招かれて 2
連れてこられたのは彼女の部屋。凛堂はいつのまにか持っていた紅茶一式を机に置き、注いで手渡されたティーカップを受け取り一口ふくむ。
「おや、警戒しないのですね」
「相手の警戒を解くには、まず自分が警戒していないことを知ってもらう事と師匠に教わってますので。自分ができないことを相手に求めるな、ともね」
「それじゃあまるで、あなたができることは私たちにも適応していると思われているように見えますが?」
「過大評価も大事です。過小すれば対応が遅れ、その分だけの被害が起こります。それを先の事件で改めて身にしみましたから」
ティーカップを置き、俺は彼女の目を見る。彼女もまた、自分の紅茶を置いて、真剣な眼差しを送られる。
「…さて、今回は二つ、お話があります」
「二つ?」
「ええ。一つはお嬢様ですが、まずは『アルネス』についてですかね」
「『アルネス』…」
どこかで聞いた気がするが、少なくとも俺はその言葉を直接的には聞いていない気もする。あくまで周りで、ハジメあたりが話していた気がするが。
「『アルネス』……『孤高の暗闇』で『《アル》ーフ・オブ・ダーク《ネス》』。約八年前から活動している影の集団で、目的不明の組織です。当時彼らを追っていた人たちの話では約十六歳前後の少年少女数名の構成メンバーで大人の存在が確認されない未成年組織として断定、いくつかのスラムを転々として力をつけ、現在はトップクラスの暗殺組織としても有名ですね。主にターゲットとするのは富豪、闇組織だったものの、ここ一年の間で変容しつつあるとのこと。現に今の彼らは賞金ハンターのような行動が多く、構成メンバーは未成年ながらも個々に脅威とされています」
「それって、俺らの学校に忍び込んでいる可能性もあると?」
「……ええ、そうですね」
つまり今、この状況でも簡単に狙ってくる奴もいるということだ。現に今回遭遇したあの男も同い年ぐらい。今後はさらに注意するか、あるいは……。
「…現状、八年前の構成メンバーは成人していると思われます。そこも理解していてください」
「了解したっすよ。でもそんな情報、本当に俺が聞いて良いんですか?」
「なにを言っているんですか」
彼女はニヤッとし、
「あなたが聞いていれば、あなたを中心とした多くのネットワークが動いてくださるでしょう?」
「……初対面から失礼かと思ったが、やっぱり腹黒キャラかよ」
俺も苦笑し、俺は受けることを約束した。
「…で、会長の件ってのは?」
一時休み、彼女が俺の分のご飯を持ってきてもらったため少し食べてから続ける。てかこのステーキ塩加減がいい。
「……随分とハナと一緒ですよね?」
「ええ、まあ」
「…二人三脚、一位になって欲しいんです」
「……はい?」
思いもよらない回答に、俺のフォークが止まる。
「なに言ってんすか?」
「もちろん聞いてはいるんですよ、その策については。私、彼女の一番の親友と思ってますから」
なら余計にわからん。確かに勝とうとは思っているが、この策は別に一位になる必要まではない。あくまで煽らればいいだけ。てか一位は俺のメンタルが持たん。
「……なぜ? 流石に俺でも一位まで取ったらどうなるかくらいは分かっているんです。もし取れば挑発の意味をなさなくなる可能性もあります」
「いえいえ、別に作戦が成功してもしなくてもどうでもいいんですよ私は」
ますますなにを言っているのか、俺は思考する。
「……あなたのメリットがわからない。それをすれば度が越える」
「私別に、お嬢様が泣いても構わないのです」
やはりわからない。彼女の目は至って真剣だった。
彼女は一呼吸し、食器を置く。
「彼女も、あなたも分かっていない。彼は昔は自衛隊員でした。ですが、彼は足を洗い、今こうして執事に勤しんでいる。しかしこの先、彼がもしハナと付き合う事になれば、彼は経歴で傷つく事になるのです」
「経歴で?」
「…あのバカは幼少……ハジメと共に親に『戦いの道具』として育てられました」
突然の事に俺は息を飲む。これは島釜伊夏だけでなく沢上一の過去に触れる事だ。それも結構ハードなものだ。
「……あなたには彼の過去を知る必要があるでしょうね。その上で同じ答えが出せるかしら?」
目だけが笑わず、ただじっと俺を見つめていた。
「…当時、私は捨て子として自衛隊員に拾われ、古参だったサトシと共に『特殊保護下』に置かれていました」
「サトシが古参?」
「ええ。サトシは過去を話しませんが、当時から爆薬等に詳しすぎる子だったのよ。普通に託児に引き取らせられず、『最年少自衛隊員』と言われながら、ただの監視下に置かれていたのよ。私もいろいろあったから似た理由でサトシと同じ監視下に置かれたわ」