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最後の朝

「ねえ、神酒さんだったよね?」


 次の日の放課後。今日の夕刻にドリームランド行きを決心した神酒は、【夜の鍵】をカバンに忍ばせ最後の授業に臨んでいたが、その後家路についていた彼女に話しかけてきた少女がいた。

 それは七海で、かつての思い出を浮かび上がらせるような笑顔で神酒を見つめている。。

 その笑顔があまりにも自然で神酒はドキリとしたが、それでも平静を装いながら七海の顔を見た。


「はい、そうですけど・・・。」

「あのさ、神酒さんに逢わせたい人がいるんだけど、ちょっと時間いい?」

「あたしに?」

「うん。実はね、うちに詩織っていう妹がいるんだけど、この前神酒さんを見かけたらしくて、なんとなくあなたに興味を持ったんだって。いい子なんだけど、ちょっとワガママでうるさいところがあるんだ。お手間かけさせちゃうけど、いい?」


 詩織ちゃんが?なんだろう?

 

 神酒は小さな疑問を持ったが、とりあえず七海の提案に乗ることにした。

 そして2人は歩き始めると、七海の家である椎名家に向かったのだが、その途中で七海は神酒が知っている道を外れ、そのまま公園へと歩き出した。


「・・・こっちが七海さんの家ですか?」

「ううん。実はね、シオリは今の時間ぐらいだと多分公園であそんでるんだ。ちょっとこっちに付き合ってよ。」


 そして七海は神酒を手を握って走り出した。かつていつも手をつないだ七海の温かみが、昔を思い出させるように柔らかく彼女の体温に伝わっていく。それを神酒は複雑な思いで受け止めながら、過去と今とを重ね合わせていた。


 神酒と七海が公園にたどり着くと、その片隅に数人が集まってワイワイ話をしている姿が見える。神酒が七海に促されて近寄ってみると、そこには・・・・・。


 神酒は、あまりの懐かしさに心臓がドキリとした。そこにはあの親友だった面々が集まり、楽しそうにおしゃべりをしている姿が目に入ったのである。

 瞬がいる。輝蘭がいる。絵里子もいる。

 そしてその中の瞬が神酒と七海に気が付くと、2人に声をかけてきた。

 永く思いを馳せ、ずっと憧れてきた水神瞬。最後に顔を見ることが出来たことを、神酒は喜べば良いのかどうかが判らない。


「あ、やっとナナミちゃんが来たよ!」

 瞬の言葉に、輝蘭が振り向く。

「遅いですよ、ナミさん。」

 絵里子が立ち上がると七海に近づき、ポンと肩を叩いた。

「やっと連れてきたね、神酒って子をさ!」


 神酒の顔を見てワイワイ言い出した瞬たちを見て、神酒は涙を流しそうになった。

 やっぱり、あたしのことは憶えていないんだ・・・・。

 でも良かった。もうお別れだけど、あたしが見たかったものが全部ここにあるんだから・・・。


 そしてとうとう神酒の頬に一筋の涙が流れた。その涙は哀しみのものなのか懐かしさのものなのかは判らない。しかし今は、神酒が今までの思い出に別れを告げ、新しい未知の生活に踏み込む瞬間とも言える。切なさに支配されている今の神酒にとって、もしかしたらこの場は最も居たくない領域となっていたのかも知れない。


「神酒さん?もしかして泣いているのですか?」

「いえ、ちょっと・・・・。それで、あたしに逢いたいっていうのは・・・?」

「うん、あの子だよ。」


 七海がジャングルジムを指差すと、そこであそんでいる2人の女の子の姿が見えた。それはまぎれもなく詩織と真夢で、2人は七海たちに気が付くと、彼女たちのところへ駆け寄ってきた。

 今は詩織と真夢は小学6年生のはず。あれから2年の月日が経ち、やはり2人の身長もずいぶん伸びている。

 詩織は神酒の前に立つと、ジッと彼女の顔を見つめた。彼女は昔と同じように、赤いリュックを背負っている。


「シオリ。神酒さんに聞きたいことがあるんでしょ?」


 七海は詩織に話しかけるが、詩織は神酒の顔を見つめたまま、ジッと動こうとしない。

「ほら、神酒さんに失礼でしょ?早く言いなさいよ。」

 七海が詩織をいくら促しても、やっぱり彼女は神酒を見つめたまま動こうとしない。業を煮やした七海が、ふっとため息をつくと、詩織を代弁して事の経緯を説明した。


「しょうがないな。あたしから言うね。実はね、神酒さん。詩織はね、ずうっと昔から変な趣味があるんだ。」

「変な趣味?」

「うん。詩織はね、いつからだかわからないんだけど、ずっとお話を書き続けているんだ。」


 するとそこで、瞬が会話に割り込んだ。

「それがね、けっこうおもしろいお話なんだよ。ここにいるみんなは、そのお話もう読んでいるんだ。

 例えばさ、森の中の怪物が襲ってきたり、人形が話をしたり、未来の世界に行ったりとかさ。」


 今度は輝蘭が話し出した。

「それでね。不思議なことに、そのお話の主人公の名前が『高村神酒』あなたと同じ名前なんですよ・・・・・。」


!!!!!

 神酒は輝蘭の言葉を聞いて、まるで心臓が飛び出しそうな衝撃を覚えた。

 自分の意思とは無関係に体が震えだし、頭の中に強い感情が湧き上がる。

 あたしが主人公の物語!?それって、まさか・・・。


「・・・・その・・・・そのお話の題名・・・・教えてくれるかな?」


 今にも泣き出したくなるような感情を必死に押さえ、神酒は無理に平静を装い彼女たちに聞いた。

 するとその時だった。さっきからじっと神酒を見つめ続けていた詩織が、ふいに赤いリュックを下ろすと、その中からあるものを取り出したのだ。


 それは、ページ数が多い1冊の手作りの本。

 詩織はその本を持つと、黙って神酒に差し出した。

 その表紙に記された手書きの題名を見た時、神酒は手が震えて本を受け取ることができなかった。

 その本の表題には、こう書かれていたのだ。


 【君のポケットに届いた手紙】


 かつて神酒が輝蘭に送ろうとしていた、彼女たちの不思議な冒険を物語として記した長い手紙。

 歴史の矛盾を修正するため、失われたはずの神酒に関する記憶と記録。しかしそれが物語であるなら、消去の対象になることはない。


 神酒が震える手で本を受け取ると、今まで無表情だった詩織が初めてニッコリと笑い、そして神酒にこう伝えた。


「・・・・・お帰り。ミイちゃん!!」


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