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「……よっ」
「あらら、話しかけるとは珍しねユウマ」
食後、他メンバーは各々残り一時間で準備に勤しんでいた。
そして俺は、廊下で壁に寄り掛かった愛花に声をかけた。もちろん、俺はこいつを探していた。
「お前に聞きたいことがあってな」
「へー、君は私が嫌いだと思ってたよ」
「『嫌い』じゃなくて『苦手』な。別に毛嫌いするほどじゃない」
「へーそー」
興味なさげに壁から離れ、俺を向く。
「で、何の話かな?」
俺は少し躊躇う。これはかなり深いところを突く話だ。だが、こいつには分かっていてほしいことがある。
せめて、師匠を憎んでいるなら誤解を解きたいとも思っている。
「その右腕と、『目』について」
俺はトン、と自分の頭を突いて問う。
「…なーに? 魔法ってそこまでわかるの?」
「まあな。人間、誰もが魔力回路が存在するんだ。そしてその腕のことを知ってる俺がその腕を見た際、悪いが目にも不自然に流れがなかったのを見た」
実際網目に微量に流れる魔力は、彼女の右腕、そして左目に感じなかった。
もちろんみんなが魔力を持っているわけではないが、こいつは師匠の娘。少なからずあると分かってはいた。
「そっかー、見えるのかー。それで、何が聞きたいの?」
「お前は母親を恨んでるか?」
ピキッと、朗らかな笑みは凍りつく。
「…お前の事は師匠から聞いてる。『神隠し』に飲み込まれる際師匠はお前を押し出す賭けに出た。しかし結果、不幸にも異世界で中途半端にお前の右腕が落ちていた」
「……」
愛花は右腕を見つめたまま静かに聞く。
「…師匠は悔やんでいた。本当は危険と分かっていてもお前を引き寄せるべきだったと。もしかしたらここと異世界の狭間に取り残されたかもしれない、とも思っていた」
「……」
「…だけど」
俺は頭を下げる。それが今、弟子の俺ができる事だろう。きっと師匠なら「他人の事情に深入りすんな」とか喝入れられそうだけど。
「あの人を恨まないでくれ! 結果はこうなってしまったが、あの人はお前を愛していたんだ!」
「……ねえユウマ」
顔を上げられず、俺は黙って彼女の言葉を待つ。
「…お母さん、今どうしてる?」
「……分からない」
「……そっか。じゃあいいや」
彼女はこちらに近づき、
「いくよ。そろそろ始まるからね」
グッと俺の頭を人差し指で持ち上げ、パチンとデコピンされた。
「…ユウマからその言葉はいらないかな。私は、お母さんから直接聞くからいいの」
立ち去った彼女を、俺はただ動けず見送っていた。
「……泣いてるくせに」
と呟いてしまった。