ウルタール
神酒がウルタールに入ると、そこは遠景からの雰囲気の通り、とても活気がある街だった。ちょうどウルタールは跳ね橋から入った正面の通りが中心街になっているようで、店舗化された家々が軒並み威勢の良い声をかける店員を伴い、玉石敷きの通りには多くの人が行き交っている。その人々の服装や髪型、使っている貨幣や店先に並んでいる品物などは神酒が見慣れた物とは少し違っているが、ただ人間特有の生きる術というか、その営みは永くルルイエに留まっていた彼女にとっては懐かしいもので、神酒は人々の活気ある生活の匂いを思い出すように、しばらくその光景を眺めていた。
「・・・そうだ、あたし、やることあったんだっけ。」
それから10分ほど過ぎた頃だろうか。自分にしなければならないことがあったことを思い出した神酒は、いよいよリャンという人物を探すために行動を始めた。
ウルタールの人々の話し声を端から聞いていると、神酒が理解できる日本語を話している人もいれば、全く理解できない言語で話している人もいる。神酒はそれらの人々の中から、間違い無く日本語を話していて、比較的人当たりの良さそうな、正体不明の植物を売っている男性店員に声をかけた。
「あの〜・・・、すみません。」
「あいよ!お姉ちゃん何か買うかい?」
「いえ、あの、あたしお金持って無いんですけど。」
「なんだい。それじゃ、何か用事か?」
「あたし、リャンっていう女の人を探してるんですけど・・・。」
「リャン〜?」
店員は野菜(らしき物)を並べる手を止めると、その手を顎に当てて考え込んだ。
「リャンって人〜?聞いたこと無えな。」
「結構有名人だって聞いたんですけど。」
「ふ〜ん。すまねえな、ちょっと心当たり無えや。他を当たってくんな。」
「はい・・・。失礼しました。」
神酒は店員に頭を下げると、その店を離れた。彼女は最初『たまたま知らなかっただけかな?』ぐらいにしか思っていなかったが、その内その考えが甘かったことに徐々に気付かされていくことになった。神酒は気持ちを切り替えながら見えるお店の片っ端から店員たちに聞いていったのだが、誰もリャンという人物には心当たりが無いというのである。続いて彼女は道を歩いている人たちにも聞いてみたが、結果は同じ。ウルタールにも交番の役割を担う施設があるということでそこも訪ねてみたが、結局リャンという人物についての情報を得ることは出来なかったのだ。
「ティムのバカ〜!誰も【リャン】なんて知らないじゃん!」
一向にリャンという人物を探し当てられない神酒は、路地裏にあった廃樽の上に腰掛けて、少し奇妙な悲鳴を上げた。
既に空は山吹の色彩を深め、時は夜の刻限を間近に引き寄せようとしている。辺りにはすっかり人影も失せ、代わりにカラスに似た何かの生き物とネコの鳴き声が低く響き始めた。よくよく見てみると、この街はティムが【ネコの街】と言っていた通り、周辺には昼にはあまり目立たなかった無数のネコの集会場がいたる所に現れ、人間そっちのけで何やら会議をしているようにも見える。
ふとその中の1匹のネコが、まるで獲物を狙うような鋭い目付きで神酒に近寄って来ると、威嚇するような咆哮を上げた。それはまるでネコが、『その樽の上は俺の場所だ!どけ!』とでも言っているように聞こえて、神酒は渋々自分が座っていた場所をネコに明け渡した。
「はいはい。どけばいんでしょ。もう〜!」
樽の上から神酒が場所を譲ると、ネコは満足したようにその上に飛び乗り、まるでそこが自分の玉座であるように大きなあくびをする。
そして昼から何も食べていないことを思い出した神酒は、痺れを切らした腹の虫を必死になだめながら、ネコたちの姿があまり無い別の路地裏に移動し、壁によりかかると力無くヘナヘナと腰を下ろした。
「あ〜もう!リャンっていう人は見つからないし、お腹減るし、ティムのバカ〜!!あたし死んじゃうよ〜!!」
すると、その時だった。
『・・・アンタ、今【ティム】って言わなかった?』
神酒の耳に、明らかに彼女に向けられた言葉が聞こえた。彼女は少し驚いて声のした方に顔を向けたが、そこにはネコたちが数匹見えるだけで、人間の姿は見えない。
『ちょっと!どっち見てるのさ!こっちだよ!』
声は間違い無く女性のもので、少しキツい性格の印象を受ける。神酒はとにかく声の主を探そうと顔をキョロキョロとさせたが、どうしても見つけることができない。しかし神酒はそのうちにネコの群れの中に、彼女の顔をじっと見つめる、一匹の特徴のあるネコの姿を目撃した。
ドリームランド特有の黒を混じえる月灯りの中に浮かび上がる銀色の毛皮。間違い無く、それはティムが持つ毛皮の色そのものの姿だった。
そしてそのティムと瓜二つの銀のネコは、明らかにそのネコ自身の言語を使い、再び神酒に話しかけてきたのである。
『もう一回聞くよ。アンタ、今ティムって言ったよね。』
「え・・・あの・・・はい。」
『それじゃ、アンタがミキって子だね。』
混乱する神酒の頭の中。しかし今まで何度も信じられないような体験をしてきた彼女は、慣れにも似た組立式が構築され、そこから神酒なりのある答えが導き出された。
「・・・それじゃあ、リャンっていうのは・・・。」
『ティムに聞いてなかったのかい!?リャンっていうのはウチのことだよ!』
「あ〜・・・道理で・・・。」
『なんだよ!覚醒の世界(現実世界)じゃ、喋るネコは珍しいって言うの!?』
「アハハ・・・、まあティムぐらいしか・・・。」