理解して怖いこと 4
私と男は平和湧磨に目を向ける。
彼の背後にはひょこっと花が顔を出した。
「お嬢様!?」
そんな私の発言と同時、男は地を蹴り湧磨の前まで接近していく。
「くっ!!」
違う。奴の狙いはその背後の花だ。
「「!!?」」
しかし奴の右手の短刀は、湧磨の人差し指と親指で摘むように止められている。
「ほー、てっきり遠距離専門かと思ったが」
上に向けて振り払い、
「……まあ関係ないか」
すかさず湧磨は回し蹴りを喰らわした。
見事奴の腹にめり込ませ、そして男は私の脇を駆け抜けて、盛大な音とともに壁にめり込んだ。
「さ、島釜先輩」
目を離している間に湧磨は花をお姫様抱っこしこちらに歩み寄り、
「こちら、割れ物注意な荷物でございます」
と、私に差し出す。
「ひゃ、ちょ!?」
花は少し暴れたが、私は彼女を優しく抱き抱え、抱きしめていた。
「あ、あのイナツ? ほら後輩君が見てるって!」
「……よかった」
抱きしめているため彼女の表情は読めない。だが、彼女は途端に静かになる。
私は再度彼を見るが、彼はすでに背を向け、あの男から庇う位置で立っていた。
「さ、そろそろ観客が待っているっすよ? 主役は早く行ってください」
「……いや、あの男は強い。私も––––」
と口にしようとしたが、途端に背筋に悪寒が走る。
平和湧磨の背は、目に見えている以上に大きく見え、その迫力に、初めて私は後ずさっていた。
しかしその背と真逆に、彼の穏やかな声が響き渡る。
「いいっすよ先輩。ここは後輩らしく先輩に花を持たせるって話っすから。花先輩だけに、ってね」
苦笑まじりに彼は告げる。
「……ほら、演出家は表舞台には出てはいけないんですから、早く行ってください。……俺、心から応援してますから」
「……すまない」
きっと今はただ足手まといだ。いつもなら立てるかもしれないし二人なら勝てるかもしれない。だが……今ここには花がいる。あの男に狙われれば不利にしかならない。
しかし彼は未だ穏やかな声でさらに告げる。
「そこは謝罪じゃないっすよ先輩」
「……ああそうだな。ありがとう、平和湧磨」
私はそう言い残して、彼女を抱きかかえて一本道を駆け出した。
後方で響く攻防戦が遠くなり、私は彼女を一度おろす。
「……お嬢様」
「…ええ」
言いたい事は分かっているようで彼女はうなずき、私と彼女の足に鉢巻を結ぶ。
彼の思いに応えるためには、まず外に混乱を持ち込まない事だろう。
彼は、いや彼らはそのために今、各所で戦っている。だからこそ、彼らの努力を無駄にしないためにも私たちは再び二人三脚に戻る。
ルール的にはもう失格かもしれない。だがそれとは別に、私は––––。
「お嬢様……」
「…うん、なにかな?」
久しぶりに聞く彼女が私に向ける言葉。
一方的な気持ちで避けてしまい、避けられていた日々。
その間に色んなことを考えた。
そして答えがようやく出たものの、今日まで私は怖くて言えなかったこと。
拒絶されれば私は彼女の元を離れないといけない、そんな気がする覚悟を。
だが、今日ここで彼女に言わないといけない。
だが、ここで言うのは早いだろう。
演出家と自称した彼を思い苦笑し、きっと彼がやりたい演出を、私は彼への敬意を込めて敢えて乗ることにする。だから、
「……ゴールの先で、私に伝えさせて欲しいことがあります。なので」
私は柄にもなく息を整え、そして、
「今、私と共に歩んでもらえませんか?」
差し出した手を彼女はにこりと、『あの日』のように笑って取ってくれた。