ティムの決心
『余計な心配はしなくても大丈夫だよ。今から5日後に、短い時間だけ星辰(星の並び)が正しい位置に並ぶ。その時に一瞬だけルルイエが浮上して混乱が起きるから、そのドサクサに紛れて君の両親が乗っている船に君を送り込むよ。クトゥルーが目覚めるのは今世紀ではこれが最後で、後は当分起きることは無い。ここからはクトゥルーの監視役はボク一人でも大丈夫だよ。』
「ううん・・・そんなことじゃ無くて・・・。」
神酒はティムを抱き上げて、彼を心配そうに見つめた。
「あたしだけみんなの所に帰るなんて・・・そんなこと出来ないよ。」
『どうして?やっとみんなの所に戻れるんだよ?』
「戻るのなら・・・ティムも一緒がいい。ティムだけこんな所に置いて行けないよ。」
『ハハハ・・・。相変わらず優しいね、ミキはさ。』
ティムはにっこりと笑うと、神酒の頬をペロッと舐めた。
『でもミキ。ここからは大事な話だから、どうしても君に聞いて欲しいんだけど・・・。』
ティムは神酒の腕からスルリと床に降りると、彼女の顔を見上げた。その瞳には今までのように人懐っこいおどけた色は無く、偽りの無い彼の本当の想いを伝えようとする意志がはっきりと受けて取れる。
『ミキ。君はもう充分に頑張った。いくらたくさんの人を救うためでも、こんな暗い所で自分を犠牲にして2年も過ごすなんて、普通は出来ることじゃ無いよ。
ボクも最初は思っていたよ。クトゥルーの復活を阻止するためには、どうしてもミキに犠牲になってもらわなきゃいけない。残念なことだけど、君が大変な目に遭うのは必要なこと。ミキの幸せを捨ててもらうことで、多くの人々の幸せを守らなきゃいけないってさ。
でもね、ミキ。君とここでずっと一緒に過ごして、ボクはその考えが間違っていたってことに気付いたんだ。
君一人の幸せと、多くの人々の幸せ。それを天秤にかけるのなら、それは多くの人の幸せの方が重いってことじゃ無い。誰かの代わりに君が不幸になるなんてこと、ホントはあっちゃいけないことなんだよ。
だからミキ。これからミキは、幸せにならなくちゃいけない。
第一さ、他人の不幸の上に成り立つ幸せなんて、そんなものは本物じゃ無いからね。他の人の幸せを祈るのなら、なおさらミキ自身が幸せにならないといけないんだよ。』
「でも、ティム。それならやっぱりティムも一緒に帰らないと。ティムだってすごく頑張ったし、多分シオリちゃんやマムちゃんと一緒に暮らすのが、ティムの一番の幸せだと思うよ。」
ティムは神酒から詩織と真夢の名前を聞いて、少し動揺した表情を見せた。なぜならあの二人は、彼にとってはそれほどまでに、何にも代え難い大事な存在の少女たちだからである。
『うん・・・。そうだね。そう出来たら、ホントに幸せだろうな・・・。
でもね、ミキ。ボクたちには誰でも、果たさなきゃいけない使命ってものがあるんだ。ボクにとっての使命って、それが何かはまだ判らないけど、でもボクはまだ目の前の事さえ果たしちゃいない。人間より遥かに多くの時を過ごしてきたんだから、ミキと同じ尺度で物事を考えるわけにはいかないんだよ。
君は充分に頑張った。だから後はボクに任せて、ミキは自分が幸せになることだけを考えればいい。』
「・・・ティム・・・。」
するとティムは神酒にウィンクをして、いつものおどけた愛らしい表情を浮かべて見せた。
『大丈夫だよ。やることをやったら、後はミキよりも充分に幸せになってみせるさ。それにボクには扉があるんだ。もうクトゥルーの眠りも安定期に入るし、チャンスを見つけてちょくちょく逢いに行くよ☆』
「・・・・・・うん・・・判った。待ってるからね、ティム!」
そして神酒はもう一度ティムを抱き上げると、もうこれ以上の愛情は無いというぐらいに、銀色のかわいいネコを抱きしめていた。