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「…あーあ、負けちゃったのだー」
男子に労いの言葉を送った舞夜がトコトコと残念そうにやってきた。
「無理なのだー。あんなのどうにもできないのだー」
「…と、言うと?」
「ユウマの反射神経は我を凌駕しているのだ。ただ取ろうとすればカウンターだし、あの時仮にユウマが取れなくても………小回りが効く騎馬が後ろにさらに回り込んでいたのじゃろうな」
「つまり、注意すべきはユウマだけではない、と?」
「そう」
舞夜はそう言い残すと、すうっと姿を消した。
『まあ、頑張るのじゃな』
転移したのだろう。そこにはもう舞夜の痕跡はない。
しかし、突然消えたことに対して、耐性のない一人の少女は震えた。
「……き、きえた! ゆ、幽霊なの!?」
「あー……バカ」
覆いたい手は繋がれていたからため息しか出ない。かわりに霞がなだめたが、今度説教しないといけないようだ。
「…しっかしどうするの大将、アレを止められる騎馬は誰もいないわよ」
霞の言葉は最もで、既にメールアプリでグループ登録した騎手全員の大半が落ちたと報告が上がっていて、残りがいなくなるのも時間の問題だった。
綺紀はすこし考えた。
「……多分ノブキが補助していると思うけど、基礎の頭脳ではないと思うのよね。カスミはどう?」
「…確かに、サトシは突っ走るけどハジメなら策なしに動かない。でも、こと非常識なら……」
と、三人が僕の意見を待っているけど、首を横に振る。三春がいるため、ある程度かいつまんで説明をした。
「…確かにユウマが司令塔かもしれない。でも、長い間一緒にはいたけど、チーム戦とかではいつも対立側だった。だからユウマの傾向は正直敵としての目線でしかわからないんだ」
「でも敵側なら今に当てはまるし、むしろこちらが有利じゃないの?」
「そうどね。でも……」
僕は一点の方角を見る。
「……もっと近くで見てて、遠くで見てた人を知ってる」
その先にいたのは、湧磨を追って行った、優華の騎馬だった。
「…確かに、実せ––––チーム対抗では優華さんが比率的に多いですね」
住宅街を歩きながら、前方のカナコが肯定する。
「連携は、正直私たちがいなくてもいいくらい取れていました。時にユウカさんの意図を読んだり、読まれたり。ユウカさん的にはどうですか?」
「………それでも無理。現に今のユウマを読むには何か決定的なことが足りない」
「そういえば、ユウマは結局どうだったの?」
「それが……」
霞の何気ない言葉に、歯切れ悪そうなカナコが口を開く。
「……なにか、うまくあしらわれてしまいました。その間に何人も落され、今ではA組は私たちだけです」
「………不覚」
すると、それまで特に話に入らなかった委員長の咲が話に加わった。
「それに『あからさまに避けてた』わね。『大将だけ残して』なに考えてるのかしらね、あの平民組は」
『………ん?』
「あ、私もそう思いましたー」
咲と知子は特に重要と思っていなかった一文に、皆が反応した。
「……あ、あれ? 気付いて無かったのですの? 平和湧磨は『大将の騎馬』だけを残して他は的確に葬っていましたよ?」
「………そう言うことか」
優華はポツリと呟き、彼女の思考を僕も理解して、そして二人して笑ってしまった。
「そ、そんなに的外れなこと言いましたの!?」
「………ううん、ありがとう。おかげで打開策が少し出た」
「てかあんた、よくわかったわね」
優華は感謝し、カスミは不思議そうに見る。
「まあ、私無視されたら避けられたりするのは慣れ––––ああなんでもありません」
「…サキ、あんたが面倒だとは思ったけど安心して、私は温かい目で受け入れてあげるから」
「あなた同情に見せかけて結局馬鹿にしてませんですの!?」
「あー、はいはい。ツンデレ乙」
「ちーがーいーまーすー、ですわ!」
「何よ、高飛車かと思ったら可愛いとこあるのねトモコ」
「うん、だから離れられないの」
「ちょっとトモコ!?」
ワイワイと皆で笑い合い、そして優華と麻央が方針を決めた。
「…見るべき方向を間違えた。ユウマは遊ぶ時はパフォーマンス、エンターテインメントを重視するってことを」
「………多分ユウマはドームで決着をつける気」
「だったら学校に急いだほうがいいわね。お腹すいたしそろそろ決着つけてやりましょ」
「なら、走ったほうがいいですね」
霞がまとめて、三春が再び走ることを促した。
駆け抜けて坂まで来た時、三春が不安そうに呟く。
「……それでも、勝てるんでしょうか」
「………パフォーマンスはする。でもユウマは遊びで負ける気はない」
「勝算なしの戦いはしないでしょうね」
そのことに関してはカスミも同意していた。実際ドッチボール戦ではユウマは本気で勝つ気でもあったのだから。
すると三春が止まった。突然で後方二人は一瞬体制を崩しかけたけど、なんとか戻した。
「……キキ、正直今の私って足手まとい?」
「そ、そんな事ない!」
綺紀は否定したけど、三春は首を振る。
「…ううん。この今日が始まった時から分かってたけど、多分あの平和くんと小中くん達に勝つには、常識を捨てないといけないと思うの」
「みーちゃん……」
否定しようとしたが、強く握られた手に、言葉が出なかった。
三春は何かを決心し、優華達の騎馬に目を向ける。
「…ねえ、せめて一回は平和くん達を圧巻させたくない?」
三春の提案は、もしかしたら湧磨と同じくらい突拍子のない事で、でも、色んな意見はあっただろうけど、みんなが異論を唱えることはなかった。