのカットソー。露わになっている鎖骨とその先に見えた淡い水色のレースとふっくらとした谷間が視界に飛び込んできて、ごくりと喉が鳴る。

 これは、ヤバい……!

 慌てて視線をそらし、優梨佳の肩をつかむとその体をがばっと起こした。突然体勢が変わり、ぺたんと座った優梨佳がきょとんとした顔で浩之を見る。


「すみません、一緒に転んじゃって。とりあえず、水飲みましょう。持ってきますね」


 手を貸しながら優梨佳を立たせると椅子にと座らせ、浩之はキッチンにと入る。冷蔵庫、失礼しますねと声をかけて、扉を開けて、中にあったミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。次に食器棚を開けて、綺麗に並べられた中からクリスタルがあしらわれた二つのリングが重なり合うデザインのタンブラーグラスを1つ取り出す。

 グラスとボトルを持って戻り、テーブルの上で水を注ぐと優梨佳にグラスを渡した。


「ゆっくり飲んでくださいね」

「ありがとうございますー」


 優梨佳の唇がグラスのふちに触れ、ゆっくりとかたむけられる。流れていく透明な液体とゆっくり上下する喉元。それに合わせて、浩之もごくりと喉を鳴らす。濡れた唇が光を受けて艶やかさを増したように輝き、ふわりと色香が漂う。

 あぁ、ダメだ。これ以上ここにいたら……。

 釘付けになっていた視線を無理やり外し、一度ギュッと目をつぶる。大きく息を吸って、吐いて、身の内に渦巻くものに蓋をする。大丈夫、笑顔を作るのには慣れている。


「優梨佳さん、俺そろそろ帰りますね。今日もごちそうさまでした」


 綺麗な笑顔を張り付けて、浩之は優梨佳へと視線を向ける。それでも意識して視線をずらさなければよからぬことを考えてしまいそうだ。水を飲み終わった優梨佳はグラスを持つ手をテーブルの上に置いて浩之へと笑いかける。


「もうですかー?ゆっくりしていってくださいー」

「え、えっと、明日の準備とか、ありますから……」


 ふにゃふにゃと笑う優梨佳に浩之は曖昧に言葉を濁す。まさかこのままここにいてはいけない気がするなどと言えるわけもない。


「そうですかー……」


 残念そうに眉を下げたかと思えば優梨佳の首もかくんと下がる。


「優梨佳さん!?」


 驚いて声をかけると優梨佳は「はいー」と返事はするものの、うつらうつらとし始めており、浩之が手にしたグラスを外すとそのままテーブルに突っ伏すようにして寝息を立て始めた。


「……寝ちゃいました?」


 声をかけても反応はない。浩之は優梨佳を抱き上げるとリビングのソファにそっと寝かせた。この物件は1LDKである。おそらく寝室として使っている部屋があるはずだが勝手に入るわけにはいかない。ダイニングテーブルよりはソファの方が幾分か寝やすいだろう。


「おやすみなさい、優梨佳さん。また」


 眠る優梨佳に挨拶をして、部屋を後にする。幸いにしてここはオートロックだ。鍵の心配はしなくていい。浩之が扉を閉めさえすれば自動でかかる。それでもガチャリと鍵がかかる音を確認し、浩之も隣の自身の部屋へと戻った。




 部屋に入り扉を閉めるなり浩之はズルズルとその場にしゃがみ込んだ。頭を抱え、ため息をつく。

 ダメだ、考えちゃダメだ。

 頭から追い出そうとするけれど、そう思えば思うほど浮かんでくる。

 艶々と光る形の良い唇やスラリとした首とカットソーから覗く華奢な鎖骨のライン。服の下に隠された柔らかそうな二つの膨らみ、細い腰から続くなだらかな稜線。不可抗力とはいえ飛び込んできた淡い水色……。

 身体の中心に熱が集まるような感覚。優梨佳の部屋では必死に抑え込んでいたもの。抑えるのもそろそろ限界だ。

 靴を脱いで部屋に上がる。高まる熱を沈める方法はわかっていた。





「……俺最低だ、本当……」


 ごみ箱とそこに収まるティッシュの山。込み上げてくる罪悪感と自己嫌悪。こんなことを考えていると知られたらきっと嫌われる。

 それに……こんなやましさしかないようなこと……仮にもみんなの憧れ、子供たちのお手本であるべき歌のおにいさんが……。

 項垂うなだれながら何度目かわからないため息をつく。

 そう、自分は歌のおにいさんなのだ。守らなければならない規則がある、のだ……。けれど……。

 優梨佳の、ふわりと笑った顔や恥ずかしそうに手で顔を覆った仕草。柔らかに紡がれるメゾアルト。一緒に囲むテーブルの暖かさ。歌声を好きだと言って聴き入る姿。甘いものが好きなこと。お菓子で酔ってしまうほどアルコールに弱いこと。 

 もっと色々な顔が見たい、色々なことが知りたい。優梨佳のことを考えると胸のあたりがざわつく。嬉しいような、くすぐったいような、苦しいような、そんな感覚に襲われる。

 それが何なのかは、なんとなく気づいてはいて。けれどもそのたびに自身の中に押し込めて、溢れることのないようにとどめている感情もの

 これは……今は、持ってはならない感情なのに……。




優梨佳の家にあるカップやグラスには私の趣味が反映されています。食器大好き!

そして今回出てきたチョコレートは私が食べたいものです。冬になると冬季限定チョコがたくさん並ぶから嬉しい。

2月にデパートに買いに行くのも毎年の楽しみです。箱に詰められた宝石みたいなボンボンショコラは眺めているだけで楽しい!

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