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恋愛禁止されてますが好きな人ができました。  作者: 真柴理桜
第一話 おとなりの君は……
4/9

 浩之に椅子をすすめると、優梨佳(ゆりか)も向かい側に座った。ダイニングテーブルに並ぶ料理に浩之の目が輝く。


「わ、すごい。美味しそう!」

「どうぞ、召し上がってください」


 きちんと手を合わせて「いただきます」と口にして、浩之はスプーンを手に取った。カレーをすくって口に運ぶ。その一連の動きを優梨佳はドキドキしながら見つめていた。どうだろう……口に合うと良いのだけれど……。

 口に入れて、一瞬目を見開いて、ぱぁっと顔を輝かせ、それからモゴモゴと咀嚼(そしゃく)する。


「美味しい!」


 そう言ってくしゃりと破顔した。ふにゃぁと(とろ)けるようなそんな笑顔に胸がトクンと音をたてる。


「よかった。まだありますから遠慮なく言ってくださいね」

「はい!」


 スプーンを手にしたまま笑顔で答える浩之。美味しそうに食べてくれることが嬉しくて、見ているだけで優梨佳にも自然と笑顔がこぼれていた。






**********






「いただきます」


 きちんと手を合わせてこの言葉を言うのはいつ以来だろう。一人で食べるレトルトやコンビニ弁当ではなかなか言う気にはならないし、外で誰かと食べる時はご飯よりも飲むことが優先されがちだ。

 こんな風に手を合わせたくなる誰かの手間がかかったご飯。それが随分久しぶりな気がして、何だか嬉しくなる。

 スプーンを取り、カレーを口に運ぶ。鼻からふわりと香りが抜けていく。最初に広がるのは野菜の甘さ、それからコク、最後に爽やかな辛さ。


「美味しい!」


 口をついて出たのはなんの飾り気もないシンプルな、だからこそ心からの言葉と笑顔。美味しくて頬が落ちるってこういうことかもしれない。自然と頬が(ゆる)む様な、そんな感じがする。


「良かった。まだありますから遠慮なく言ってくださいね」

「はい!」


 笑いながら言われ、浩之も笑顔で頷いた。

 スプーンの往復が止められない。ごろっと入ったチキンはホロホロで柔らかく、口に入れると繊維(せんい)(ほど)ける様に(くず)れていく。ルゥは甘味と辛味のバランスが絶妙で、しっかりと辛いのに野菜の甘さや(うま)みが感じられる。

 ルゥだけ食べたり、ご飯と絡めたり、チキンだけ食べたり、夢中になって食べすすめ、気づくとお皿の中は綺麗に無くなっていた。


「おかわり、いりますか?」

「おねがいします!」


 優梨佳の申し出に浩之は笑顔でお皿を差し出した。待っている間にポテトサラダとオニオンスープにも手を伸ばす。(なめ)らかな中に塊で残るポテトは食べごたえがあるし、ニンジンとキュウリはシャキシャキとした食感がアクセントだ。スープは玉ねぎの甘味が溶け出していてコクがあり、シンプルながら優しい味がする。

 あぁ、きちんと手がかかったご飯って美味しいなぁ。カップ麺やレトルトとかパウチ惣菜も美味しいけれど。それとはやっぱり違っていて、食べた後の満足感とでも言うのだろうか。何だか温かくて安心する。


「どうぞ」


 スープを飲み切って、ほぅっと息をついていたら、目の前にコトリとカレー皿が置かれた。ホカホカと湯気を立てるチキンカレーに。


「ありがとうございます!」


 いただきますと再び手を合わせてから浩之は二杯目のカレーに取りかかった。




「ごちそうさまでした」


 カレー皿にスプーンを置き、浩之は笑顔で手を合わせた。二杯目も綺麗に完食し、口から満足げなため息がこぼれ落ちる。


「すごい美味しかったです!今まで食べた中でも一番かも」

「そんな大袈裟(おおげさ)な。でも、ありがとうございます」


 満面の笑みを浮かべる浩之につられるように優梨佳も笑顔になる。喜んでもらえたなら作った甲斐もあるし、素直に嬉しい。


「いや本当に。こんな美味しいカレーなら毎日でも食べたいくらいです!」

「じゃあまた食べにきませんか?」

「え?」


 ふわりと微笑みながら言われた思いがけない申し出に、浩之は思わず聞き返した。

 美味しかったのも、また食べたいと思ったのも本当だ。胃袋は今日だけで十分過ぎるほどにガッチリ捕まった。だから呼んでもらえるなら嬉しいけれど……。


「一人分を作るのって難しくて。つい作りすぎちゃうんです。だから谷山さんさえ迷惑でなければですが……」

「え、あ、俺は嬉しいです!迷惑なんて全然。すごい美味しかったし。むしろ上林(かんばやし)さんに迷惑じゃ……」

「美味しく食べてくれる人なら歓迎です」


 笑顔で答えながら席をたち、空いた皿を集めはじめる。カレー皿、スープ椀、小鉢と重ね、それらを手に優梨佳はカウンターキッチンへと移動した。


「あ!洗い物手伝います!」

「そんな、気にしないで。座っていてください」


 立ち上がりかけた浩之をキッチン側から制し、今珈琲(コーヒー)淹れますねと微笑んだ。


「いや、でもそれくらいは!」


 皿洗いくらいは出来ますから!と言い張る浩之に優梨佳はふふっと息をもらした。それからふわりと笑うと。


「わかりました。じゃあお願いします」

「はい!」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 浩之の隣で洗い終わってラックに並べられていく食器をタオルで拭いて片付ける。二人だと片付けも一人でやるよりずっと早い。それに、なんだろう。流れ作業の様なことが何だか楽しい。

 自分よりも一回りほど大きな手の中で見ると、見慣れた食器が少し小さくなったように錯覚する。

 長い指で持ち上げて、手のひらで包み込むように洗い、静かにラックの上へ下ろす。それだけの動きだが、仕草は柔らかく(こま)やかだ。食器一つ一つを丁寧(ていねい)に扱ってくれているのがわかる。指の先まで神経が張り巡らされているようで、流れるような動きはとても綺麗で、思わず見入ってしまいそうになる。


上林かんばやしさんは……」

「は、はい!?」


 不意に呼ばれ、驚いて顔を上げると同じように驚いている浩之と目があった。


「す、すみません、何か驚かせちゃいました?」

「い、いえ、こちらこそ、ぼーっとしてて……。あの、何でしょう?」

「上林さんは演劇とかお好きなんですか?ラックにミュージカルのパンフレットがあったので」


 最近行かれたんですか?と笑顔で聞かれ、一瞬固まる。

 確かに好きだ。ファンクラブの会員だし、よく観に行っている。しかしラックに入っていたのは最近のものではない。何年も前の、浩之が載っていたころのもの。最近の公演では見かけないからもう退団したのだろうけど、自分が載っているプログラムを、それも何年も前の物を、ラックに入れてる隣人とか……どうなの!?

 浩之の人懐(ひとなつ)っこい笑顔につられるように笑顔を作りながら頭の中でぐるぐる考える。


「あ、あれは、その……」


 隣に住んでいたのは偶然だ。ついこの間、ぶつかるまでは気付いていなかったし、おっかけとか、ましてやストーカーとかそんなことは決してない。でも何年も前のプログラム持っていて、しかもそれがすぐ取れるようなラックに入っているとかなんかそれ怖くない!?いや、まぁラックにあったのはタウン誌と一緒に引っ張り出したからでこれも偶然ではあるのだけど。

 幸いにして浩之は昔のものだと気付いていないようだし、何とかごまかしたい。だって退団しているのだとしたら何かしら理由があるだろうし、それが聞いてもいいものなのかわからない。誤解を招いて引かれる様なことも避けたいが、不必要に傷つけるようなことになるのも避けたい。触れないで済むならそれに越したことはないはずだ。


「俺もちょっと知ってる公演だったから気になって。今って誰がメインで出てるんですか?」

「い、今ですか……?えっと……」


 あのロングラン公演を最後に観たのはいつだったか……。いくつもの劇場を持ち、同時期にいくつもの公演が打たれているのだ。最近観た舞台は別の公演だ。あれのメイン……メインの役者……。……ダメだ。わからない……!


「あ、あの……あのパンフレットなんですけど……最近のものではなくて……だから、その……」


 今の役者はわからないと言葉を(にご)す。最近のものでないのもわからないのも本当だ。とりあえず話題、話題をパンフレットから外そう。そうだ。それだ。それしかない。


「た、谷山さんもお好きなんですか?観に行かれたりとかは……」

「俺ですか?たまに行きますよ。知り合いが何人か在籍してるんで。上林さんは誰か好きな役者さんとかいるんですか?」

「役者さん、ですか……?」


 問われて、思わずじっと浩之の顔を見た。

 気になる役者さんは何人かいるが、特にこの人が!というようないわゆる推しみたいな人は特にいない。この人の声好きだなぁとか、この人綺麗だなぁとか、思うことはあるがそれだけだ。そして浩之もそれに当てはまるのだ。

 観に行きはじめたばかりの頃、あぁこの人の声や歌い方好きだなぁと思った役者がいた。男性アンサンブルの一人で、気になったアンサンブルにはだいたいその人が参加していた。それが浩之だ。

 だいぶ前のことだから忘れていたけれど、それでも記憶の中に引っかかっていた名前。それは何人かいる気になる役者の一人だったからだ。


「えっと……俺の顔に何かついてます?」

「あ!すみません!えっと好きな役者とかは特にいなくて……。劇団そのものが好きというか、作品の世界観が好きで……」


 それも本当だ。ファンクラブに入るに至ったのは何度目かの観劇でこのロングラン公演を観た時だ。それまでに観たミュージカルも面白く、胸に残るものだった。けれどこれはそれまでに観たどの舞台よりも印象的で、躍動感(やくどうかん)(あふ)れるキャラクターに魅いられ、ダイナミックな演出に魅いられた。観終わった後、しばらく動けなかったほどだ。


「特にあの舞台は感動して。それがきっかけでファンクラブに入ったくらいで」

「わかります!俺も最初に観た時にすごい感動して、これに出たい!と思って。SEASONS入ってから主役目指したりもしましたし」

「え……?」


 今、何かあっさりカミングアウトされたような……。


「あ、俺、前にSEASONSいたことあるんです。あの公演にも出てたことあって」


 まるで天気の話でもするような気安さで語られて逆に驚く。

 もしかしたら上林さんも観てるかもしれませんね!などと笑顔で言われ……。


「観てました……。男性アンサンブルにいましたよね……」


 優梨佳も思わず口にした。


カレーは色々好みに分かれるところですよね。

個人的には優梨佳が作っているようなチキンカレーが好きですが家族からは具沢山がいいと言われます。

よって作中に出てくる食べ物は大体が私が食べたいものです。

誰か作って!!

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