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意外な出逢い

 しかし、それに素早く反応したのはリャンだった。

 リャンは男の膝を足場に男の顔まで掛け上り、頬から眼にかけて鋭い爪の攻撃を加えた。その動きは一度の瞬きで見逃すほどに素早いもので、彼女がウルタールで未熟ながらも手練と呼ばれていたことがよく判る一撃だった。


「リャン!」

『ボーっとするな!早く逃げろ!!』

「ありがと!助かった!」

『あんたにケガされれると、アタル様に叱られるんだよ!!』


 リャンの言葉に、神酒は素早く反応した。神酒はリャンの爪で悲鳴を上げている男の股間を瞬さながらに蹴り上げると、囚人たちに背を向け、そのまま霧の闇の中へ猛然とダッシュしたのである。

やるじゃん!』

「・・・あたしの清楚なイメージが゜(゜´Д`゜)゜」


 神酒の走りは次第にスピードを上げ、障害物を無視して未知の地の闇夜を突き進んでいった。地面は湿気を多く含むぬかるみで、泥の粘りが神酒の足を捉えようとするが、立ち止まることが死に繋がることを理解した彼女はそんなことに構ってはいられない。

 神酒は元々陸上部出身なので、その脚には実力に裏付けられた自信がある。長距離も短距離も得意だった彼女にとって、重い筋肉の鎧と武器を持った囚人が追いつけるハズも無いし、泥の道も彼らに同様に大きな障害となる。

 正直神酒もリャンも、自分がどこをどう走っているのかは全く判っていなかったが、ただ追いかけてきた囚人たちの姿は遠くに消えていき、時間が経つにつれ、とりあえず目の前の驚異からは逃れることが出来たことだけは理解していた。


 ☆★☆★☆


 走り疲れた神酒が足を止めた場所は、相変わらずぬかるんだ地面が絡む湿地帯だった。本当なら彼女はもっと余裕で長距離を走れるのだが、さすがに泥道の負担が大きい上にルルイエでの運動不足もたたり、ここまでの走行距離はせいぜい2kmほど。神酒にしては長い距離では無いのだが、それでも疲れはピークに達し、彼女は肩で大きく息をしている。そしてそんな神酒の傍で、リャンも舌を出してハァハァと息を枯らしながら、とりあえず当面の危機を脱したことを確認した。


『アンタ、人間にしてはずいぶんやるじゃない?』

「死にもの狂いだったからね。」

『さっきの蹴りもなかなかのもんだったし。』

「・・・その話題、ちょっと止めて欲しいかな〜って。」

『なんで?アタル様ににもキチンと報告しておくよ。』


「・・・リャン。文句言わないで鳥に乗るから、それだけはカンベンして・・・。」


 しかし2人は改めて自分たちが今いる位置を確認した時、辺りは完全な闇に包まれた未知の土地であることを理解し、彼女たちは漠然とした不安を背負うこととなった。

 ドリームランドの住人であるリャンすら知らないセレネル海に浮かぶ謎の島。周辺には汚泥の臭いが漂い、黒い空気の向こう側からは得体の知れない生き物らしき息遣いが聞こえてくる。時折泥の中から何かが飛び跳ねる音が響き、それは近付いたり遠ざかったりしながら2人の回りをうろついているように聞こえる。

 視界の全く効かない闇は、神酒とリャンを怖がらせるに充分な黒い懐を開いて、2人を怪訝な世界に包み込んでいた。


「リャン、ここどこ?」

『知らないよ。セレネル海にこんな島があるなんて、聞いたこと無い・・・。』

 

 そして、それからほんの数分が経った頃だった。不意に2人の耳に、泥の中を何かが近付いてくる音が聞こえた。それはあまり大きな生き物の音では無いが、確実に神酒とリャンのもとに近付いてくる。

 既に疲れきった神酒たちはそこから離れる気力も無く、ただ物音のする方向を固唾を持ってじっと見つめていたが、やがてその物音の正体が薄明かりの中にボンヤリと浮かび上がった時、2人はその生き物の姿に唖然とし、しばらく言葉を発せなかった。

 

 そこにいたのは、1匹のネコだった。ネコはリャンと同じ銀色の毛並みを持っているが、リャンともティムとも少し違っている。銀毛には所々蛇のような黒い斑が刻まれていて、どこか白虎を連想させるものがある。

 またその胸の中央には猫神バテストを型取った小さなメダルが下げてあり、ウルタールのそれと同様に知性のあるネコだということが理解できた。


『・・・リャン。リャンなのか?』

 

 意外なことに、ネコはリャンの名前を呼んだ。

『え・・・?兄さん?タオ兄さんなの?』


 リャンに兄と呼ばれたネコはリャンの傍に寄ると、落ち着いた様子で彼女に声をかけてきた。しかしそれとは逆にリャンは非常に驚いていて、唖然としすぎて言葉も出てこない様子である。


『久しぶりだな、リャン。』

『久しぶりって・・・、兄さんは、もう亡くなったって風の噂で聞いていたけど・・・。』

『亡くなった?ハハハ・・・、それなら私は偽物に見えるかな?』

『・・・ううん。』

『そんなふうな噂が流れていたとは意外だな。』

『でも兄さんは、過去の呪いで絶滅した【黒髪の民】と一緒に旅をしていたんでしょ?【黒髪の民】は呪いのせいで、その従者までも全てが絶えたと聞いていたけど・・・。』


『黒髪の民?ああ、彼らのことかな?』


 そして、そのすぐ後のことだった。タオを追って、夜闇の中から2人の人影が現れたのである。2人は黒い髪を持つ傭兵と魔術師らしき風貌だったが、神酒は彼らの顔を見た時、あまりの驚きに声を失ってしまった。


「あれ?ミキちゃん?」

「そこにいるのは、ミキさんじゃありませんか?」


「・・・え?・・・ま、まさか・・・!?」

挿絵(By みてみん)

そう。そこにいたのは、あの瞬と輝蘭だったのである。



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