水面下
「今日はお呼び立てして申し訳ありません」
運動会前日、空き教室のドアは開かれ彼女が入ってくる。
私の知る、校内随一の運動能力を持ち、好意や敵意を向けないと思われる人に。
彼女は訝しげに入るが、それも折り込み済み。
「私は生徒会副会長『島釜伊夏』と申します。今日は折り入った話をしたいと思いまして」
「御託はいいです。僕は忙しいんで早く」
「『平和湧磨』について、でもですか?」
リサーチはしている。彼女のメリットは『平和湧磨』の周辺事情。
「私は現在、『二人三脚』に出場しようと考えていますが、優勝を目的にすると人は限られます」
「あなたならどうにかできるんじゃない? 人気はあるって評判よね、男女関係なく」
さすがと言うべきか、彼女も幾らかの情報網はあるようだ。
「……ですが、自慢に聞こえたら申し訳ありませんが女子には異性的に、男子にはその結果の憎悪的に、あまり良い関係で組む事はできないんです」
「そう。僕も似たものだからわからなくはないけどね」
「……交渉の過程で、こちらのメリットから提示します」
少年に煽られたのはキッカケだが、私もそこまで人間はできていない自覚はある。今も、私は彼の挑発に頭でわかってても感情が抑えられなくなる。
だからこそ、きっと利害の一致はある。彼女は、何処か私と似たものを感じるから。
「私は『松尾花』を––––」
「いいです」
止められ、でかかった言葉を呑む。
彼女はニコッと微笑む。敵意がまるでない。いや、『まるで』ではなく本当になかった。
「いいですか先輩、その言葉は本人の前まで取って置かないといけませんよ? それも違う女子にって、言葉の重みが減ってしまいます」
終始絶やさず、彼女は手を差し出し、
「協力しましょう! 正直僕はユウマに優勝させたくないので!」
その華奢な手を、私は強く握った。
「…宜しく頼みます、『煤野麻央』さん」
煤野麻央は、さらにニカッと笑って見せた。
「ユウマをギャフンと言わせましょう!」
彼女の赤いマフラーが、春風に揺らされていた。