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「……くっ」
いまだに連絡が取れず苛立ちを感じる。
今までの精算か、応酬か……一向に連絡が取れない部下を思い、悔やみきれず壁を蹴ってしまう。
「あらら、ゆう兄に怒られますよ?」
後方からの突然の声に、私は勢いよく振り返る。
「……ミサ」
立っていたのは『表向きの』雇い主の幼女だった。
彼女は一歩、また一歩と近づき、たった数センチの距離になったところで私は拳銃を突きつける。
「…そこらの大人より利口なお前ならもう気付いていると思ったが、まだ信じたフリをしているのか?」
「いえ、『信じたフリ』ではなく『信じている』んですよ」
彼女は真っ直ぐに見つめている。
「元から知っていました。貴方はゆう兄や、その周りの人たちと接触するためにここへ来たのだと。だからあえて『アルネス』を除いた貴方のスペックを買って、特別報酬込みで取り込みましたから」
「ならなぜ!?」
「それでも貴方は、今まで雇ったどのボディーガードよりも信用できたんです」
その予想外の返答は、言葉が出す、ただじっと何十も差がある少女に向ける。
「私はあまり、非日常を一般生徒に共有するつもりはありません」
「……だったら何故、お前は学校を運営する? そんな事をしなくても、その資金、頭脳ならなんだってできたはずだろうに」
「楽だから、ですかね」
彼女は微笑を浮かべ、
「……私、温かい家族を知らないんですよ」
「……」
「皮肉なことに、私は物心つく前から天才で、やっと心が育った頃に振り返ったら、ただみんなが一目以上おいていたんです。両親は早くに他界し、養子に入り、その時できた姉二人は優しかったんですが、距離があった。そして何よりその両親は、私を金のなる存在としてでしかみておらず、私は早くに家を出て、孤独を選んでしまった。でも意外なんですよ。私、少し後悔しているんです」
その目の奥に、涙を流している彼女が覗いていた気がして、再び口をつぐむ。
「戻りたいとまでは思いません。そもそもその両親すらもう天へ昇りましたし」
そして彼女は小さな窓から空を見て、
「……素の私、『天才』とばかり思って偽ってきましたが、彼と出会って理解しました」
と今度はこちらを向き、その表情は今見せたすべてに一致しない、ただ年相応の無邪気な笑みを見せた。
「私でもできない非日常を続けてきたゆう兄なら、きっと私を年相応の子供に見てくれると思うんです。頭脳を求める汚い大人と違って、ね」
そしてこれも最近になってみせるようになった含笑いも見せる。
彼女は出会った当初から笑わなかった。ただ機械的で、そしてどことなく裏を読んでいるような目をして……。
そんな彼女ははあの霧隠しからよく笑う。何かを企んだり、ただ何も考えず笑ったり、と。
そして今も彼女は何かを考えている。でもその考えはきっと、汚れきった大人の考えるような汚いものではなく、年相応の純粋な事だと思い、いつのまにか笑っているのに気づき、しかしやめる気にはならなかった。
「私は、私のできる事でゆう兄を守りたい。だから、もし今契約が切れてしまっているなら、今一度力のない私に雇われてみませんか?」
その問いに私は、
「……切れてはいない。だが、相手は私の『元』部下。命の保証はさせてもらうわ」
「いいでしょう」
そして差し出された手を握る頃、横から勢いよくドアが開く。そこに立つのは、傘木の従者の一人の『ギンキ』と呼ばれた男。
「モニターが壊されたってどういう事だ!? あの建物の侵入経路を教えろ!」
そして後方から数人、それぞれ煤野か傘木に属する面子が揃って現れていた。
そして彼女は一枚の紙を私に差し出す。
「それじゃ、頼みましたよ『リッパー』さん」
そんなくえない彼女の表情に、私はいつものように、面倒そうにため息をこぼした。