夜の鍵
『・・・ボクもいろいろ考えていたんだ。ミキとシオリやキララたちの運命の歯車は、きっと君たちが出逢ったところから動き始める。もし出逢った時にキララたちがミキのことを思い出せば、ミキの望む世界は戻ってくると思う。でももし思い出すことが出来なかったら・・・。』
「出来なかったら?」
『・・・もう永遠に、君たちの過去の思い出は消えてしまうことになるかも・・・。』
「・・・そうか・・・。そうなんだ・・・。」
ティムの言葉を聞いて、神酒は黙り込んでしまった。ティムはあるいは神酒が彼の言葉を聞いた時に、彼女はパニックを起こすように取り乱してしまうかも知れないとも考えていて、実際にはそのようにはならなかったが、今の神酒はティムが想像していたよりもずっとショックが深いような気がしていた。
「・・・まあ、その時はその時だよね。あたしはみんなのことを良く知ってるんだから、また一からやり直せばいいか。」
『ミキ・・・。』
「大丈夫だよ、ティム。みんな優しい子たちだもん。あたしのこと思い出せなくても、またきっと最高の友だちになってくれるよ。だから心配しないで。」
ミキは相変わらずだな・・・、とティムは思った。彼女は表情を出来るだけ崩すまいとしているが、この短い台詞からでも無理をしているということがはっきりと判る。ティムの知っている神酒は、彼が彼女に出逢った時からずっとそうだった。神酒は他人の心配は人一倍するくせに、自分の心配事は隠そうとしてしまう。それは他人に弱みを見せたく無いという意識からでは無い。相手に心配をかけたくないという思いが、無意識に表に出てしまうのだ。
なぜなら神酒は仲間たちと別れたあの日に、必死に涙を堪え、笑顔で別れようとしていたのだから・・・。
『ミキ。あんまりお薦め出来ないんだけど・・・、一つ方法があるんだ。』
「方法って・・・なんの方法?」
『確定させることは出来ないけど、キララたちがミキの事を思い出す確率を上げる方法さ。』
「え・・・?」
ティムの思いもしない言葉に、神酒は身を乗り出した。
「あるの!?そんな方法が?」
『うん。無いことも無い。でも、それは少し危険な方法で、あんまりやって欲しくは・・・。』
「ティム!!」
神酒は珍しく大きな声を出してティムの言葉を遮ると、バンとテーブルの上を叩いた。
「ティム。その方法を教えて。」
はっきりと目を見開き、まるでにらむようにティムを見つめる神酒。その表情には彼女の決心がはっきりと浮かんでいて、後はてこでもその決心を曲げられないだろうということが容易に想像できる。
その事に気付いたティムは、一度テーブルを降りると黙って彼らの居た石造りの部屋から退出したが、またすぐに戻ってきて神酒の前に腰を下ろした。見るとティムは口に何かをくわえていて、顔を前に突き出し、神酒にそれを渡そうとしている。
「ティム。これは・・・?」
『これは、【夜の鍵】さ。』
「夜の鍵?」
神酒はティムから【夜の鍵】を受け取ると、それをしげしげと眺めた。それは確かにその名の通り、黒い色をした一本の鍵だった。鍵は20cmに少し満たないほどの長さだがずっしりとした重みがあり、表面には精巧に何かの文様が彫り込んである。神酒はその文様をどこかで見たような気がしていたが、それが昔ティムが納められていた【マトゥの木箱】と同じ文様であることに気付くのには、長い時間はかからなかった。
「ティム、これどこの鍵?」
『これは【ドリームランド】への鍵だよ。』
「ドリームランド?あの美鷹にある大きな遊園地の?」
『違うよ〜。』
ティムはカラカラと笑ってみせたが、またすぐに真剣な表情に戻ると、神酒の顔と夜の鍵を交互に見ながら、これから神酒がすべき驚くべき方法について話し始めた。
『ドリームランドっていうのは、その名前の通り夢の中にある世界。幻夢郷とも呼ばれる、もう一つの世界のことさ・・・。』