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反乱

 そして、それから2日間が過ぎた。

 

 【碧玉の誉れ号】から見えていた巨木が立ち並ぶ大森林は次第に遠ざかり、青を含む水界の平原が広がっていく。地上がまだ見えていた頃の野生動物や木々の囁く声は次第に影を潜め、代わりに今まで感じていなかった波音が存在感を増していき、船はスカイ河から徐々にセレネス海に差し掛かっていった。

 神酒はこの2日間でリャンともずいぶん打ち解け、今は冗談を交えながら会話を楽しむ間柄になっている。また元々ネコは可愛らしい動物として愛されていて、しかも連れはおよそ一人旅には似つかわない年頃の女の子。そして神酒特有の人懐っこさも手伝ってか(本人は自分の可愛いさの賜物と信じている)、気が付けば神酒とリャンは、船内でのちょっとしたアイドル的存在となっていた。


「ねえリャン。その小島にはどれぐらいで着くの?」


 その日の夕方。神酒は相変わらず船縁で夕陽をボ〜っと眺めながら、傍で寝そべっているリャンに声をかけた。この船に乗っている女性は神酒以外は中年の女性で、若い衛兵などは彼女に声をかけてくる者もいる。先程も2名ほどの衛兵が神酒と談笑して仕事に戻っていったが、リャンはと言うともうすっかり神酒の存在に慣れてしまっていて、彼女に尻を向け尻尾でしゃべっているかのように尾を皮肉っぽく振っている。


『そうだね、明日の朝ぐらいかな。』

「もう一回確認するけど、ホントにお化け鳥に乗るの?」

『お化け鳥?ああ、シャンタク鳥のことね。もちろん乗るよ。』

「安全だよね?」

『約束は出来ないから。』

「あ〜、明日の朝は天に召されるのか〜。ホントにあたしって薄幸の美少女・・・。」

『船でイチャイチャされ過ぎて、ちょっと勘違いしてない?』

「いいじゃん。ちょっとぐらい気分に浸っても。」

『シュンって言ってたっけ〜?片思いの男の子。』

「なによー。何が言いたいの。」

『別に〜。気紛れもたいがいにしといたらって話。』

「気紛れのどこが悪い!」

『そだね。シャンタク鳥も気紛れなところあるから、気を抜くと気紛れで天に召されるかもよ〜。』

「・・・イヤミなネコ・・・。」


 やがて時は夜を迎え、神酒もリャンも大部屋で雑魚寝の床に就いた。ドリームランドの夜は覚醒世界同様で、まるで針が遠くで落ちても聞こえる程に静寂が支配している。その夜も周辺の音は船室までも届かず、2人は昨日と変わらず穏やかな眠りを迎えることができるものと思っていた。

しかしその深夜の事。神酒たちの身に思いも寄らない事件が起きてしまったのである。


☆★☆★☆


 それは乗客たちが全て寝静まった深夜。不意に【碧玉の誉れ号】を襲った奇妙な振動から始まった。それは船が何かにぶつかったような重い振動で、驚いた神酒を初めとする乗客たちが甲板に出ると、そこには思いも寄らない光景が広がっていた。

 天候は霧。そしてその霧でぼんやりとしか状況は把握できないが、どうやら船が陸地に乗り上げ、身動きが取れない状況に陥っている様子である。船は想定外の状況から陸にぶつかったらしく、【碧玉の誉れ号】の船員とも言える警備兵や航海士たちが破損状況を調べ、なんとか船を海に押し戻そうと必死に船頭を押している。


「あれ?リャン。もう島に着いたの?」


 眠い目をこすりながら起きてきた神酒は、まだ上手くこの状況を把握しきれていないようで、陸地に降りてからもみんなが何をしているのかよく判らない様子でいる。


『んん〜?この辺には陸地なんか無いはずだけど。』


 そしてようやく状況が判るとリャンと共に船員たちの手伝いに加わったが、【碧玉の誉れ号】はピクリとも動く気配は無く、船はなかなか海へ戻ろうとはしなかった。

 そしてその時だった。


「大変だ!囚人たちが!!」


 漕役の囚人たちの監視のために残っていた警備兵の、切れたような叫び声が聞こえた。続いて非常事態の発生を意味する角笛の音が響き、警備兵たちの表情が見る間に変わっていく。

 見ると船底に繋がれていたはずの囚人たちが、船に収められていた偃月刀を抱え、次々と甲板から飛び降りてくる様子が見える。どうやら船が陸地にぶつかった時のはずみで何かが起き鎖が外れてしまったようで、囚人たちは奇声を上げて船員や乗客たちに襲いかかってきたのだ。


 突然に沸き上がる悲鳴と剣劇。周辺では傭兵や警備兵が必死に応戦しているが、どう見ても数は囚人たちの方が多く、乗客たちが次々と反旗の刃に襲われている。最初は唖然としてそれを見ていた神酒だったが、囚人の3人が偃月刀を振り上げ襲いかかってくる姿が目に入った時、命の危機が間近に迫っていることをようやく理解した。


『ミキ!スクロールは!?』

「全部船の中!!」

『何やってんだよ!』

「無理!不可抗力!!」



 神酒は一度は船に戻ろうとしたが、すぐにそれが不可能であることに気付いた。3人の囚人は完全に神酒をターゲットとして選んでいるようで、脇目も振らずにこちらに向かってくる。その動きはいかにも実戦慣れしているもので、戦闘経験の無い神酒程度では隙など見つけられるはずも無い。

 神酒の一瞬の躊躇は、囚人に接近の好機を与えた。3人の囚人の先頭の男はすぐに彼女の目の前に迫ると刃を翻し柄を向け、打撃を持って殴りかかってきた。


 神酒を殺さず、生け捕りにしようと考えているのである。

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