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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生女神のお仕事シリーズ

転生女神のお仕事 物語は私が作る! ~ 壁男編 ~

作者: 夕暮れの家

「一万回殴られなさい」

「え?」

「そこから貴方の転生物語は始まるのよ」

「はあ」

「それでは有意義な異世界ライフを!」


 目が覚めると知らない天井というか、知らない壁というか、俺が壁らしい。

 自分でも何を言っているかよくわからない。

 落ち着こう。


 女神様(イワ)く、俺は壁ドンを通算一万回行ったそうだ。

 10年で達成したらしい。

 朝昼晩と毎日欠かさずやっていれば誰でも達成できる。

 そんなにすごいことじゃないと思うんだけど、その罰なのか壁に転生させられた。

 俺壁なう。


 あれかな、実は壁にも意識があって訴えられたのかな。

 一万回殴られましたって訴えられたら……それは有罪ですね、なんか納得した。

 実際に俺今意識のある壁なわけだし、壁よごめん。

 ……反省したことでイベントが起きたりとかないか。


 体は動かない。

 感覚はある。

 手や足を動かそうとすると固定されていて動かせない。

 目はあるみたいだ、見えるし。

 足元には砂利でできた道が左右に伸びている。

 目線を少しあげると、砂利道の向こうに川が見える。

 左から右へと川の流れに沿い小さな舟が流れている。

 長い棒を持った筋骨隆々なおっさんが先頭に立ち、老夫婦と幼子を連れた母親を乗せている。

 人いるんだ。

 川の向こう岸にはこちら側と同じく砂利道があった。

 淡いピンク色の桜みたいな木が道沿いに植えてある。

 その奥には石で出来た家々が並んでいる。

 茶色と灰色でできた家。

 空は青い。


 なんか静かだ。

 目を瞑る。

 黒い、真っ暗。

 当たり前か。

 お腹とか空くのかな、そしたら餓死するな。

 一万回か達成したら動けるようになるのかな、長いな。

 目を瞑る。


 初めては酔っぱらった親父だった。

 蹴られた。

 痛かった。

 痛覚あるのかよ。


 次は若いお兄さんだった。

 仕事で何かあったみたいだった。

 八つ当たりとか最低だと思う。


 その次は猫だった。

 一心不乱に何かに取り憑かれているのではないかと思うほど無我夢中に引っ掻かれた。

 少し怖かった。

 儀式が終わると憑き物が落ちるのか、気持ちすっきりした顔をしていた。

 虎柄の狂信者は次の日もその次の日もきた。

 頭の上に乗ってきたり、俺の影で寝たり引っ掻いたり。

 少しだけ痛い。

 そう影、ただの四角い黒い影が俺から伸びていた。

 やっぱ俺壁らしい。

 俺壁なう。

 茜色に染まる石造りの家々というのは、風情がある。

 それを見ていると物悲しい気持ちになった。


 目を開けると眩しくて、楽だから目を閉じた。

 痛い。

 殴られた回数は数えていない。

 爪とぎが早過ぎて諦めた。

 そもそも爪とぎは回数に入るのだろうか。

 まあどうでもいい。


 くすぐったい。

 子供たちが何やら楽しそうに手に持った白い石で俺の体をなぞっていく。

 やっぱ俺壁なんだな。

 何色なんだろう、材質は?

 そんなことより壁ってことは何かを隔てているのかな。

 なんのための壁なんだろ俺。

 川向うに並ぶ家々、川に面した砂利道に立つ壁。

 街の境界を示す壁?

 それとも民家の壁かな?

 城壁だったりして、子供が落書きするくらいだから違うか。


 ちょっと冷たい。

 白い布切れと木の桶を持った女の子が俺の体を拭いていた。

 良い子だ、おじさんが飴ちゃんあげよう。

 陽の光で輝くさらさらとしたストレートの金色の髪。

 頭からすっぽりと被るだけの簡素な服は所々汚れている。

 汗を拭うときに汚い手のまま拭うもんだから顔にまで汚れが付いている。

 背伸びして手を伸ばしても俺の体の半分にも届かない。

 一通り拭き終わったのだろう最後に向けられた笑顔が温かかった。


 体の下の方がちょっと冷たいなって思うとその子がいた。

 名前なんてわからない。

 とりあえす赤毛じゃないけどアンって呼ぶことにした。

 ちなみに俺をひっかきにくる猫はゴロウだ。

 きっと俺はアンの家の壁なんだろう。

 そう思うことにした。


 陽が昇るとアンが来て綺麗にしてくれる。

 ゴロウはひっかきに来て終わると頭の上で眠る。

 日が沈むと青い春を謳歌してそうな青年が来て殴られたり、酔っ払いが蹴りに来たりする。

 川向うにあるピンクの花を付けた樹木は青々とした葉をつけ、船乗りのおっさんの滴る汗が高く昇った日の光で輝いている。


 (かじか)む手を白い息で温めながら、いつものようにアンは俺を綺麗にしてくれる。

 ゴロウは良い天気の日だけくる。

 葉は落ち雪が積もり、船乗りのおっさんはモッコモコになった。


 目を開ければ季節は巡り、さりとて壁である自分は……。


 どの季節になっても変わらずアンは来てくれた。

 伸ばす手が徐々に高くなっていった。

 ゴロウはチビゴロウを連れてくるようになった。


 アンの手が俺の体の半分を超えた頃、対岸が赤く染まった。

 黒い煙があちこちで立ちのぼり、川向うの道には必死に逃げ惑う人が現れ、鎧を着たものに切られ赤を広げていった。

 ただ青かった空には黒い無数の線が走り、その先を赤く染め上げた。


 いつもとは違う痛みが走った。

 矢と鉛の雨が降ってきた。

 アンは俺の後ろにいるのだろうか、だったら倒れる訳にはいかないな。

 こんな痛みなど顔面ぐしゃぐしゃにしながら殴りつけてくる青年のパンチより痛くない。

 こんな痛みなどゴロウファミリーの総攻撃と比べれば屁でもない。

 後ろに目があれば確認できるのに、アンは無事だろうか。

 ついでにあの猫も。


 自分の頭の上に人の気配がする。

 そこから川を横断して迫りくる兵へ矢が放たれた。

 ある矢は盾を頭上に掲げた兵士により弾かれ、そしてある矢は兵と共に川に流れていった。

 頭上の弓兵は腕が良いらしく、次々に当てていく。

 他の場所からも無数の矢が放たれている。

 敵は身動きできない川の中で矢に打たれ、なんとか上陸できたとしても待ち構えていた兵に切り殺された。


 対岸の道に黒い大筒が並ぶ。

 でかい鉛玉が一斉に飛んできた。

 左右の壁が崩れ砂利道に破片を転がした。

 根性のない奴らである。

 子供の頭くらいある鉛玉が当たり衝撃で体が揺れる。

 なめんな。

 いつの間にか川の中流まで来ていた敵の弓兵達からの攻撃が刺さる。

 痛くない、まだまだいける。


 数度の攻撃の後、頭に生温かい液体がかかった。

 液体は体を伝い、足元の砂利を染め上げる。

 足元に伸びる黒い影が頭上で動かなくなった兵の様子を伝えてくれた。

 

 倒れた兵を担ぐ影が現れた。

 その影は見なれた形をしていた。

 砲弾が体を揺らす。

 揺らしてしまった。

 血まみれの兵士と共に見なれた彼女が眼前に見えた。

 矢の雨が降る。

 君を守る壁であるならばと思った。

 君を守っているならばと思った。


 今何回だ。

 一万回くらい越えているだろう。

 越えているよな、動けよ。

 頼むよ動いてくれよ。

 なんで動かないんだよ。

 神様、神様、今俺は何回殴られた、神様頼むよ。


『お答えしましょう』


 声が聞こえた、最後に聞いた声と同じ声が聞こえた。


『二万とんで三百七十八回です!』


 一瞬理解できなかったが口をついたのは、言葉にならない言葉だった。


『ならっ!』


 そんな俺の叫びを嘲笑うかのような女神の声が響いた。


『ええですから、貴方の物語はもう始まっていますよね』

『は?』


 砲弾が腹部に当たり衝撃で体がバラバラになるのがわかった。

 これが俺の転生物語。


『もう終わっちゃいましたね』


 次があるなら壁だけは勘弁してほしい。



 これは、地球の転生ものが大好きで転生神になった女神、その被害者のお話。

 ああそうそう、瓦礫に埋もれていたことで助かった女性がいたそうですよ。

 それでは、機会がありましたらまたお会いしましょう。

お読みいただきありがとうございます。

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